第七話 碓井の血筋
数日後、余市は富三、弥助と共に大きな荷物を背負って町に出掛けた。途中の村で宿を借り、片道二日の距離を歩く。
「桃の字も可哀想になぁ。まだ五歳だっていうのに、とんだ重荷を背負ってやがる」
道中、そう話す弥助に富三は頷き返す。
「並大抵の気遣いではないじゃろう。少しでも気を抜けば、己の正体を周囲に悟られる」
「そうですね。今思えば、よく続けて来られたものです。大人でも真似できないことを、あの子はずっとやり遂げてきた」
「それで金時の居場所を知りてえのはわかったけどよ、例の夢のお告げはどうなった? うんともすんともねえのかい?」
「ええ、桃太郎を禁域から連れ出した後はめっきり……」
「ふうん、ずいぶんと身勝手なお告げだなぁ」
そんな会話を交わしつつ、三人が目的地に着いたのは村を発った翌日の昼過ぎであった。都ほどではないが、村と比べると遥かに発展した町並み。広い路には人や荷馬車が行き交い、路肩にはいくつもの露店が並ぶ。辺りは食材を買い求める湯巻姿の女性客などで賑わっていた。
「余市、本当に一人で大丈夫か?」
富三の問い掛けに、余市はこう答えた。
「ええ、大丈夫です」
「そうか。では、わしと弥助は荷を卸してくる。終わったらいつもの宿で落ち合うとしよう」
「はい。では、後ほど」
背負子の荷を積み直していた弥助に声を掛け、余市はひとり通りを進んでいく。やがて町の中心に近づくにつれ、大きな家々が目につき始めた。彼が目指すのは身分の高い者たちが居を構える一角、その中でも一番立派な建物である。
しばらくして、余市は一軒の屋敷の前で足を止めた。目の前には厳つい門が立ちはだかり、左右を見ればずっと先まで漆喰の壁が続いている。
「ごめんください!」
門の隣にある小さな出入り口の扉を叩きながら、余市は声を張り上げた。だが、返事はない。仕方なく何度か繰り返していると、ようやく扉の閂を外す音が聞こえた。
中から顔を出したのは、背の低い男だった。男は古びた小袖姿の余市を見ると、急に表情を硬くした。
「何か御用で?」
「突然すみません。余市と申します。前に一度、奥方様の治療で伺ったことがあるのですが、覚えておられますか?」
男は余市の顔を訝しげに見つめる。
「言われてみれば、朧気に……。ええ確か、都の陰陽師様でしたかな。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「実は碓井様にお尋ねしたいことがありまして、不躾ながらこうして参りました」
「旦那様はご不在です。二日ほどお戻りにはなりません」
「あ、いえ、奥方様は?」
「は? それはまあ、おられますが……」
「お目通りは叶うでしょうか?」
「お伺いして参ります。少々お待ちを」
男は余市の服を一瞥すると、やや乱暴に扉を閉めた。前に陰陽師として訪れた際は、もう少し愛想が良かったはず。身なりひとつでここまで変わるものかと余市は思った。
しばらくして、再び閂を外す音が聞こえた。先程と同じ男が顔を覗かせる。
「どうぞ、こちらへ」
どうやら会ってもらえるらしい。余市は心の中で安堵した。男に案内され、屋敷の中へと入る。通された先は、中庭がよく見える板張りの広い部屋であった。
しばらく部屋の下座で待っていると、やがて廊下から人の来る気配が漂ってきた。余市は居ずまいを正すと、深々と床にひれ伏した。衣擦れの音と共に前方に座る人物。顔を伏せたまま、そちらに向かって挨拶を述べる。
「お久しゅうございます」
「お元気そうですね、陰陽師殿。その節はお世話になりました」
顔を上げると、袿袴姿の年配の女性が微笑んで座っていた。
「碓井様もお変わりなく。その後、お身体の方は?」
「ええ、おかげ様で……、あら?」
碓井と呼ばれた女性は、不思議そうに余市の顔を見る。
「如何されましたか?」
「気のせいかしら、以前と雰囲気が変わられたような……?」
「も、申し訳ございません。本日は訳あってこのような姿で――」
「あ、いえ、身なりのことではないのです。顔つき……、じゃないわね。なんでしょう、内面的なものかしら?」
余市はハッとしたような表情を浮かべ、彼女に告げた。
「流石は貞光様の血を引かれるお方、感服いたしました。実を申せば、以前よりも霊力が強くなっております」
「まあ、それは良かったわ。あの頃は、年々弱まる力に悩んでおられましたものね」
この言葉に、余市は驚きを隠せなかった。
「そのようなことを覚えておいでとは……」
「ふふ、昔から物覚えだけはいいのよ。それで、お尋ねになりたいことというのは?」
「はい。長い話になりますが――」
そう前置きし、余市は桃太郎に関する一切の出来事を話し始める。碓井は時々頷きながら、話に聞き入っていた。
「――そう。それで坂田様の行方を知りたいというわけですね」
「はい。かつて四天王として肩を並べられた貞光様のご血筋であれば、何かご存知かもしれないと思ったのです」
「そうですね……。あのお方がこの屋敷を訪ねられたのは、もう十年も前のことです。その時は、残る余生を禁域で過ごされると仰っていました。この町には最後の墓参りに立ち寄られたと」
「では、坂田殿は禁域におられるのですか?」
「あの時は……。そう、たしか〝大穿の島〟と申されたのを覚えています。わたくしが知るのはそれだけです」
「ありがとうございます。私ごときに、そのような大切なお話を」
「いいのです。あなたはかつて、わたしを救ってくださった。ささやかですが、お役に立てて嬉しく思います」
碓井はそう言うと、穏やかに微笑む。その顔は優しさと気品に満ちていた。
その日の夜、宿で夕食を取りながら、余市は碓井家で聞いた情報を富三たちに話した。
「ふうむ、大穿の島か……」
考え込む富三の隣で、弥助が口から強飯を飛ばしながらこう尋ねた。
「そんな場所、どうやって探すんだ? 禁域は国じゅう至る所にあるってのによぉ」
「食いながら喋るな、馬鹿もんが」
富三に注意された弥助は肩を竦め、落ちた強飯を拾って口に入れた。そんな様子を見ながら、余市は弥助の質問に答える。
「正直、今は見当もつきません。もう少し情報を集める必要があるかと……」
すると富三が驚くべきことを言った。
「禁域のことは、禁域の民に訊くのが一番かもしれん」
弥助はむせ返り、余市は思わず手にしたお椀を落としそうになる。それほど富三の発言は常軌を逸していた。
禁域の民とは、いわゆる亜人の別称で呼ばれる者たちのことを指す。彼らは人語を話し、人に近い姿形をしているが、その体の一部が明らかに人間とは異なる。代表的な種族としては魚人族や鳥人族などがいるが、いずれも人間と比べて数が少ない。彼らは生まれつき人間よりも頑強な体と優れた運動能力を有しており、それが化物たちの跋扈する禁域での暮らしを可能にしていた。
「しかし、彼らは人間との関わりを嫌います。まともに話ができるとは……」
そう反論する余市の目の前で、弥助はごくりと喉を鳴らす。そして不安そうな顔でこう尋ねた。
「お、おい、富爺。まさか、まだあいつと付き合いがあるんか?」
「当然じゃ。まったく、お前は何でも怖がるのう」
いったいなんの話だろうと、余市は二人を交互に見る。
「余市にはまだ話しとらんかったな。実は狩場の森の近く、禁域の外れに犬人族の親子が住んでおる。知っとるのはわしらだけで、村の連中には知らせておらん」
「そんな人里近いところに?」
「まあ、事情があるのじゃろう。とにかく彼らなら、何か知っとるかもしれん」
「なるほど……、そうですね。では、村に戻ったら訪ねてみましょう」
頷く富三とは対照的に、弥助は首をぶるぶると横に振った。
「お、おらぁ遠慮しとくぜ」




