その決闘(デュエル)の火蓋は切られた Ⅲ
まわりの困惑など気にも留めず、ヴィヴィは変わらず自信満々な笑みを湛えている。グリアムはその笑みに困惑を深めていった。
「ポーチ?」
「だから、テールに探して貰うんだって」
困惑の表情を深めるグリアムに、ヴィヴィは少し膨れて見せ、一向に意味が分かりそうもないグリアムの姿に、呆れながら言葉を続けた。
「その【スライムの胚】の臭いを頼りに、テールに探して貰えばいいでしょう」
「なるほど⋯⋯って、いけるか、それ?」
グリアムは少しばかり懐疑的になりながらも、ポーチの中から【スライムの胚】を取り出すと、テールの鼻先へと持っていった。テールは、クンクンとグリアムの手の平に乗っている【スライムの胚】へ鼻先を持っていくが、それが食べ物ではない事が分かると、興味を急速に失ってしまう。
こいつはダメか⋯⋯。
「よし! テール覚えたね。それと同じ臭いを探すんだー!」
ヴィヴィにポンポンと背中を叩かれると、テールはヴィヴィを一瞥し人の子供ほどの大きさがある、犬としては巨大過ぎる体を立ち上げた。クンクンと地面に残るスライムの残滓を求め始めると、停滞していたパーティーの空気は一気に変わっていく。
「はじめから、こうしてりゃあ良かったんだよ」
「だったら、ルカスさんが言ってくれれば良かったのに」
「『こうしてりゃあ良かった』って、言っただけで、『思いついていた』、なんてひと言も言ってねえじゃん」
「何そこで勝ち誇っているのですか。思ついていないのなら、私達と同じじゃないですか」
「おい、じゃれてんな。何か見つけたぽいぞ」
グリアムは、緊張感の薄いルカスを一瞥だけしてテールへと向き直した。
テールは鼻先を地面に向けたまましばらく進むと、唐突に顔を上げ、何の変哲もない少し離れた壁の前を見つめたまま、伏せの姿勢で動かなくなってしまう。
グリアムのランプがゆっくりと、テールの視線の先を照らし始め、パーティーの目は一斉にそこに向いていく。テールがそこに何かあると訴えている事は、だれもが理解し、六つの瞳はその壁に釘付けとなった。
「⋯⋯何もねえじゃん」
「ルカスさん、シッ!」
サーラが人差し指を口に当てルカスを睨む横で、グリアムは投げナイフを素早く壁へと投げる。テールの見つめる視線の先へ一直線に飛んで行くナイフが、壁にカツンと弾かれた。
刹那、ぐにゃりと壁は歪み、パーティーは驚きと湧き立つ希望に、体は一瞬の硬直を覚える。
「あ、あれ⋯⋯あれ⋯⋯」
ヴィヴィがあわあわしながら指差すと、グリアムはナイフを片手に飛び込んで行った。壁はやがて鈍い鉛色へと変化を見せると、地面を滑るようにパーティーの視界から一瞬で消えてしまった。
「チッ!」
グリアムは盛大に舌を打ち、千載一遇のチャンスを逃した悔しさを露わにする。
「いましたね」
「ああ」
いきなりの遭遇は歓迎すべきだが、パーティーが目にした、あまりにも俊敏な動きは厄介でしかなく、必ずしも歓迎は出来なかった。
「素早かったねぇ。あれって追いつける? スピード自慢のルカスどう?」
ヴィヴィからの唐突な投げ掛けに、ルカスはシルバースライムのスピードを目の当たりにして、口ごもってしまう。
「どうって⋯⋯追っかけるしかねえじゃねえの」
「いやいや、ルカスさんのスピードでは無理ですよ。ね、師匠」
「あ?」
グリアムは尋常ではない速さを見せたシルバースライムとの遭遇を思い返していた。人の速さでどうにかなるとは到底思えないその速さに、どう対処するべきか、ずっと頭の中シミュレーションをしていた。
「⋯⋯ルカスのスピードどころか、人が追いかけてどうにかなる速さじゃあるまい」
「じゃあ、どうする? あ、捕まえる?」
「どうやって?」
「う~ん、こう飛び込んでギュって」
抱きしめる動きを見せるヴィヴィに、グリアムは黙って首を横に振る。
「一度、情報を整理しませんか。テールが見つける事が出来ると分かったのですから、あとはあの速さをどう対処するか作戦を立てるべきです」
「作戦ね。まぁ、そうだよな。とりあえず、エンカウントした時の様子から思い出していこうか」
グリアムを中心に自然と輪になり、初めて見たシルバースライムとのエンカウントを、思い返していった。
■□■□
10階の休憩所のひとつに、煤け顔の汚い潜行者がふたり、顔を覗かせた。ランプの小さい灯りを中心に車座になっているパーティーの顔は一斉に煤け顔の潜行者達に向いた。
「なんだよ、オレだよ」
「バグス、動きがあったんだな」
「ああ」
エルンストの鋭い眼光に、煤け顔は大きく頷く。
「おい、エルンスト。話が見えないぞ」
「たしかに」
戦斧を傍らに置き腕を組んでいるイルの剣呑な雰囲気はさらに深まり、隣に座るロージーも怪訝な表情を深めた。
「おまえらオレの話を聞いてなかったのかよ。ウチのやつらにアイツらを張らしている。何か動きがあれば、報告するようにしてあるんだよ。で、バグス、アイツらは手に入れたのか?」
「いや、まだだ。だが、シルバースライムとエンカウントした。そのあとしばらく顔を突き合わせていたんだが、また動き始めたんで、急いでこっちに来たんだ」
「そうか、分かった。おまえらは戻れ」
エルンストはそう言って、バグス達を手で払った。
「エルンスト、こんなのんびりしていて本当に大丈夫なのか?」
クレールは垂れた前髪の隙間から、鋭い眼光を覗かす。ボリスも頭を掻きながら、呆れて見せる。
「そうだぜ、物を探しに行くか、なんか作があるんだろ? サッサと作戦を進めようぜ」
「まったくてめぇは⋯⋯まぁ、待て。作戦通り進んでるんだ、そう焦るなよ」
ボリスの言葉にエルンストは醜く口端を上げて見せた。
■□■□
15階のゴール地点では、白い腕章をつけるギルドの職員達が忙しなく動いていた。ひと目、ゴールを見ようと野次馬達はその姿を遠巻きに覗きながら、熱を帯び始めたお祭りムードに、緩衝地帯は、ソワソワとし始める。
「おい⋯⋯あの女神の紋章って⋯⋯」
「【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】じゃねえか。こんなところで何してんだ?」
「しかもあの赤髪のやつって⋯⋯アザリア・マルテか? まさかそんな訳ねえか⋯⋯」
女神アテーナの横顔を纏う女のふたり組へ、野次馬達の視線は遠巻きに注がれていた。強者のオーラを纏うその紋章は、威厳と尊厳を漂わせ、おいそれと近づく事を許さない。
「私ひとりで大丈夫だったのに」
「い、いいじゃない別に⋯⋯ウチは下層以降のソロは禁止でしょう」
「にしてもさ、わざわざアザリアがついて来る事ないじゃん。いくらグリアムさんが気になるって言ってもさ、仕事もいっぱい残ってるんでしょ」
「大丈夫だもん⋯⋯多分⋯⋯」
口ごもるアザリアに疑惑の眼差しを向けるラウラ。アザリアはそっと視線を外していく。
ラウラは諦めの境地に達したのか、活気を帯び始めている緩衝地帯の街へと視線を移していった。
「ギルドも大変だね。ここまで潜るのだけでもひと苦労じゃない?」
「どうかな? 長命のエルフ達だし、意外と強者揃いかもよ」
「そうなの? ⋯⋯そう言えば賭けやってるんじゃなかったっけ? 時間あるし覗こうと思ったんだけどな⋯⋯あ、ねぇねぇ、賭場って開いてないの?」
通りすがりにいきなりラウラに話しかけられた古参らしき潜行者が、慌てふためく姿を見せ、辺りを必死に見渡していく。
「シッー! 声がデカイって。ギルドのやつらがうろついてるんだぞ」
「あ、ごめんごめん。でも、別にうるさく言われないでしょ?」
「そんでも大手を振って出来るもんでもねえ。向こうに見える一番遠い宿の裏に行ってみろ、行けば分かる」
「おぉ~サンキュ。アザリア、行ってみようよ」
「ええっー!?」
ラウラは潜行者に手を振り別れると、有無を言わさずアザリアの手を引いて行った。




