その決闘(デュエル)の後始末 Ⅲ
オッタのつま先は【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の本拠地、今では旧本拠地となった場所へと向いていた。
心の中にある懸念は、足の動きを自然と早める。
中心街を足早に抜けて行き、目的地へと急いだ。やがて人の気配は消え、林が広がり始めると、その合間にポツンポツンと大きめの家が建ち始め、木々の隙間から目的地は忽然と現れた。静かなはずの目的地に、慌ただしく動き回る人影を見つけ、懸念と共に疑心も生まれていく。
何だ? 何をしている?
そこにいるはずのない幾人ものエルフが、忙しなく動き回っている。敷地の外には廃棄物と思わしき物が山と積まれ、オッタの懸念と疑心が深まっていった。
訝しげに睨むオッタの前に、ゴミを抱えるエルフが現れる。オッタの疑心は怒りへと変わり、右腕は反射的にそのエルフへと伸びていった。
「おい、ここに兎人の女がいたはずだ。どうなっている?」
オッタは、そのエルフの胸ぐらを掴み、息がかかるほど顔を寄せた。強者の凄みを見せるその圧に、エルフは困惑を隠せない。
「な、何ですか? いきなり⋯⋯離して下さい! 人を呼びますよ」
オッタは怯えながらも睨み返すエルフの姿に、冷静になれと自身に言い聞かせた。
オッタは素直に手を放すと、怪訝な表情で見つめるエルフとあらためて対峙する。
「兎人って事は、おたく関係者? 結構マズイ状態だったらしくて、ギルドの治療院に運んだよ⋯⋯って、おい!」
エルフの言葉を待たずにオッタは踵を返し、再びギルドを目指した。疑念は焦燥へと変わり、その足は最速でギルドへ向かう。
■□■□
エルンスト達が掲示板を睨んでいた。貼り出されている解雇通告、そして、そこに記された最後の文言。
『B級からD級への降級を命ず』
この文言を見つめ、怒りが湧き起こる。
「エルンスト、どうすんだよ?」
治療によって、なんとか歩けるまで回復したボリスが、掲示板を見上げたまま、思考停止に陥っていた。口癖のように口をつくいつもの言葉も、エルンストの耳は右から左へと流してしまう。エルンストの思惑はことごとく裏目となり、何ひとつ思うように進んでいない有様に、怒りと困惑、そして疑念が生まれ始めた。
用意周到過ぎる⋯⋯何もかもだ⋯⋯。
「なぁ、これって、パーティーが無くなって、D級からやり直せって事だよな? 早いとこ本拠地に戻って、必要な物を取り出そうぜ」
イルには珍しいドワーフらしくない冷静な意見に、全員が頷いた。湧き上がる怒りと疑念に、本拠地だった場所を目指そうと掲示板をあとにする。
ギルドをあとにして、歩き始めたエルンストの目に映るのは、街行く人々の合間を縫うように、最速でギルドへと向かう兎の姿。
あの野郎⋯⋯。
足早に進むエルンスト達とすれ違うように現れたオッタの姿に、エルンストは眉をひそめた。
「おい! オッタ! てめぇのせいで散々だ。この落とし前どうつける気だ?!」
行き場を失っていた鬱屈する思いを、オッタにぶつける。オッタもまた、エルンスト達の姿を見つけると、殺気すら籠る鋭い視線で睨みつけた。
「⋯⋯ぁあ? 散々? 落とし前? どの口が言っている? 二度と言えないようにしてやろうか?」
「チッ! てめぇ、覚えてろよ」
「おまえこそな⋯⋯」
絡み合う視線は互いに怒気を孕み、すれ違うほんの一瞬の出来事でありながら、互いの思いは激しい軋轢を生み出し、互いに目的地へと急いだ。
■□■□
イヴァンの耳に、怒声が届く。作業の手を止め、窓の外を覗くと、壮年の男女パーティーが、敷地の外でギルドの職員に食って掛かっていた。
あれって、もしかして【レプティルアンビション】かな?
職員を慮り、外に出ようとするイヴァンをミアはそっと制止する。
「イヴァンくんが行っちゃうと、火に油を注ぐ事になっちゃうから、ここは私達に任せて」
「大丈夫ですか?」
「ギルドだって、やるときはやるから大丈夫よ」
そう言って、ミアは余裕のウインクをして見せる。
ミアはエルフの男数人に声を掛けると、敷地に押し入ろうとするエルンスト達の前に立ちはだかった。
「おまえら、ここで何してやがる!」
元【レプティルアンビション】のメンバー達は、まるで略奪者を見るかのような目で、ミア達に食って掛かった。強者だとばかり虚勢を張るエルンストに、ミアは冷ややかな視線を送る。
「ここは【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の所有物となります。関係者以外、立入禁止となっておりますので、どうぞお引き取り下さい」
【レプティルアンビション】の足掻きは醜くすら映る。怒号で凄むも、職員達はそれを涼しい顔で受け流した。ミアはピシャリと言い切り、反論の余地を与えようとしない。だが、それで納得する訳など無く、エルンストを筆頭に、怒りの熱は際限無く上がっていった。
「これが最後の忠告だ⋯⋯どけ」
「どうぞお引き取り下さい」
エルンストの手が帯刀している剣の柄に掛かる。本気とも脅しとも取れるその行動に、緊張を纏っていた空気が一気にヒリついた。ミアは怯む事無く微笑み、ミアを囲むようにいる職員達も剣に手を置く。
「あなたがその剣を抜いた瞬間、ギルドの討伐対象となります。そこはご理解頂いてますよね? ここを切り抜けたとしても、お尋ね者として憲兵隊に追われる事になります。そして、捕まればどうなるか、ご存知ですよね? 死刑、もしくは生き長らえたとしても、一生自由の無い生活を送る事になりますよ。その覚悟がおありで?」
ミアは引くどころか、一歩前に出てエルンストを冷ややかに見つめた。生唾を飲み込み、エルンストはゆっくり剣から手を放す。
「そう熱くなるなよ、冗談だ。急な環境の変化に戸惑っちまう事ってあるだろう? 分かってくれよ?」
「ええ。もちろん理解出来ますよ。いきなりの事ですものね」
「だろう。ちょっと必要な物だけ、取り出したいんだよ。すぐに終わるから、中に入れてくれねえか?」
ミアは顎に手を置きわざとらしく小首を傾げて見せた。
「なるほど。覗くだけなら結構ですけど、何も残っていないですよ」
「ああ、かまわん。覗くだけだ、すぐ終わる」
入っちまえば、こっちのもんだ。最低限、金になる物さえ持ち出せれば⋯⋯。
エルンストは心の中で、ほくそ笑む。
「先に言っておきますけど、鍵の掛かっている部屋の物は、すべて売ってしまいましたよ。三か所あった隠し部屋の鉱物もです。売り物にならない服なんかは、敷地の外に置いてありますよ」
ミアはそう言って、ゴミの山を指差した。愕然としているエルンストの姿に、取りこぼしは無さそうだと、ミアは笑みを深める。
「もう何も残っていないと思いますが、それでも覗いていきますか?」
飄々と言ってのけるミアの姿は、これ以上の問答は無駄な事だとエルンストに告げていた。
もう売った? 今の今で??
エルンストは、ミアの指差す方へゆっくりと顔を向ける。山のように積まれている廃棄物を見つめ、怒りより先に徒労感に襲われた。今まで積み重ねた物が、ガラガラと音を立てて崩れていく。この一瞬とも言える時間で全てを失い、全てが水泡に帰した。
イヴァンは部屋の一角から、そのやり取りを覗いていた。細かいやり取りは分からないのだが、毅然と対応するミアの姿にいつしか怒号は消え、ギルドが何枚も上手なのがありありと伝わった。
立ちすくんでいる壮年の男に、ゴミ山を必死に漁り始めるドワ―フと猫人の女。その姿は滑稽でもあり、グリアム達が見たら、胸のつかえが取れる痛快な光景かも知れない。だが、イヴァンの中では、少しばかりの恐怖を覚えていた。
一瞬の判断の過ちで、全てを失った者達の末路。
茫然自失で佇むエルンストの姿に、自分を重ねてしまい、何ともやるせない気持ちになってしまう。
「イヴァンくん、同情は禁物よ」
イヴァンの思いを見透かしたかのような言葉に、振り返るといつの間にかミアが部屋の入り口に立っていた。
「あ、いや、そういう訳では無いですけど⋯⋯。一瞬で全てを失うって怖いなって」
「本当? イヴァン君の事だから、申し訳ないとか思っているんじゃないかって思ったけど、大丈夫そうね」
「まぁ、全く無いとは言い切れないですが、サーラが酷いめにあってますからね。手を差し伸べる気にはなりません」
「そう。サーラさんだけじゃないもの。N級や、D級の被害も相当あった。中には廃業した潜行者の方もいたしね。ギルドが把握出来ていないものもあったと思うし、思っている以上に被害は大きかった。証拠が無い以上、ギルドは手出し出来ないもどかしさもあったしね。被害を受けたパーティーの担当者も、喜んでるはずよ。今日だって何人か諸手を挙げて、手伝ってくれている。本当は降級じゃなくて、潜行者を廃業させたかったけど、そこまでの権限を持っていないのが悔しいわ」
表情には出ていないものの、ここまで感情を出すミアに、イヴァンは少し驚いていた。それと同時に、仲間のやり遂げた事の影響力の大きさを、ちょっと誇らしく感じる。
「みんなに感謝ですね」
「フフ、本当そうよ」
そう言い合うふたりの視線の先に、肩を落とし去って行く、元【レプティルアンビション】達の姿が寂しげに映っていた。




