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夢幻の桃華  作者: 斗南
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第二十話 客人

 その日の修行を終え、帰路についた桃太郎の気持ちは沈んでいた。なぜ神器の力が使えないのか? これまでの修練で、必要な技量はすでに身に付いているはず。初めは木刀が神器でない可能性を考えたものの、やはりそれも違うような気がする。そんな風に思い悩む桃太郎の肩を、犬十郎が大袈裟に叩きながら言った。


「まあ、そう落ち込むな。たまたま調子が悪かっただけさ。すぐにできるようになるって」


 彼なりの励ましに、桃太郎は気を取り直して微笑む。


「そうだな。また明日、頑張ってみるよ」


「おう、その意気だぜ。じゃあな」


「ああ、お疲れさん」


 犬十郎と別れ、いつものように通い慣れた道を走る。その速さは相当なもので、禁域やその先にある狩場の森では、時に逃げ損ねた化物や獣に遭遇することがあった。そんな時はそれらを狩って持ち帰るのが常なのだが、今日は獲物の姿は見当たらない。その代わりというわけではないが、遥か上空を飛ぶ二つの影が目に留まった。鳥にしては大きい。禁域に棲む白い巨鳥ならあのくらいありそうだが、この辺りにはいるはずがない。不思議に思ったが、桃太郎は立ち止まらずそのまま進んだ。

 狩場の森を抜け村の入口まで来ると、そこに桃太郎を出迎える一人の男がいた。


「お、来た来た。久しぶりだな、桃太郎」


「茂吉さん。こんなところで、どうしたのですか?」


「昼間、客が来てな。お前に会いたいそうだ」


「客? 私にですか?」


「そうだ。俺の家で待たせているから、後で来てくれるか?」


「はい、わかりました」


 返事はしたものの、桃太郎には自分を訪ねてくる客などすぐには思い当たらなかった。


「じゃ、待ってるからな」


 まごつく桃太郎を残し、茂吉は自宅の方へと走り去っていく。大人になってもその性急さは相変わらずであった。それにしても、なんだか今日は妙なことばかり起こる日だ。そう思いつつ、桃太郎は自宅へと戻った。


「ただいま帰りました」


「おかえりなさい、桃太郎」


「おかえり」


 妙に続いて、余市と咲の声が重なって聞こえた。


「あれ、咲? まだいたのか?」


 いつもなら家に帰っているはずの咲を不思議に思い、桃太郎はそう尋ねる。


「なによ、その言い草。今日は忙しかったんだからね」


 むくれる咲に微笑み返すと、桃太郎は余市に話しかけた。


「父上。さっき茂吉さんに会いまして、私に客人が来ているそうです」


「ほう、そうか。そういえば昼に一度、茂吉が来たな。修行に行っていると話したら、すぐに出て行ってしまったが」


「ちょっと、客って誰よ? まさか、女の人じゃないでしょうね?」


 そう言って話に割り込んできたのは咲であった。


「それがよくわからないんだ。茂吉さんも詳しく話してくれなかったし」


 すると桃太郎は、急に何か思い付いたような表情を浮かべた。


「思い当たるとすれば、前に土蜘蛛から助けた人くらいかな」


「へえ、そう」


 咲は疑うような目つきで桃太郎を見る。


「とにかく、ずいぶんと待たせてしまったようだ。すぐに行きなさい」


「はい、父上。行って参ります」


 ぶつぶつと不満を漏らす咲と、それをなだめる妙に声を掛けた後で、桃太郎は村長の家へと向かった。冬に比べて日は伸びたものの、辺りはもう暗くなり始めていた。

 村長の家に着いた桃太郎は、戸口に立ち、そっと指先で戸を叩く。


「こんばんは、桃太郎です。遅くなりました」


 すぐに戸が開き、中から茂吉が顔を出した。


「おう、来たな。まあ入れ」


 促され中に入ると、囲炉裏の傍にイセと客らしき女の姿が見えた。予想が外れたと桃太郎は思った。二十代半ばくらいだろうか、赤く縁取ふちどった切れ長の目が少し冷たい印象の女。何より特徴的なのは、布袋を背負っているかのような奇抜な形の服であった。どことなく隙がなく、只者でないと感じる。このような者は、一度見れば忘れることはないだろう。明らかに初対面だと認識しつつ桃太郎が声を掛けようとしたその時、イセが言葉を発した。


「やれやれ、やっと来おったわ。桃太郎、こちらは雉子きぎす殿じゃ。しら拍子びょうしをされていてな、はるばる都から来られたそうじゃ」


「お待たせしてすみません。桃太郎と申します」


 丁寧にお辞儀をする桃太郎に、雉子という名の女も頭を下げる。そして値踏みするかのように桃太郎をじろじろ見ると、こう言った。


「ふうん、あんたが桃太郎かい。砂紋に聞いた通りの男だね」


「砂紋殿をご存じなのですか?」


「一応ね。顔見知り程度だけど」


「では、その伝手つてで私を訪ねて来られたのですね」


「ま、そんなとこさ」


 客は砂紋本人ではなかったが、その繋がりによるものだった。予想はあながち的外れではなかったと桃太郎は思い直す。


「それで、ご用件は?」


「ああ、あたいは頼まれただけだよ。あんたを都に連れてきてほしいって」


「私を都に? 砂紋殿がですか?」


「そう。忙しけりゃ別に無理にとは言わないけどさ」


「理由は聞いていないのですか?」


「えーと。そうそう、何か頼み事があるとか言ってたねぇ」


 桃太郎は少し妙だと感じた。砂紋のことを詳しく知っているわけではないが、理由も伝えずに使いを頼むような人ではないように思える。それとも、この雉子という女がわざと事情を語らないだけなのか? いずれにせよ、現状では判断のつかないことであった。


「都は遠いと聞き及びます。どれくらいかかるのでしょうか?」


「多分、ひと月くらいで戻って来られるさ。ああ、路銀の心配ならいらないよ。とにかくあんたは行くか行かないか、それだけ決めておくれ」


「いい機会じゃないか。行ってこいよ、桃太郎」


 突然口を挟んだのは茂吉であった。


「うむ。一度は都を見ておくのもええ。余市と妙も反対せんじゃろう」


 イセもそう促す。もちろん、桃太郎にも都を見たい気持ちはある。だが、雉子とはまだ会ったばかり。いくら砂紋の名を知っているからといって、いきなり信用してよいものだろうか? だが一方で、こちらを騙して彼女に何の得があるのかとも思う。そもそもどんな企みがあるにせよ、その程度のことを切り抜けられずして己の宿命を果たすことなどできはしない。桃太郎は悩んだ末、そう結論付けた。


「わかりました。では両親に話してみます。それと、師匠の許可も貰わないと……」


「そうかい。じゃあ、明日の昼までに決めとくれ。村の入口で待ってるから、そこで待ち合わせようじゃないか」


「どの入口ですか?」


「あっちさ。森の方だね」


「森? まさか、禁域を通って来たのですか?」


「まあね。こう見えても腕には覚えがあるのさ。術だって使えるよ」


 雉子の返事にイセと茂吉は驚くが、桃太郎はすんなりと納得した。只者ではないと思っていたが、やはりその通りだったようだ。


「そうですか。ところで、今日の宿はどうされるおつもりです?」


「それなら心配いらん。ここに泊まっていくとええ」


 桃太郎の問いに即答したのはイセであった。だがこの申し出に、雉子は首を縦には振らなかった。


「ありがたいけど遠慮するよ。近くに知り合いがいるもんでね」


 桃太郎は再び違和感を覚えた。村に近い建物といえば峠の茶屋くらいだが、あそこは隣村の夫婦が通いで営む店。日が暮れた後で訪ねる民家など、この辺りにはない。それとも彼女は早足の術の使い手で、あっという間に何里もの距離を駆け抜けてしまうのだろうか? いずれにせよ本人がいいと言うので、三人はそれ以上無理に引き留めることはしなかった。

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