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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その決闘(デュエル)の後始末

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その決闘(デュエル)の後始末 Ⅱ

「よいしょっと⋯⋯随分と荒れてるな」


 馬車からゆっくりと降り立ったイヴァンは、廃棄物が散乱している庭や、薄汚れた建物を見つめ渋い表情を見せた。


(おまえの仕事は、こっちの勝ちが決まった瞬間に、ヤツらの財産を押さえる事だ。ミアに頼んで、ギルド主導ですぐに押さえにかかれ。いいな)


 胸に刻んだグリアムの言葉。自分がやるべき事を何度も反芻し、イヴァンは表情を引き締めた。今まで散々迷惑を掛けたという思いは、イヴァンのやる気に火を点ける。グリアムの言葉を忠実に守り、勝利の余韻に浸る間もなく、ミアと共にすぐに動いた。


 うわっ⋯⋯。


 玄関をくぐり建物の中に入ると、アルコールと埃と散乱するごみが発する腐敗臭に、イヴァンは顔をしかめる。閉めっぱなしのカーテンが陽光を塞ぎ、薄暗い建物の中をさらに陰鬱に映していた。

 忙しなく動き回るギルド職員の間を縫って、イヴァンはカーテンを開け、窓を開く。窓から吹き込む風が、淀んだ空気を押し出していくが、陽光は荒れ放題の部屋をくっきりと浮かび上がらせた。


「イヴァンくん、大丈夫?」


 開け放した窓から外を覗いていたイヴァンの背中越しにミアの声が届く。振り返るイヴァンは、心配し過ぎだと笑みを零した。


「ぜんぜん、大丈夫ですよ。職員の方々がやってくださっているので、むしろやる事がなくて困っているくらいです」

「これは掃除から始めないとダメね。よくもまあ、こんな汚い所で生活出来たものね」

「部屋の掃除だけでも大変そうです、結構な部屋数ですよね」

「そうね、ざっと見た感じ、大小合わせて15はあるわね。使われていないキッチンと湯浴み場、倉庫というか、物が押し込まれているだけの部屋、それこそ使われていない部屋もありそう。ここを売るだけで、きっと結構な金額になるわよ」

「そうですか」


 イヴァンは廊下に出るとゆっくりと歩き始め、ミアは自身の仕事へと戻っていく。イヴァンは、手付かずの扉に手を掛けては、扉を開け放っていった。外から流れ込む空気に埃が舞い上がる。どの部屋からも、淀んだ空気が蔓延していた。


「おぉ! 早い」


 鍵が掛かっている部屋を、ギルドのお抱え鍵屋が見事な手つきで開けると、部屋の中へ職員達がゆっくりと押し入った。その手際の良さに、イヴァンはひとり小さく感嘆の声を上げていた。


「イヴァンくん、服とかどうする? 売れないかも知れないよ」

「とりあえず、売れそうにないものは、敷地の外に出してしまいましょう」

「了解。しかし、意外とこのパーティー貯めこんでるわね。腐ってもB(クラス)ってとこかしら」


 ミアはギルド職員らしくない言葉に、いたずらっぽく笑って見せた。つい本心を見せるミアの姿に、イヴァンの表情も思わず綻んでしまう。そして、あらためて建物を見回すと、ひとつの考えが浮かび上がった。


「そうだ、ミアさん。相談なのですが、この建物⋯⋯」


 イヴァンは、そう言いながら手付かずの扉に手を掛ける。鍵の掛かっていない扉は、スっと、手応えなく開いていき、思わず言葉を飲み込んでしまった。鍵が掛かっていると思っていた扉の予想外の反応に、扉を開け放していく。扉の奥から感じる湿気を帯びた空気が、外へと流れ始めると、イヴァンは違和感を覚え、部屋の中を凝視する。そして次の瞬間、目を見開いた。


「ミ、ミアさん! ひ、ひ、人がいます!!」


 部屋の奥にあるベッドに横たわる人影が目に映る。イヴァンは予想していなかった事象に、驚嘆の声を上げてしまう。


(ゲホッ、ゲホッ⋯⋯)


 弱々しく咳き込む女性の姿に、イヴァンは部屋の中へ飛び込もうとする。だが、次の瞬間、ガシっと両肩を押さえられ、イヴァンの足は止められてしまった。


「イヴァンくん、待って。流行り病とか、血風邪の可能性もある。私達に任せて。ユーリアとルゴールいるよね? ちょっと呼んで貰える?!」


 ミアの切迫した声が廊下に木霊すると、女性と男性の職員(エルフ)が足早に現れた。


「ミア、どうしたの?」

「奥のベッドで、咳き込んでいる女性がいるの。様子を見て来て貰える?」


 職員が頷き合うと、口にしっかりとマスクを当て直し、部屋の中へと入って行った。


「流行り病とか血風邪って、マズイんですか?」


 いきなり慌ただしくなり、イヴァンにも焦りが生まれる。


「そうね。どちらも、うつる可能性があるわ。流行り病なら病院に連れて行かないとだし、血風邪なら治療院でヒールを落とさないとマズイわね。私は素人なので何とも言えないけど、あの少しざらついた咳き込み方は、ただの風邪ではなさそうよ。ユーリアとルゴールはふたりとも普段から、ギルドの医療班で仕事をしているから大丈夫。心配しないで」


 ミアはあえて落ち着き払った声色で、静かに答えていった。


「患者は兎人(ヒュームレピス)の女性。詳しく調べないとだけど、枕の周辺に血痕あり、血風邪の可能性が高いわね。呼吸が浅い、意識の混濁もあるわ。これ⋯⋯急いだ方がいいかも」

「ルゴールの見立ても同じ?」

「ああ、急いだほうがいいな。どうして、この状態で放って置いたのだ」


 ミアは、ユーリアからマスク越しのくぐもった声で報告を受け、ベッド脇で患者を診ている男性エルフに声を掛ける。ルゴールもユーリアと診断は同じようで、ベッド脇でミアに大きく頷いて見せた。


「参ったわね」

「ミアさん、彼女を治療院に連れて行きましょう」


 ミアの表情は曇り、状況は芳しくないのだとイヴァンにも分かる。敵対していた相手でも、何とかしてあげたいという気持ちになってしまうのは、何ともイヴァンらしかった。


「そうしてあげたいのだけど⋯⋯ギルドの治療院は、どこかのパーティーに所属してないと使えないし、街の治療院は、他の患者にうつると言って、血風邪の新患、急患を嫌がるのよ⋯⋯どこか診てくれる治療院ないかな⋯⋯」


 頭を抱えるミアの姿に、イヴァンも必死に救う手立てを模索する。だが、ミア以上に治療院のあてなどある訳も無く、思考は助けたいという思いだけで停滞していた。


「あ! ミアさん、彼女【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】のメンバーじゃないのですか? たしか兎人(ヒュームレピス)がメンバーに入ったって⋯⋯」

「女性の兎人(ヒュームレピス)のメンバーはいないわ。どうして、彼女がここで寝込んでいるのか、状況がまったく読めない⋯⋯」

「無所属ですか⋯⋯」


 無所属の病人がなぜここにいるのか? だが、今はそんな事よりこの状況をどう乗り切るか、そこに注視しなくてはならない。

 なぜ? という思いを心の奥へと押し込んで、再び打開策を模索する。


「無所属⋯⋯そうか⋯⋯ミアさん、彼女を【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のメンバーにしましょう。そうすれば、ギルドの治療院を使えますよね?」

「そうだけど⋯⋯諸手を挙げて賛成は出来ないな。【レプティルアンビション】と繋がりのある女性よ。どんな人間か分からないのに安易にメンバーにするのは、危険すら伴うわ」


 ミアには珍しく、厳しい口調でイヴァンの言葉に釘を刺した。安易な行動が取り返しのつかない事に発展する可能性を危惧する。


「その時はその時です。今は、治療を優先すべきです。ダラダラしていて、手遅れにでもなったら、それこそ夢見が悪いですよ」

「そうだけど⋯⋯」


 長命のエルフだからこそ、人間の酸いも甘いも見て来ている。純粋な心が、踏みにじられる瞬間を見た事も一度や二度ではない。そんな思いがミアの首を縦に振るのを、躊躇させていた。


「ミアさん!」


 真っ直ぐに見つめるイヴァンの碧瞳は、折れない心を映し、ミアはその瞳を見つめ返す事が出来ない。


「わかった、わかったわ。私の負けね。ユーリア、ルゴール、彼女をギルドの治療院へお願い。【クラウスファミリア】のメンバーとしてね」


 溜め息をつくミアと打って変わり、イヴァンは満足気な笑みを浮かべる。


「ミアさん、ありがとうございます!」

「そういえば、イヴァンくん意外と頑固だって、グリアムさんが言ってたわね」


 運び出される兎人(ヒュームレピス)の女性を、遠巻きに確認すると、ミアはポンとイヴァンの背に手を置いた。


「これで彼女も大丈夫でしょう。仕事に戻りましょう」

「はい」


 イヴァンは大きく頷き、また扉を開け放っていった。


■□■□


 【クラウスファミリア】の名が書かれた簡易掲示板を、ガラガラとギルド職員が片付け始めていた。ギルドの受付を行き交う潜行者(ダイバー)達の興味はとうに薄れ、時折、B(クラス)がC級に負けたという事実に、目を丸くする者がいる程度だった。


「上にあげろ! 治療院だ! 急げ!」


 マスクをした職員らしきエルフが、慌ただしく飛び込んで来る。まただれか、怪我でもしたのだろうか。

 オッタはそんな喧騒の中を、ゆっくりと歩いて行く。

 ギルド、パーティー、ダンジョン⋯⋯もうどれも、どうでも良かった。

 ギルドからの報せを告げる掲示板の前に、人だかりが出来ていた。掲示板に顔を向けると、そこに自分の名を見つける。


 【解雇通告】

◆エルンスト・ブルッフ

◆ボリス・スピラ

◆イル・アネート

◆クレールドロベール・サナスキュリー

◆ロージー・ラビア

◆オッタ・アンケット


 その下にも【レプティルアンビション】のメンバーの名前が数名連なっていた。【クラウスファミリア】の動きの早さに、傘下にいれるつもりなどサラサラないのだと伝わる。


「ま、賢明な処置だよな」


 オッタはひとり納得すると、言葉が洩れた。

 掲示板から視線を逸らし、街を目指す。その胸中にある懸念が、しこりとなって心にのしかかっていた。


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