その決闘(デュエル)の後始末 Ⅰ
イヤル・ライザックは、オッタのゴールを見届けると薄い笑みを唇に浮かべ、満足気な表情を見せる。だが次の瞬間、拡声器から告知された勝者【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の名に、唇から笑みは消え、険しい表情のまま、上に向かう回廊へと踵を返した。怒りすら見せるその表情に、人々は道を開け、イヤルは人の輪の外へと足早に消えて行く。
チッ!
心の中で激しい舌打ちを繰り返し、やりきれない悔しさは募るばかりで消化出来ない。
イヤルの中で今回の決闘は、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】と【ライアークルーク(賢い噓つき)】の代理戦争の様相を呈していた。
そしてまた負けた。
何を見誤った?
足早に歩きながら、心の中は曇ったままで、視界は地面を踏みしめる自身の足だけを映し、周りの世界から自身を隔離する。
50万ルドラなど、どうでもいい。【ノーヴァアザリア】に負けたという思いが、イヤルを激しく苛立たせ、暗然とさせていた。
「イヤルじゃねえか?」
負傷した男を背負う、いかつい男を一瞥だけして、イヤルはそのまま上へと向かう回廊へ足早に消えていった。
「なんでぇあの野郎、無視しやがって⋯⋯」
脛をへし折られたボリスを背負うエルンストは、イヤルの態度に眉をひそめる。
「あいつ、何をそんなに急いでいるんだ?」
ズキズキと痛む後頭部を押さえながら、ロージーもイヤルの消えた回廊へと振り返る。魔力切れ状態のクレールは、イルに肩を借りながらおぼつかない足取りを見せ、肩を貸しているイルのこめかみも赤黒く腫れていた。
満身創痍のパーティーは、やっとの思いで15階緩衝地帯へと辿り着き、フラフラになりながらも、勝利を確信している足取りは重くはなかった。痛みに顔をしかめながらも、心持ち良くゴールを目指す。
(けっ!)
(どの面下げてー)
(C級に⋯⋯)
【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】に向けられる突き刺す視線に、エルンストは眉をひそめる。怒りや拒絶、卑下する視線は、パーティーの思惑を外れ、だれもが【レプティルアンビション】を遠巻きに覗き、関わろうとしなかった。
勝者として称えられるはずでは?
自分達にとっては異常とも思える状況に、エルンストは焦燥に駆られていく。遠巻きに注がれる怒りを孕む冷たい視線に、自分達の思惑は大きく外れたのではないかという疑惑が、頭をもたげ始めた。
「おい、ねえちゃん、治療師がいるんだろ? 【クラウスファミリア(クラウスの家族)】にやられたんだ。こいつを頼む」
「承知いたしました。あちらに控えておりますので、どうぞあちらへ」
エルンストはギルドの職員を捕まえ、口早に伝えると職員の指差す方へと向き歩き始めるも、すぐにその足を止めた。
「なぁ、ちなみにだ。勝ったのどっちだ?」
「【クラウスファミリア】ですけど⋯⋯?」
今さら何を言っているのだとばかりに首を傾げる職員の言葉に、エルンストは茫然と立ちすくむ。
あの状況で兎が負ける? そんなバカな⋯⋯。
「おい、適当な事言ってんなよ。なんで負ける? オレ達が負ける訳がねえ!」
「⋯⋯そうおっしゃられても、【クラウスファミリア】の勝ちですよ」
「兎があの小僧に負けたってのか? そんなものインチキだろうが!」
「インチキ? あ! なるほど。いえ、兎人の方が先にゴールしました。ですが、先にアイテムを届けたのは【クラウスファミリア】です」
「はぁ?! 兎の野郎、アイテムをパクられたクセに、先にゴールしたってのか!!」
口泡を飛ばし、まくし立てるエルンストに、職員も困り果て、なだめるのに必死にだった。
「ちょ、ちょっと落ち着いて下さい。兎人の方が、持ってこられたのは【スライムの胚】で、【シルバースライムの胚】ではなかったのです」
「はぁ? 【スライムの胚】⋯⋯だと⋯⋯」
ようやくここで、現状が理解出来た。自分達の中で有り得ない事が起きたのだと。
エルンストだけではなく、ロージーも、イルに抱えられているクレールも顔を上げた。さっきまであった余裕はものの見事に砕け散り、有り得ないと思われていた最悪のケースが、今まさに身に降りかかる。
エルンストは、頭の中で映像を巻き戻していく。グリアムの投げたアイテムが放物線を描き、オッタが見事にキャッチしたところで、映像は一時停止する。
あのマスク野郎が放り投げたのは【スライムの胚】⋯⋯あの時点でオレ達は、一杯食わされていたって事か!
「エルンスト、どうすんだよ!? この先どうなるんだ!?」
「うるせぇ! 分かっている。少し落ち着け!」
怒鳴り合うロージーとエルンストだが、エルンストは険しい表情のまま、思考を巡らす。ただ、負けたという衝撃は、そう簡単に払拭出来る訳もなく、常に思考の邪魔となった。
呻き声をあげているボリスを背負ったまま、エルンストは立ちすくんだまま動けず、落ち着けと自身に何度も問い掛けた。
「いや、待て。負けたら、あいつらの傘下に下る⋯⋯だが、所詮C級だ。パーティーとなりゃあ、助っ人もいねえ。だったら、折を見て、オレ達が乗っ取ればいいんじゃねえのか?」
「パーティーの財産はどうする? 没収だろ?」
「なぁ~に、先に戻って隠しちまえばいい。そんで、乗っ取った後に、そいつを使って、パーティーをさらにデカくするんだ。そんで【クラウスファミリア】をこき使って、骨の髄まで搾り取ってやればいい」
欲まみれの思考は、自分達に都合よく解釈をする。
「とりあえず、ヤツらより早く戻って、財産を隠すぞ。見てみろ、ヤツらはまぐれ勝ちに浮かれてやがる。サッサと治療師にボリスを診せて、すぐに戻るぞ」
ロージーが頷き納得を見せると、エルンストは治療師のもとへと急いだ。
■□■□
グリアムの視界の隅に、上の回廊へと急ぐ【レプティルアンビション】の姿が映る。
慌てているな。
グリアムは、その姿を遠目から冷ややかに見つめた。
「どうしたの?」
「ヤツらが、慌てて上を目指してるのが見えたんでね。やる事なす事すべて四流だなってな」
「グリアムさんと比べちゃ可哀想だよ」
「ラウラ、すまんな。また世話になる」
「いいよ、いいよ。本当は決闘に参加したかったんだからさ、上までの護衛なんて、なんて事ないよ。なぜかアザリアもいるしね~」
「アザリアもすまんな」
「は、は、はい! 頑張ります!」
「そんなに頑張らなくても、あんたなら余裕だろ」
ピシっと直立不動となるアザリアに、微笑むグリアム。その微笑みに俯くアザリア。そして、そのやり取りに笑いを堪えるラウラ。そこに緊張感はまったくなかった。
その緩んだ空気にテールが大あくびを見せると、空気はさらに緩んでいく。
「テールも大活躍だったね~。あんたは賢い、いい仔だ」
「でしょう~」
ラウラがお座りをしているテールの前にしゃがみ込み、顔をわしゃわしゃと撫で回した。胸を張るヴィヴィも、背中をポンポンと叩き、テールの活躍を称える。
「犬に、ア、アイテムを持たせるというアイデアは、最初からあったのですか?」
俯いたままグリアムに問い掛けるアザリアに、グリアムは肩をすくめる。
「アイデアというか、持たせる事が出来るかはギルドに確認してた。最初は、ルカスに持たせる予定だったんだが、ギルドに確認していたのを思い出して、急遽、テールに持たせたって感じかな」
「向こうは、すっかり騙されたって訳ですね」
「ヤツらにとってテールはノーマークだとは思っていたが、こうもあっさり行くとは思ってなかったよ」
「そ、そうですか⋯⋯」
そう言ってグリアムはアザリアに微笑むと、アザリアは紅潮する顔を隠す様に、グリアムから視線を逸らした。
「テール様様だね」
「まあねぇ~。でもほら、犬だから、テールが活躍するのは当然なんだよ」
そう言ってヴィヴィは満面の笑みで、ラウラに胸を張って見せた。
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街の中心部から少し離れた郊外の一角にある三階建ての集合住宅。薄汚れた低い壁と、雑草が伸び放題の荒れ果てた庭の奥にある、レンガ造りの建物。その建物の前に次々に馬車が停まっていった。
「ここよ。さぁ! 急いで作業を始めましょう!」
良く通るミアの声に、馬車の荷台から次々にギルドの職員が降り立っていく。




