第十話 悲しみと決意
翌日、村人総出で富三の葬儀が行われた。遺体は棺桶に入れられ、丘の上の寺へと運ばれていく。男たちが穴を掘る間、桃太郎は痣と傷にまみれた顔で、しばらく富三の傍らに立ちつくしていた。
本来なら昨日の一件で、桃太郎の扱いについて話し合いが持たれても不思議ではない。だがイセをはじめ、村の誰もが口を噤んでいた。村のために命を懸けた富三とその家族に対し、不満をもらす者など誰ひとりいなかったのである。
そんな桃太郎の隣に、妙も黙って立つ。やがて、桃太郎がこんなことを尋ねた。
「母上……。ひい爺さまは負けたのですか?」
「なぜ、そのようなことを?」
「さっき、よその子が言ってました。富爺は負けても立派だったと」
妙はしゃがみ込んで、桃太郎に向き合う。
「いいえ、負けてなどおりません」
「でも、化物に命を奪われてしまった……」
「いいですか、桃太郎。お爺は命を懸けて大事な家族や村を守りました。身の危険も顧みず、化物の力を恐れることもなく、大切なものを守り抜いた。それのどこに敗北があるというのです。お爺の心は、見事あの化物に打ち勝ったのですよ」
「でも……」
桃太郎は俯いて言葉を続ける。
「死んでしまっては、もう話すことも笑うこともできません。私はそれが悲しくて寂しいのです」
桃太郎の頬を涙が伝った。妙は立ち上がり、前を見据えたまま涙を浮かべる。
「そうね……、わたしもそう」
桃太郎は強く拳を握りしめ、声を震わせながら言った。
「もう少し、早く動いていたら……。もっと力があれば……」
「あなたを縛り付けたのはわたしたちです。それでもあなたは自らその呪縛を断ち切り、多くの人の命を救った。きっとお爺も誇りに思うはずです」
そんな二人の元に、ふらつく足取りで男がひとり歩み寄る。振り向いた二人の目に映ったのは、青白くやつれた余市の姿であった。
「父上……」
「余市さん! まだ起きては――」
余市はその場に膝をつくと、倒れ込むように額を地面にこすりつけた。
「すまない! 私のせいで、富三さんは……!」
突然のことに、妙も桃太郎も唖然とする。そしてこの後の出来事が、二人をさらに驚かせた。離れた場所にいた吾作と弥助までもが、走り寄って来て土下座を始めたのだ。吾作が顔を地面に突っ伏したまま叫ぶ。
「元はと言えば、全て俺のせいだ! 娘の代わりに富爺は命を!」
続けざまに弥助が言った。
「違う、おらが止められなかったからだ! あの時、おらが飛び降りる富爺を止めてさえいれば……」
すると次々と男たちが集まってきた。誰もが膝をつき、頭を下げる。呆気にとられる桃太郎の隣で、妙は静かに目を閉じる。そしてゆっくりと瞼を開き、凛とした態度でこう述べた。
「皆さん、顔を上げてください。お爺のことは、誰のせいでもありません。あの人は、自らの意志で行動したのです。わたしはそんなお爺を誇りに思います。だから……、悲しくても、胸を張らなくちゃ」
そう言って彼女は気丈に微笑む。直後、男たちに向かってイセの叱責が飛んだ。
「妙の言う通りじゃ! しゃんとせんか、お前ら! 富三に笑われるぞ!」
するとひとりの年配の男が言った。
「そういう婆さまこそ、泣いておるではないか」
イセは背を向け、ぼそっと呟く。
「ふん、やかましいわい。お前らだって同じじゃろうが……」
桃太郎は気持ちが少しだけ軽くなった気がした。辛いのは自分だけではない、皆同じなのだ。これほど多くの人の心に深く入り込んだ富三が誇らしい。そんな彼に恥じぬ生き方をしたい。そしてこのような悲しみを二度と繰り返さないよう強くなりたい。桃太郎はそう強く願い、この思いを心に深く刻むのであった。