その決闘(デュエル)の火蓋は切られた Ⅰ
『それでは15階へ運んで頂く、アイテムを発表致します! 今回のアイテムは⋯⋯【シルバースライムの胚】となりました! 両パーティーの皆様は速やかに準備を開始して下さい。間もなくスタートです』
ギルドの職員であるエルフの男は、引いたくじを確認すると、高々とそのくじを掲げて見せた。
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】はそれを静かに受け止め、【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】はあからさまに困惑を見せる。
「シルバースライムか⋯⋯」
「はぁ?! シルバースライムだぁ? なんだそりゃ?」
グリアムは静かに呟き、エルンストは分かりやすく動揺を見せた。
(ねえ、グリアム、シルバースライムって何? そんなのいる??)
グリアムに耳打ちするヴィヴィは、ひとり困惑を見せる。グリアムはそんなヴィヴィを横目で一瞥すると、フードを深く被り直し、顔を上げた。
「向こうに行くぞ。おまえらも、とりあえず集まれ。テール来い!」
グリアムは、サーラとルカスも一緒に隅へと呼び集め、テールはその輪の後ろで我関せずと大人しくお座りをして見せた。
隅に集まりそっと頭を突き合わせると、グリアムはサーラに囁く。
「サーラ、どうだ?」
「はい。説明します⋯⋯」
グリアムの問い掛けに、サーラは数日前のグリアムとのやり取りを思い出していた。
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―――数日前。
「そういやぁ、サーラ、過去に犬で使われたアイテムを調べてたよな」
「はい。レアなアイテムばかりでしたね」
「もう少し精査して、傾向と対策を考えられんか? アイテム自体がレアなのか⋯⋯モンスター自体がレアケースとか」
「なるほど。それなら、レアモンスターを調べた方が良くありませんか? ただのレアアイテムなら、出るまで狩るしかありません。でも、モンスター自体がレアなら、遭遇場所の傾向や、対策や対峙する際の注意なんかも必要になってくるんじゃないでしょうか?」
「おまえに任す」
「分かりました! すぐにギルドで調べて来ます! こういうの大好きなんですよ」
「調べるのが? だるくねえ?」
「何言ってるんですか~! めちゃくちゃ楽しいじゃないですか」
「分かった、分かった。頼んだぞ」
「はい! 行って来ます!」
サーラはそう言って、興奮ぎみに玄関を飛び出して行った。
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「シルバースライムは、主に上層に生息する、人を襲わない数少ないモンスターのひとつです。人の気配を感じると、小さな穴倉に潜ってしまい、壁や地面に同化する術も持っています」
「ん~? やっぱり、そんなの見た事ないよ」
「ヴィヴィさん、私もです。もしかしたら遭遇しているかも知れませんが、壁や地面と同じ色でじっとしているだけですと、気が付かないでやり過ごしていたのかも知れません。私も調べるまで、存在を知りませんでしたしね」
顔を寄せ合い、ひそひそと辺りに気を配りながら、サーラは説明を続ける。
「それに“スライムの胚”というのが厄介かも知れません」
「何で? スライムなら弱いでしょう?」
首を傾げるヴィヴィに、今度はグリアムが口を開いた。
「核を潰すとスライムは弾けちまう。その時胚も一緒に弾け飛んじまうんだよ。だから、胚の破片なら見た事はあるが、実際にちゃんとした物は見た事がねえ」
「え? 核がダメならどうやって倒すの?」
「さぁ⋯⋯そういや前に、イヴァンがスライムに手こずってたよな? あのやり方はどうなんだ?」
「師匠、あのやり方って何ですか?」
「あいつ、核の存在を知らないで、スライムをいちいち斬り刻んで倒していたんだよ。あの倒し方だと、弾け飛ばなかった。どうかな⋯⋯」
腕を組み、皆一斉に考え込む仕草を見せる。眉間に皺を寄せ、皆同じ表情をしていた。
「やってみる価値はありそうです。そうなると、私とヴィヴィさんは手出し出来ないですね。師匠、ルカスさん、よろしくお願いします」
サーラが頭を下げると、ルカスは盛大に顔をしかめた。
「スライムをわざわざ斬り刻むなんて、まどろっこしいな」
「そう言うな。オレのナイフと、おまえの剣で、やるしかあるまい。弾け飛ばさんように気を付けろ」
「へいへい」
面倒そうに返事を返すルカスに、グリアムは思わず苦笑いをしてしまう。
今までずっと、最短で走り抜ける事しか考えていなかったんだ、スライムに時間を掛けるなんて、考えすらしねえよな。
「でも、その前に見つけないとですね」
「だな」
サーラの言葉に一同力強く頷いていった。
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こそこそと耳打ちしあっている【クラウスファミリア】を遠目に覗き、エルンストは渋い顔を見せていた。【レプティルアンビション】のメンバー達は、アイテム発表後、しばらく経ったというのに分かりやすくうろたえていた。
「【シルバースライムの胚】って何だよ? 聞いた事ねえぞ、そんなもん」
イルはドワーフらしくまっすぐに不満を漏らす。考えても仕方ないと頭の後ろで手を組み、いち早く思考を止めていた。
「私だって知らないわよ。そもそも、この中でシルバースライムなんて知ってるやついるの?」
ロージーも猫らしい大きな瞳が怪訝な色を映し、不機嫌を露わにする。クレールはエルフらしく静かにやり取りを見つめているが、その表情から困惑は明らかで、何をすべきか、どうするべきか考えあぐねているのがありありと伝わっていた。
「エルンスト、どうする? おまえは知っているのか?」
「シルバースライムなんて知るか! ボリス、てめえも少ない脳みそ使って少しは考えろ!」
「そうは言ってもさ、ボリスじゃないけど、どうすればいいのかさっぱりだよ。マジ、どうするのよ」
ロージーの言葉にエルンストは顎に手を置き、大きく嘆息する。ロージーの言葉がメンバーの総意である事はエルンストも十分理解していた。だが、エルンスト自身もシルバースライムなど見た事も聞いた事もなく、攻略の糸口の先端すら見えない。遠目には、頷き合う【クラウスファミリア】の姿が目に映り、視線を前に向ければ頭を抱えるメンバーが映る。
頷き合う? やつらから焦りが見えんな⋯⋯。
「エルンスト、時間がねえ、どうするよ?!」
「うるせえな、ちったぁ静かにしろ⋯⋯そういやぁボリス、おまえ地図を持ってるよな?」
エルンストは何か閃いたのか、その表情から曇りが消えた。
「ああ? 今さらか?」
「いいから、貸せ!」
首を傾げるボリスからエルンストは地図をひったくる。その中から一枚を取り出し、じっと見つめていった。
「おいおい、ヌシは地図覚えてねえのか? 物覚えのわりぃやつだな」
地図を必死に見つめるエルンストに、イルは怪訝な視線を向ける。
「ちげーよ。要はアイテムを先に届けりゃあいいんだろ⋯⋯」
そう言ってエルンストは、意味深な微笑みを浮かべた。その様子にメンバーは顔を見合せ、不審な表情を見せる。
「大丈夫か?」
「てめぇらが、何も考えねえから、代わりに考えてやったんだろうが。おまえら耳貸せ、オッタおまえもだ」
オッタは腕を組み、少し離れたところで壁にもたれていた。長い耳は頭と同じくしな垂れていたが、頭を起こすとゆっくりとエルンスト達の輪に加わった。
「ロージー、あいつらにも伝えて来い。そこら辺に溜まっているはずだ」
「面倒くさ」
「いいから行って来い!」
ロージーは大きな瞳をキョロキョロと動かし、薄汚い潜行者達の一団を見つけると、ダラダラと足を動かして行った。
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「こちらを渡しておきます」
そう言って白い腕章を付けているギルドの女性職員から渡されたのは、人数分の小さなポーチだった。ポーチの背には、ボタン留め出来る留め具が付いておりベルトなどに嵌められるように作られている。
小さいな。【シルバースライムの胚】は、ここに入る大きさって事か。
ギルドの職員が緊張感を持って準備にあたっている。慣れない作業のせいかギルドの職員達の動きはどこかぎこちなく慌てているように見え、決闘自体のレア度の高さをグリアムは痛感していた。
「ありがとうございます」
サーラは受け取ったこぶし大の小さなポーチをベルトに、パチンとボタンを嵌めると、グリアム達もそれに倣いしっかりと嵌めていった。
『両パーティーは、スタート位置に並んで下さい!』
拡声器から職員の声が届くと【クラウスファミリア】の表情は一気に厳しさを増す。やる気に満ちるその顔に遠目で手を振る青年の姿が映った。グリアム達がそれに気が付くと、青年は握りこぶしを作って見せる。
頑張って!
声に出さずともその想いは十分に伝わった。
ヴィヴィが、サーラが、まっすぐ前を見据え、ルカスは口元に笑みを湛え、スタート前の緊張感を楽しんでいるように見える。だが、グリアムだけはひとりフードの奥から【レプティルアンビション】を覗き、不穏な空気を感じ取っていた。
何だ、あの余裕⋯⋯。
アイテム発表直後のうろたえていた姿はすでに消えており、落ち着き払った姿が不気味に映る。
何か企んでいるのか?
『それでは、準備はよろしいですか? スタートです!!』
グリアムはふわっとした心持ちのままスタートとなってしまう。
両パーティーも焦って駆け出すような動きは見せず、しっかりと地面を踏みしめ進み始めた。
とりあえず距離は置いておくか。
一気に下を目指す【レプティルアンビション】を確認すると、グリアムはその逆方向へとパーティーを誘う。
「こっちだ」
煌々と輝く【アイヴァンミストル】の下、【クラウスファミリア】はレアモンスターを求め、力強く行軍を始めた。




