その条件が運ぶ混乱 Ⅲ
グリアムとルカスのふたりが出て行くと、今までの喧騒が嘘の様に、静寂が部屋を包んだ。
その静寂がサーラの動揺を後押しするのか、一向に落ち着かない姿を見せている。だが、そんなサーラとは違い、ヴィヴィとラウラは、落ち着き払った姿を見せていた。
「サーラ、少し落ち着きなよ」
「な、なんでヴィヴィさんも、ラウラさんも、そんなに落ち着いていられるんですか?」
「だってねえ⋯⋯ラウラ」
「だよね、ヴィヴィちゃん」
「「勝つのグリアム(さん)に決まってるから」」
ふたりは示し合わせたかの様に声を合わせた。
そんな自信満々の言葉にも、サーラの動揺は治まらない。
「グリアムさんが勝つか負けるかで、今後の動きが天と地くらい変わってくるんですよ」
「だから大丈夫だって。心配しすぎ」
ヴィヴィはサーラに肩に手を掛けると、自信満々に親指を立てて見せた。
■□
夕暮れが近くなり、ビキ家の居間に長い影を落とし始める。
バタンと乱暴な扉の音とともに、いつもと変わらないグリアムと不機嫌全開のルカスが帰還した。ふたりの姿から勝負の行方はすぐに分かる。
グリアムの勝利。
しかも、ルカスが子供の様に不貞腐れている姿から、グリアムの圧勝だったであろう事は容易に見て取れた。
「グリアムさん、お疲れ! こいつの鼻へし折ってやったんだね」
「いやいや、思ってた以上に速くてさ、気抜いたらやられるところだったよ」
「でも、やっぱり勝ったね」
「ギリだけどな」
グリアムはラウラに安堵の溜め息を漏らすと、疲労の蓄積した体を椅子に投げ出した。むくれたままのルカスは、そっぽを向いたまま視線すら合わせようとしない。
「ちょっと、あんた! いい加減⋯⋯」
ラウラがルカスに声を荒げるのをグリアムは静かに制止する。グリアムのその冷静な仕草に、ラウラの怒りは急速に萎んでいった。
「なぁ、ルカス。N級が、B級をぶち抜いて勝つってのはどうだ? なかなかいい感じだと思わねえか?」
『B級をぶち抜く』というグリアムの言葉に、ルカスはピクッと反応を示すとグリアムはさらに続ける。
「N級がB級を喰ったら、ヤバイよな。みんな度肝を抜かれるぜ、それこそ街中な。ルカス、おまえがそれを目にしたらどう思う? 悔しくないか? それくらい“オレでも出来る”って思わんか? だが、思ったところで、すでに二番煎じだよな。今、B級を喰える絶好のチャンスが目の前にあるんだぜ。おまえなら間違い無く喰える。そんで、世間がおまえに度肝を抜かれるんだ」
顎に手を置き口元に笑みを見せているグリアムに、ルカスは鋭い視線を向けた。険しい表情のまま、葛藤を続けているのが分かる。そんなルカスが必死に逡巡する姿を、グリアムは黙って見守った。
「だぁ! クソっ! おっさん、乗せるの上手いな。いいよ、やってやるよ。そもそも勝負に負けたら、手伝うって約束だしな。やるからには、ぜってぇ勝つ!」
「「おおー!」」
心強い味方を得たヴィヴィとサーラは、歓声を上げ、満面の笑みで手を取り合う。
それでも、圧倒的不利な状況がひっくり返った訳ではない。だが、ここに来て初めて明るい材料に出会え、気持ちはぐんと軽くなっていた。
「ルカス。あんた、しっかりやんなさいよ。下手打ったら承知しないからね」
「言われなくとも分かってるって、しっかりB級を喰らってやんよ」
ルカスから険しさは消え、その表情からやる気が伝わって来た。
そんなルカスに引っ張られ、ここ居合わせた者のやる気がムクムクと頭をもたげ、ヴィヴィやサーラの表情も自然に引き締まり、集中力が上がっていくのが分かった。
「ルカス、頼むぞ。エースのおまえの動きに掛かっている」
「うん? オレがエース?」
「一番、足があるんだ、当然だろ」
「あんたに負けたぜ」
そのルカスの言葉にグリアムはニヤリと口端だけ上げた。
「さっき、おまえが5階までの勝負を買った時点で、オレの勝ちは決まった様なもんだった。もしおまえが5階を断り、10階、15階までの勝負を申し出ていたら、結果は変わったかもしらんな」
「どういう事だ? 何で10階、15階ならオレが勝てたっていうのか?」
「単純にスタミナだよ。いつも鍛えてるおまえに敵う訳あるまい」
「スタミナかぁ! おっさん、体力なさそうだもんな」
「ああ、ねえな。それに勝負を挑めば、おまえは頭に血が上って簡単に頷くだろうと読んでいた。そこからすでに勝負は始まっていたんだよ。案の定、おまえは何も考えずに勝てると、勝負を買った。そしておまえは、思った通り最短距離で下を目指した」
「うん? 最短距離が何かマズイのか?」
怪訝な顔を向けるルカスに、グリアムは軽く肩をすくめて見せる。
「いや、マズくはない。だが、階層によっては最短距離が最短時間にならん事もある」
「どういう事?」
「いまいちピンと来ないか⋯⋯5階までって考えると、3、4階は最短距離で行くと道がぐねり過ぎてる。右に左に曲がる度に、どうしてもスピードは落ちちまう。だから、少し遠くても直線ぎみにガンガン行ける道を目指した方が、距離は多少伸びたとしても、時間は短くなるんだよ」
「そうなのか⋯⋯」
ルカスにとっては、目から鱗が落ちたと言わんばかりの驚きの表情を見せる。いつも最短で下を目指す事しか考えない、博戯走界隈での常識が覆されたのだろう。
「まぁ、効率良く進みたいってのは、シェルパも博戯走のやつらも同じだよな。ただ、マッピングに掛けている時間には雲泥の差がある。その差で今回は勝ったんだ」
グリアムとの勝負で思い当たる節があったのだろう。ルカスは、グリアムの言葉に静かに頷き納得の表情を見せた。
「なぁ、おっさん。他の階層でも同じ様な所はあるのか?」
「パッと思いつくのは、10階か⋯⋯でも、10階より下は罠もあるからな⋯⋯下へと繋がる回廊を複数選べる道が、案外正解かもしらんな」
「罠で回廊への道を閉ざされた時に、修正しやすい道か⋯⋯」
「そう言う事だ」
「⋯⋯なぁ、おっさん」
「あらたまって何だ?」
ルカスが神妙な面持ちで顔を上げた。
「他にもオレにいろいろ教えてくんねえか? もっと道を覚えたい」
「構わんよ。そんなものお安い御用だ」
ようやくルカスから笑みが零れ、少し緊張が解れたと感じる。だが、その横でサーラは集中を保ったまま、表情を強張らせていた。
「師匠、作戦はあるんですか?」
「そうだな⋯⋯ルカスと勝負して、あらためて感じたのは、力のゴリ押しでは、この勝負には勝てないだろうって事だ。逆に捉えると、こっちにも十分チャンスはある」
チャンスがあると言い切るグリアムの言葉に全員が顔を上げる。
「どう出るのですか?」
「ルカスが手伝ってくれるのがデカイ。ルカスの博戯走者としての知名度の高さを利用しない手はないよな。そんで⋯⋯」
グリアムはそう告げると、ルカスとの勝負にて思いついた手を説明していく。グリアムの言葉に、真剣な表情で一同は耳を傾けていった。
「勝つね」
ヴィヴィがニヤリと口端を上げると、ラウラも同じ様に口端を上げた。
「ウハ! それ当然」
「頑張りましょう!」
サーラからもグリアムの言葉に不安が払しょくされ、両拳を握り締めやる気に満ちた顔を見せ始めた。
「それとルカス、申し訳ないが、博戯走者の知り合いにひとつ仕事を頼めないか? 報酬はもちろん出す。速いやつがいいんだが⋯⋯」
「いいよ。金が出るなら手を上げそうなやつはいる。で、一体何をさせるんだ?」
「そいつはもちろん、ひとっ走りして貰うんだよ」
グリアムはそう言って剣呑な雰囲気を纏い、瞳をギラつかせていった。
■□■□
決闘当日。
やる気と緊張でヴィヴィとサーラの表情は強張りを見せ、勝負事に慣れているルカスはいつもと変わらず落ち着き払っていた。グリアムはフードを深く被り、口元をマスクでしっかりと覆い、表情はまったく見えない。そして、一番後ろを歩き目立たぬ様に気配を消していた。
堂々と胸を張り、ギルドに向かう【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、今は勝つ事だけを考えて、力強く地面を踏んでいく。
■□
ギルドでは、熱を帯び、興奮する者達で、異様な空気が漂っていた。30年以上行われていなかった決闘の開催に、物見遊山の者達は好き勝手な事を耳打ちしあう。
(B級がC級と喧嘩か?)
(駆けっこって聞いたぜ)
(C級がB級に勝負吹っ掛けたって話だぜ)
(そいつらバカじゃねえ?)
(しかもC級の助っ人は、N級だって話だ)
(は? 勝負にすらならねえじゃん。オレも緩衝地帯行って、賭けりゃぁ良かったな)
(ギルド主催だぜ、賭けられるのか?)
(15階のやつらが、やらない訳ねえじゃん。少しでも金になるならやるに決まってらぁ)
(N級の助っ人、博戯走のヤツらしいぜ)
(んじゃ、大穴狙うか? ヤツらの足はやべぇぞ)
(いやいや、いくらなんでもそれだけじゃあな)
ある事ない事。賞賛や嘲笑。
その熱はギルドに渦巻き、その渦が人を呑み込んでいく。
『これより、【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】及び、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の決闘を行います。双方、厳格なルールに基づき、品行方正な競技の遂行をお願い致します。それでは、これより、15階へと届けるアイテムを決定したいと思います。代表者は前へ!』
エルフの男は受付に設けられた足場から、声高に告げた。
厳しい表情を浮かべたサーラが一歩前へ出ると、舐め腐った嘲笑を浮かべるエルンストも、ダラダラと前に出た。
「では、いいですか。確認してください」
エルフの男がふたりに抽選箱の中を確認させ、箱を良く振って見せる。天板に空いた穴に無造作に手を突っ込み、一枚の紙を取り出した。
『それでは発表致します。今回、犬の対象となるアイテムは⋯⋯』
それに続く言葉をグリアムは深く被るフードの奥から、険しい視線を向けて待った。




