その決闘(デュエル)の行方 Ⅸ
15階へと辿り着いたグリアム達一行を遠巻きに覗く潜行者達の目は、どこか冷ややかだった。
もう少し、祭りらしく活気があると思っていただけに、肩透かしを食らった気分でゴールへ、一歩一歩歩みを進める。グリアムはフードを深く被り直し、マスクを上げた。あらためて顔を隠し、人だかりの出来ているゴールへと近づいた。
「おーい! お疲れさま~!」
ゴールの向こうで、ブンブンと大きく手を振るラウラの姿は、その場の雰囲気と一線を画している。だが、その姿に一行の緊張は解れていった。ヴィヴィとサーラも手を振り返し、ようやく勝負が終わったのだと実感が湧き、肩の力が抜けていく。
グリアムは、ゴールの先で浮かない顔を見せるルカスを見つけると、肩にポンと手を置いた。
「ルカス、お疲れ。勝てたのは、おまえのおかげだ」
「でも、競争には負けたぜ」
「おまえなぁ、兎の背中が見えてただけでも相当だぞ。あんな短距離で、兎に勝てる人種なんていねえよ」
「でも、負けは負けだ!」
「んだよ、しょうがねえなぁ。もし次の機会があったら、そん時はもっと距離を伸ばして勝負して貰えや」
グリアムは、本気で悔しがるルカスに呆れながら、もう一度肩に手を置き、労を労った。
「テール、よくやった。おまえも頑張ったな」
ルカスの傍らでうつ伏せていたテールの頭をワシワシと撫で回し、ルカスと共に労を労うも、本犬にいたっては、まったくもって無関心。顔を上げようともせず、グリアムのいいように頭を撫で回されていた。
「ヴィヴィちゃんも、サーラちゃんも、おめでとう! やったね!」
ラウラはふたりの背中をバンバン叩き、喜びを露わにしていた。ヴィヴィは、得意満面に胸をはり、サーラはバツが悪そうに眦を掻いて見せる。そんなサーラの姿にラウラは、首を傾げ、不思議そうな顔でサーラを見つめた。
「サーラちゃん、どうしたの? 勝ったのに浮かない顔だねぇ」
「そ、そんな事ないですよ! 勝ったのは嬉しいです⋯⋯」
「ほらぁ~なんか含みのある言い方。どうしたの?」
優しく覗き込むラウラに、サーラは少し迷いながらも口を開いていった。
「⋯⋯先ほどの戦いで、師匠はもちろんですが、ヴィヴィさんも、B級を子供扱いでした。私だけが、ボコボコにされちゃって、ちょっとバツが悪い⋯⋯かなって」
苦笑いのサーラをラウラは優しく見つめる。サーラは、ラウラの優しい表情に気まずさを覚え、見つめ返す事が出来なかった。
「どしたの? ふたり揃って黙りこくっちゃって?」
ふたりの様子にヴィヴィは首を傾げ、不思議そうに覗き込んでいく。ラウラはいつものようにニカっと笑みを見せ、サーラに視線を向き直した。
「サーラちゃんが活躍出来なかったって、落ち込んでるのよ」
「ええっ!? 何で? サーラがいなかったらシルバースライム見つけられなかったよ」
「⋯⋯いや、まぁ、はい。ありがとうございます」
他人行儀なサーラが、ヴィヴィを見つめる事なく、俯いたまま煮え切らない返事を返す。
「むぅ⋯⋯こういう時は、あれだ⋯⋯グリアム!! ちょっと来て!」
「え? ちょ、ちょっと、ヴィヴィさん!?」
「あ? 何だよ?」
戸惑うサーラなど意に介さず、ヴィヴィはグリアムを手招きする。
グリアムは訳も分からずいきなり呼び出され、微妙な空気が流れている光景に少しばかり困惑を見せた。
「サーラが、活躍出来なかったって落ち込んでるから、何とかして」
「はぁ? 何とかって⋯⋯何でオレなんだよ」
「師匠なんだから、それくらいしなよ」
「師匠って⋯⋯そいつは、サーラが勝手に⋯⋯」
と、ここまで言って、グリアムがサーラに視線を向けると、勝ったというのに浮かない表情で俯いたままのサーラの姿があった。
「まったく⋯⋯おまえも勝ったんだから、今くらい浮かれろよ。何、辛気臭い顔してんだよ」
「⋯⋯はい、すいません、師匠⋯⋯」
大きな体を小さくして、頭を下げるサーラの姿に、グリアムの困惑は深まっていく。
事態を飲み込めないグリアムは、ラウラに視線を送り、助けを求めるた。ラウラはヤレヤレと、息をひとつ吐き出し、後ろから優しくサーラの両肩に手を掛ける。
「サーラちゃんはね、B級にひとりだけボコボコにされちゃって、落ち込む必要なんてないのに、落ち込んでるのよ」
「そんな事で?」
ヴィヴィは、怪訝な表情を見せるグリアムをひと睨みすると、呆れたかのように肩をすくめて見せた。
「サーラにとっては、そんな事じゃないの。まったくもう、グリアムって、そういうところあるよね」
「え? そういうところって何だよ」
不貞腐れるグリアムに、ヴィヴィは何度も首を横に振って見せた。サーラの落ち込む理由が理解出来ず、グリアムは困惑だけを募らせる。
グリアムは参ったとばかりに頭を掻きながら、バツの悪い思いに苛まれているサーラに、掛ける言葉を模索していった。
「あのなぁ⋯⋯おまえは良くやったんだよ。B級にちょっとボコられたからって、しょげるなよ⋯⋯おまえの知識がなかったら勝てなかった。それにな、力だけだったら、あんなクソ猫の一人や二人、ボコす力は持ってんだ。おまえは素直過ぎる、真っ直ぐに突っ込む事しか考えていない。もっと駆け引きを覚えろ」
隣で聞いていたヴィヴィが、大きく頷く。
「そうだよ! サーラは強いんだよ、ルカスも言ってたでしょ。あとは、師匠って言っているグリアムのズルさを見習えばいいんだよ」
「あ? ズルさって何だよ! おまえはそんな風に思ってたのか!」
「え? 違うの?」
「オレは駆け引きをしてるだけだ」
「へぇ~まぁ、いいや。今日はそういう事にしといてあげる」
「なんでおまえが上から目線で語れるんだよ!」
「⋯⋯ププッ!」
ラウラがふたりのやり取りに思わず吹き出すと、いつの間にかサーラの表情からも強張りが消えていた。グリアムは不貞腐れながら、サーラに向き直る。
「おまえは、お勉強が好きなんだろう。だったら、駆け引きを学べ。弱点の見極めが出来るようになれ。どうすれば、敵の裏をかけるか思考を止めるな。それが出来るようになりゃあ、B級なんざぁ、余裕だ」
グリアムの言葉にサーラは顔を上げる。
「はい⋯⋯師匠、これからも宜しくお願いします」
「お? お、おう⋯⋯」
「グリアムにしては、まあまあだな。良しとするか」
サーラの表情は、憑き物が落ちかのように、スッキリとした顔を見せた。いきなりの表情の変化に戸惑うグリアムの横で、ヴィヴィは納得の表情で、大きく頷いていた。
「よーし! サーラちゃんも、ようやく元気になったね。やっぱ、やるねぇ~グリアムさん。ま、ウチの大将も、こういうの意外と得意なんだよ。って、あれ? どこいった? いなくなってる」
「アザリア・マルテも来てるのか?」
「うん。みんなのゴールの瞬間を見たかったんだって⋯⋯あれぇ? どこ行った? あ! いた! 何してんのそんな所で、こっち来なよ」
ラウラに釣られ、みんなでキョロキョロとアザリアを探す。少し離れた小屋の影から、コソコソと覗き見しているアザリアの姿からは、中央都市セラタの大パーティーのリーダーという威厳はまったく感じられなかった。
「み、みなさん、おめでとうございます。か、勝つと思っていました」
ラウラは、隙あらばラウラの影に隠れようとするアザリアの腕を取り、自分の隣に立たす。何故かモジモジと気恥ずかしさを隠し切れないアザリアから、相変わらず威厳は取り戻せないでいた。
「なんだか、わざわざすまんな。忙しいだろうに」
「ひゃ、はい! あ⋯⋯いや、いえ、だ、大丈夫です。ウチは下層以降でのソロは禁止にしてますので⋯⋯はい。ラウラの付き添いで⋯⋯はい⋯⋯」
「そういや、そうだったな。ラウラから聞いてたわ、その話」
俯いてしまうアザリアを、不思議そうに見つめるグリアムに、ラウラは笑いを堪えるのに必死だった。
「プッ⋯⋯あ! そういえば、助けてくれた鎚の紋章のパーティーに会ったよ。彼らも、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】に賭けてたから、儲かったんじゃない。ウチらもウハウハよ、何か驕らせてね」
「お、彼らか。あそこにも、ちゃんとお礼を言わないとな」
「【ベヒーモスの皮】でさっそく装備を作って、上機嫌だったよ。A級にチャレンジするのかな?」
「じゃねえか? あそこなら大丈夫だろう。【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】、あいつらはつえーぞ」
納得の姿を見せるグリアムに、ラウラも同意の頷きを見せる。
「いたと言えば。イヤルもいたんだよ⋯⋯【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】と繋がってるのバレバレなのに、首を横に振りやがって、相変わらずムカつくよね」
「イヤル・ライザックか⋯⋯【ライアークルーク(賢い噓つき)】もやっぱりいたのか⋯⋯」
「50万ルドラをドブに捨ててたよ。ざまぁ~」
「ドブに捨てたって、50万を【レプティルアンビション】に賭けたのか? そいつは何ともだな⋯⋯」
「⋯⋯バカなヤツだよ」
そう言ってラウラは、本気の冷笑を見せた。




