(1)天パーvsハチマキ1
「おい、豊、次はどこだ?」
「んーと、二丁目の『小鳩縫製』さん」
「二丁目だな? この町にも縫製工場なんかあったんだな? 住宅街なのにな」
「うん、俺も知らなかった。
なんか、親子三人とパートの人三人とでやってるらしい。
おやじさんは、競馬、競艇好きであんま働いてないらしけどね?
奥さんが働き者で、娘さんと一緒にやってるらしい」
「どっからそんな個人情報仕入れたんだ?」
「たばこ屋のおばちゃん」
前田クリーニング店経営・前田五郎太と次男の前田豊・24歳は、ミニバンで隣町までやって来た。
「前田クリーニング店」は、個人経営の普通のクリーニング店だが、駅前近くにチェーン店のクリーニング店がオープンし、このご時世とも重なりお客も減り、顧客確保のため二人で、定休日を利用し、サービス券を配りながら各家を回っていた。
個人客だけではなく、クリーニング以外の「洋服プレス仕上げ」を必要とする縫製関係の工場も回り、大型注文も確保したいところだ。
車のスピードを落とし、目的の縫製工場を探した。
「ここかなぁ」
豊が指をさした一軒屋は、看板など無く、ただ、表札に『小鳩縫製』の横に家族の名前が記されているだけだ。
「なんか、ちっさい工場じゃん? っていうか、普通の家だよ?」
「家族経営だから、こんなもんじゃないのか?
うちだって小さいクリーニング店だ。人様のところをそんな風に言うんじゃない」
父親らしいお言葉だ。
二人は車を降り、『小鳩縫製』のチャイムを鳴らした。
「は~い、開いてるから勝手にどーぞ!」
女性の声がし、二人は、言われた通り勝手にドアを開け、中に入った。
「なんか、無用心じゃね?」
ドアを開けると、すぐにミシンや裁断台、事務机が置かれてある30畳もない仕事場があり、少し離れたところに二階へと続く階段がある。
工業用ミシンの音が聞こえている。
小鳩家は、一階が仕事場で二階が住まいになっていて、住宅街の中にある一軒屋だ。
前田親子二人が、中に入ると、中年女性から声を掛けられた。
「ご用件はなんでしょうか?」
五郎太は、ちらしを渡しながら、「プレスの依頼があれば回してほしい」旨を伝えると、中年女性は、一番奥の事務机に座っていた若い女性の所へ行き、伝えた。
若い女性は立ち上がり、五郎太たちのところに来て言った。
「悪いけど、うち、プレス出してるところ決まってるから、ごめ~ん」
タオルのねじりハチマキを頭に巻いて出てきた、言葉使いを知らないこの女、
小鳩比奈子・22歳、ここの工場の一人娘だ。
服飾の専門学校を出て、母親の手伝いをしている。
大人しく黙っていれば、ちゃんとかわいい女だ。
「仕事は丁寧にさせていただきますし、お値段の方もお勉強させていただきます。
全部をうちにとは言いませんので、お願いできませんか?」
腰を低くして言った五郎太に、比奈子は冷めた声で訊いた。
「いくら?」
「はい?」
「お勉強してくれるんでしょ? シャツだったら、プレス一枚いくら?」
五郎太は、ポケットから小型の計算機を出し金額を押し、比奈子に見せた。
「はぁ? これじゃ、今出してるところと変わんないじゃない。
やっぱこれくらいにしてくんないと。どう? こんくらいならお宅に出すけど」
と、五郎太から計算機を奪い、パパッと数字を押し、見せた金額は、五郎太の示した金額の二分の一だった。
「いやいや、これは、ちょっと…」
「んじゃぁ、帰って!」
な、なんじゃぁ~この女!
こっちが下手に出ていれば!
黙って五郎太と比奈子の会話を見ていた豊だったが、上から目線でもの言う比奈子に苛立ち始めた。