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夢幻の桃華  作者: 斗南
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第二十一話 旅立ち

 翌日、桃太郎はいつも通り大穿の島に行き、金時に事情を説明した。砂紋のことは犬十郎にも関係があるので一緒にどうかと声をかけたが、結果は予想通り。「人間の都なんてまっぴらごめんだ」とあっさり断られてしまった。村に来ることさえ毛嫌いする犬十郎なのだから、この反応は当然といえる。そんな彼に、金時も都行きを強要することはなかった。

 修行を早めに切り上げ、家で昼食を済ませた桃太郎は、両親と咲に見送られ村の入口へと向かった。そこには道端に座り込む雉子の姿があった。昨日と変わらず、奇抜な服に身を包んでいる。あの背中の膨らみは飾りだろうか? 必要性が理解できないのは、自分が都の文化に慣れ親しんでいないせいかもしれない。桃太郎はそう考えることにした。


「お待たせしました」


「許可は貰えたのかい?」


 そう問い掛けながら、雉子は立ち上がる。


「はい。道中よろしくお願いします、雉子殿」


「殿なんて止しとくれ、がらでもない」


「では、何とお呼びすれば?」


「まあ、見たところあたいの方が年上みたいだからね。さん付けでいいさ」


「わかりました、雉子さん」


「じゃあ、ひとまず禁域の入口まで歩こうか」


 珍しい言い方をするなと桃太郎は思った。こういう場合、その日の目的地を言うのが筋ではないだろうか? そんな疑問が浮かんだものの、旅慣れていない桃太郎にはそれを問いただすだけの知識も経験もなく、ただ黙って雉子の後に続くしかなかった。

 森に入り周囲に人の気配がなくなると、雉子は歩きながらこんなことを話し始めた。


「さて、村も出たことだし、そろそろ本音で話そうじゃないか」


「本音?」


「あんたも薄々勘付いているんだろう?」


「何のことです?」


「あたいの話がおかしいことにさ。そもそも普通の人間は、好んで桃李の樹海に入ったりしないもんだ」


「それはまあ、そうですが」


「まずは、そうだね。あたいが人間族じゃないってところから話せばいいかい?」


「えっ?」


 驚く桃太郎の目の前で雉子は足を止め、肩の結び目を解き始める。背中の袋状の布が取り去られると、そこから現れたのは大きな翼だった。


「こ、これは……?」


 桃太郎は唖然とする。翼の生えた人を目にするのは初めてだった。雉子は背伸びをするように、畳んでいた翼を大きく開く。その動きで生じた空気の流れを頬に感じながら、桃太郎は見慣れぬ光景に見蕩れていた。わら色の羽には焦げ茶のまだら模様がついていて、所々に光沢のある藍緑色らんりょくしょくが混じっている。


「あたいは鳥人族さ。聞いたことあるかい?」


「え、ええ。名前くらいなら、犬十郎から……」


「犬十郎? ああ、砂紋が言ってた犬人族のことかい。本当はそいつも連れて来るように言われたんだけど、ちょいと犬が苦手でね」


「は、はあ。そうでしたか」


 砂紋が自分だけを呼び付けたのは、犬十郎が都を嫌がることを予想したからだろうと桃太郎は考えていた。それがまさか雉子の好みの問題だったとは……。犬十郎が聞いたら怒りそうな話だと彼は思った。そして、そういうり好みをするところは、禁域の民も人間とさほど変わらないのだと感じた。

 雉子は解いた布袋を腰に縛り付けると、再び歩き始める。そうして前を見たまま話を続けた。


「で、繰り返しになるけど、砂紋からあんたを連れてくるよう頼まれたっていうのは本当だよ。最近、都では奇妙な疫病が広まっていてね。妖の仕業だって噂で持ち切りなのさ」


「つまり、その妖を退治してほしいと?」


「ま、そんなとこだね。あたいは一人でも大丈夫だって言ったんだけど、砂紋が聞かなくてねぇ」


「あの、雉子さんは都に住んでいるのですか?」


「はあ? 馬鹿言うんじゃないよ。鳥人族が人間の都になんか住むもんか」


「では、化物退治を生業なりわいにしているとか?」


「あー、そういうことかい。あたいがこの件に関わった経緯が知りたいってわけだ。あんた、あれだね。何事も理由を知らないと気がすまないたちだ」


 彼女の指摘は図星だった。桃太郎には、これまでに何度も同じことを言われた経験がある。血は繋がっていないものの、そういうところは育ての父親譲りだと桃太郎は感じていた。


「その辺の事情はちょいと複雑でね。驚くかもしれないが、あたいが暮らしている里は桃李の樹海にあるんだよ」


「えっ、本当ですか?」


「もちろんさ。そんな嘘ついてどうするんだい」


「そうか、だから昨日は村に泊まらなかったのか……。それで、なぜ都に?」


「都に行ったのは、妖退治の褒美として雷上動らいじょうどうを手に入れるためだよ」


「何ですか、それは?」


「おや、知らないのかい? 源頼光が夢の中で授かり、その子孫の頼政よりまさぬえを退治したといわれている弓のことさ」


「初めて聞きます」


「あたいは術と弓が得意でね。つまり、雷上動のような霊器れいきはあたいにぴったりというわけさ」


「その霊器というのは?」


「やれやれ。意外とものを知らないね、あんた」


「す、すみません」


「ま、あたいがこういう事に詳しいのは鞍馬の祖父の影響だから、普通は知らないのかもしれない。霊器っていうのは、気を込められる武具のことだよ」


「それは、神器と似ていますね」


「神器? 何だいそりゃ?」


「半神半人が親である神から授かる武具のことです。私が腰に差している木刀も、そういったものらしいのですが……」


「へえ……。あんた、ただの人間じゃないと思っていたけど、そういう生い立ちかい」


「はい」


「はは、こりゃ驚きだ。噂には聞いていたけど、まさかこんな場所で会えるなんて」


 雉子はそう言って、軽快に笑った。


「それで話の続きは?」


「ん? まだ何か訊きたいのかい?」


「ええ。桃李の樹海に暮らす雉子さんが、どうやって砂紋殿と知り合ったんです?」


「ああ、それはね、さっき言った鞍馬山の祖父の関係だよ。砂紋は京八流という剣術の道場師範代で、それは百年ほど前に祖父と仲間が人間に伝授したものなのさ」


「ということは、雉子さんのお爺さんは、かの有名な鞍馬天狗ですか?」


「ま、その内の一人ってことになるのかねぇ。天狗なんて呼び方は、人間が勝手に言い出したものだけど」


「話の流れから察するに、都の事件と雷上動には関わりがありそうですが?」


「そう、その通りだよ。今回の騒ぎは、百五十年前に起きた事件にそっくりでね。ほら、頼政が雷上動で鵺を退治したってやつ。それでその弓が持ち出されたってわけさ」


「その事件と砂紋殿にどういう関わりが?」


「あいつは被害者なのさ。そもそも最初に妖退治を命じられたのは武士だったのに、それがなぜか土蜘蛛退治で有名になった砂紋の所に回ってきちまった。褒美を取らせる代わりに妖を退治しろってね」


 これには桃太郎も驚きを隠せなかった。


「ちょ、ちょっと待ってください。砂紋殿が土蜘蛛を退治したですって?」


 雉子は振り向くと、けらけらと楽しそうに笑う。


「あはは、おかしいだろう? あの砂紋に妖退治なんて無理に決まっている。あいつもそんなことはひと言も言ってないのに、噂ってやつは勝手なもんでね。いつの間にかそういう筋書きになっちまったのさ」


「なるほど、ようやく話が見えました。難題を押し付けられて困った砂紋殿が道場主に相談し、それが鞍馬の鳥人族を通じて雉子さんに伝わった。雉子さんは雷上動を条件に妖退治を申し出るが、女性一人では不安だからと砂紋殿から私に声が掛かった。そういう流れですね?」


「ま、そんなとこさ。事情は理解してもらえたみたいだね」


「でも、どうして砂紋殿の勧めに従って、わざわざ私を連れ出したのです? 鳥人族の中にも腕の立つ人はいるのでは?」


「うちの爺さんは厳しい人でね。欲しいものは自分の力で手に入れろと言われたのさ。だから鳥人族の力は借りられない。それに、あたいも少し興味があったからねぇ」


「興味?」


「だって、砂紋がやけに勧めるものだから。しかも聞けば、桃李の樹海の近くに住んでいるっていうじゃないか。それで、どんな男か知りたくなったのさ」


「は、はあ。そうでしたか」


「でも、来た甲斐はあったよ。あたいの見立てでは、あんたと渡り合えそうな男は鳥人族の中にもそうはいない」


「いや、それは買い被り過ぎかと……」


「ふふ、謙遜しなくていいよ」


 そんな話をしながら森の中を進む二人の前に、やがて霧に覆われた禁域の入口が姿を現した。そこには屈強そうな鳥人族の男が二人立っていて、傍らの大木には長くて太い縄のようなものが吊るされている。よく見れば真ん中の辺りが網目状に広がっており、桃太郎はどこかで見た形だと思った。そしてすぐに、それが犬十郎の家の釣床つりどこに似ていると思い当たった。だがこんな場所に釣床というのも妙な話。あれは一体何のためのものだろうか? 桃太郎は思い悩んだ。


「安心しな。あたいの里の者さ」


 黙り込んでいた桃太郎に、雉子がそんな言葉を掛ける。男たちは雉子と桃太郎の姿を見ると、丁寧にお辞儀をした。桃太郎は礼を返しながら、ふと彼らの顔立ちが雉子と違うことに気付く。鳥人族というのは性別によって顔の特徴が異なるようで、女は人間と同じ顔立ちだが、男の場合は唇とその周囲が鳥のくちばしのような形状をしている。なるほど噂に聞く天狗そのものだと桃太郎は思った。

 雉子は吊るされた縄を指差すと、こう言った。


「ここからはあれを使うよ。のんびり歩いていたら遅くなっちまうからね」


 この言葉を聞いた桃太郎に、ある考えが閃く。


「もしや、空を飛んで行くつもりですか?」


「そうさ。陸路だとかなりの日数がかかるし、宿の問題もある。でも空から鳥人族の集落を経由して行けば、ほんの二日足らずで行けるんだよ」


 彼女が言うには、網目状の部分に桃太郎を座らせ、吊りながら空を飛んで行くのだという。その様を思い浮かべ、桃太郎の胸は高鳴った。


「それはすごい。空を飛べる日が来るなんて、思いもしなかった」


 顔が綻び、瞳が少年のように輝く。それを見た雉子が、面白いものでも見つけたかのように言った。


「おやまあ、真面目一辺倒かと思えば、可愛いとこもあるじゃないか」


「か、からかわないでください」


 顔を赤らめる桃太郎を笑い飛ばすと、雉子は声高に合図を送った。


「よし、それじゃあ出発するよ!」

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