その決闘(デュエル)の火蓋は切られた Ⅱ
グリアムは棒の先にランプをくくりつけ、地面や壁を丁寧に照らしていた。淡白く光る地面や壁を注視しながら、スピード勝負と思えないほど、パーティーはゆっくりと進んで行く。
「おっさん、こんなのんびりでいいのかよ?」
「アイテムがねえんだ、急いだって仕方あるまい」
「はぁ~ぁ」
「おまえもしっかり探せ」
「へいへい」
わざとらしく溜め息をついて見せるルカスに、グリアムはひとつ釘を刺す。とはいえ、見た事もない物を探せと言われても、集中を保つのは難しいだろう。
「師匠、いませんね。2階とか3階まで下りてみますか?」
「1階が一番明るい。上層にいるって言うのなら1階が一番見つけやすいはずだ」
「なるほど、確かにそうですね」
サーラはグリアムの言葉に頷き、地面や壁をまた注意深く覗いていった。
「⋯⋯あっ! ぁあ~普通のスライムか。グリアム、撃っていい?」
「ちょっと待て。斬り刻んで【スライムの胚】ってやつを拝もうぜ」
後方にひょっこりと現れた緑色の軟体。それに向けて構えていたハンドボウガンを、ヴィヴィは素直に下ろす。それと入れ替わるようにグリアムが腰のナイフを抜き、ゲル状の軟体生物に飛び込んで行った。
ひと振り、ふた振りとグリアムの刃が核を外しながら、スライムの体に飲み込まれていく。
手応えがなさ過ぎるな。
スライムも、生き延びるために、グリアムにゲル状の触手を伸ばすが、その足掻きもグリアムの刃の餌食となるだけだった。
「くはぁ~」
斬り刻まれたゲル状の体が動かなくなる頃には、グリアムは肩で息をしていた。
「おっさん、だらしねえな。どんだけ時間かけてんだよ」
「おまえもやってみろ。想像以上にだるいぞ、これ」
「次はルカスがやって、そんなに大変じゃなかったら、グリアムが大袈裟だって事だね」
何故かヴィヴィが大きく頷き納得する姿を見せた。一体何に納得したのか、良く分からないのだが、のんびりとかまっている時間などない。グリアムはさっそく、スライムの欠片に手を伸ばすと、ヴィヴィやサーラも周囲に飛び散っているゲル状の破片を漁っていった。
「ルカスさんも手伝ってくださいよ」
手持ち無沙汰で佇むルカスに、サーラは腰を上げ、頬を膨らます。
「ええ~だってオレ、どれが核で、どれが胚か分かんねえもん」
「ルカスは辺りを見ててくれ。モンスターだけでなく、怪しい人影があったら教えろ」
「へいへい」
ルカスの返事はいい加減だが、顔を上げるとすぐに周囲の警戒にあたる。鋭い眼光で辺りを見渡していくルカスの姿に、サーラの溜飲も下がり、素直にドロップを探そうと視線を地面に落としていった。
「あった! これじゃない?」
ヴィヴィは手の平に黒い球体を乗せて掲げて見せる。
「残念だが、そいつは核だ。支給されたポーチの大きさから、胚の大きさもそんなもんだろうな。持っていてもしょうがねえから踏み潰しちまえ」
「ちぇ~。えい!」
ヴィヴィは言われたとおり核を地面に放り投げ、踵を使ってスライムの核を踏み潰す。パキっと亀裂が入ると、パラパラと勝手に砕け散った。
飛び散っているスライムの欠片に手を伸ばす度に、ベトベトと張り付く不快感にグリアムは眉間に皺を寄せ、盛大に顔をしかめる。
「クソ!」
グリアムはネバネバと手に張り付くスライムの欠片に、大きく腕を振り、振り払っていった。だが、いくら振り払っても、手には不快な粘着性が残り、グリアムのイライラを加速させる。手にこびりつく度に、同じ動作を強いられ、グリアムは苛立ちを隠せないでいた。
「師匠、イライラしちゃダメですよ」
「チ!」
「うおぉ! これじゃない? 見て、見て」
ヴィヴィが再び手の平に、桃色の塊を乗せてグリアムに差し出した。グリアムが覗き込むと、サーラやルカスまで一緒に覗き込んでいく。ヴィヴィの手の平にある歪なハート型をした塊に、覗き込むグリアム達は黙って頷き合っていった。
「これだな。こいつの砕けた欠片を見た事がある。こいつが【スライムの胚】で間違いないだろ」
グリアムはヴィヴィの手の平からそれを受け取ると、マジマジと見つめていく。それは石のように硬く、木の葉のように軽い、不思議な物質だった。
「私もいいですか?」
サーラの手の平に乗せると、こわれものを扱うように慎重な手つきで歪なハートを覗き込んでいく。その瞳は真剣そのもので、未知への欲求に溢れていた。
「どれどれ」
「⋯⋯あっ」
ルカスがヒョイとサーラの手の平から、それを取り上げると頭上に掲げ、【アイヴァンミストル】の創る光に照らしながら覗き込んだ。
「これ何か役に立つのか?」
「さぁ? そんな話は聞いた事ねえな」
「ふぅ~ん」
「かなりだるいが、あのやり方で胚は手に入る事が分かった。あとはシルバースライムを見つけるだけだな」
「返す」
「いらねえが⋯⋯一応取って置くか」
「あ⋯⋯ぁ⋯⋯」
グリアムはルカスから投げ渡された【シルバースライムの胚】を、支給されたポーチに放り込んだ。そのやり取りを物欲しそうに眺めていたサーラが、簡単にポーチに放り込まれた【スライムの胚】に、頭を垂れてひとり落ち込んでいた。
「さて、どこにいるのかね。行くぞ」
グリアムのランプが再び壁や地面を照らし始め、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、その灯りにゆっくりと導かれて行く。
■□■□
赤味を帯び始めた壁が下層を告げる。だが、そこに足を踏み入れたパーティーの緊張感は薄く、ダラダラとやる気のない足取りを見せていた。モンスターとのエンカウントも鬱陶しいとばかりに、だれもやる気を見せず、エルンストに目配せされた者がイヤイヤながら叩きに行く。それを繰り返すだけのエルンストにメンバー達は不安を覚えていた。
「もう10階だぞ、どこまで下る気だ? この辺まで来ちまうと、もうスライムはいねえぞ」
大きな戦斧を背負い直し、ドワーフのイルは怪訝な表情をエルンストに向ける。エルンストはわざとらしく嘆息し、目の前にある小さな洞口を顎で指した。
「そこに休憩所がある。ひと休みだ」
「探しもしないで休憩? 探しながらって言ってたじゃない、本当にいいの? 先に見つけちゃえば、話は早いのに」
「いちいちうるせえな、いなかったんだから仕方ねえだろ。いいから、行くぞ」
ロージーは大きな瞳をわざとらしく見開き、エルンストに目を剝いて見せた。
「ほら、中入れ」
【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】のメンバー達は、納得のいかない様子で、だれもが表情を曇らせている。そんなメンバーの事など気に留める事なく、エルンストはメンバーをせっついて休憩所の中へと押し込んで行った。
口々に不満を漏らしながら車座になって腰を下ろすと、エルンストはいやらしく口端を上げる。その表情からは、自信が窺えるものの、メンバー達の半信半疑な気持ちが消える事はなかった。
■□■□
シルバースライムどころかスライムにすら遭遇しない。あのスライムとの遭遇以来、スライムの影も形も見えなかった。
探している時ってのは、こうなんだよな。
グリアムは心の中で舌打ちをすると、現状にもどかしさを覚えていた。1階をただただウロウロ歩き回るだけ。たまに遭遇するモンスターも、さすがに一階となれば瞬殺で終わり。歯応えのない相手は、パーティーの集中力と一緒に緊張感も奪い去っていく。
「いないねぇ」
「ですね」
「おっさん、下行こうぜ。この階はダメだ」
ま、そうなるよな。
「もう少しだけ、粘らんか? 下に行くほどスライムの出現率は下がる。2階、3階に下りたところで、状況はそう変わらんと思うんだが」
「だれかがスライムを狩っているのでしょうか?」
「まぁ、それならそれで構わん。スライムをいくら狩られたところで、オレ達が探しているのはあくまでもシルバースライムだからな」
「お! 閃いた!」
ヴィヴィがいきなりポンと手を打って、満面の笑みを見せる。唐突の笑みに戸惑いを隠せないでいると、ヴィヴィは笑みを浮かべながら、フフンと胸を張って見せた。
「テールに探して貰おうよ」
「テールに?? どうやって?」
「それそれ」
そう言ってヴィヴィは、グリアムの腰に付いている小さなポーチを指差して見せた。




