その条件が運ぶ混乱 Ⅱ
「えええっー! これって私、何も出来ないじゃん! 何でよもうっ!?」
「ど、どうしましょう? 今から急いでメンバー募集を掛けますか?」
サーラがミアとの話を説明している間も、ラウラは不貞腐れ、イヴァンは分かりやすく混乱を見せていた。グリアムはそんなふたりに冷静になれと声を掛ける。それはまるで、自身に向けた言葉にも聞こえた。
「B級に喧嘩売っているC級パーティーに入りたがるやつなんていねえよ。まぁ、ラウラ頼みにしていたオレ達も悪い。本来なら、自分達で何とかしろって話だ」
「ええーグリアムさん、それ違くない? こっちもダンジョンで喧嘩売られた感あるんだけど」
「まぁ、間接的にはそんな感じもあったが、直接的に喧嘩売られたのはあくまでこっちで、買ったのもこっちだ。こっちで何とかするしかあるまい」
「むぅ~」
まだ納得のいっていないラウラは両手を頬にあて、さらに不貞腐れて見せた。
「僕の足が動く様になれば、参戦出来ますよ」
「勝負は一週間後。それまでにおまえが飛び跳ねる様になるとは思えん。いいとこ杖無しで歩けるかどうかだろう」
「そうですか⋯⋯あ! フルーラさんに手伝って貰えないですか? 強うそうですし、どうですか?」
「あいつはB級だ」
「ぁぁ⋯⋯」
イヴァンは声にならない声を上げ、天井を仰いでしまう。
「先日、ダンジョンで助けて頂いた【ノイトラーレハマー(中立の鎚)】の方々⋯⋯もB級でしたね」
サーラはすぐに自分の言葉に眦を掻いて見せた。
「ねえ、ウチのカロルとアリーチェは? 当事者だし、いいんじゃない」
「そう言って貰えるのはありがたいが、腐っても、向こうはB級だ。A級のラウラには、なんてこたぁない相手だろうが、C級のふたりに何かあったらって考えると、おいそれと借りる事は出来んよ。」
「むぅ~」
八方塞がり状態のラウラは、また不貞腐れてしまった。
「そう膨れるなよ。あんただって、あのふたりに何かあればモヤっとするだろう?」
「そうだけどさ⋯⋯あ!」
パチン! とラウラの指が大きな音を鳴らし、満面の笑みを向ける。不貞腐れからのあまりの落差に、グリアムは思わず戸惑ってしまう。
「どうしたいきなり」
「打ってつけのやつがいたよ!」
「打ってつけ?」
「フフフ⋯⋯」
グリアムは自信たっぷりなラウラに、戸惑いを隠せないでいた。ラウラの言う人物がまったく思い当たらない。戸惑うグリアムを見つめ、ラウラは笑みをさらに深めた。
「で、だれなんだ? その打ってつけのやつって」
「ウチの弟」
「「「⋯⋯ぁあ~」」」
「?」
グリアムを筆頭にダンジョンでの姿を知っているヴィヴィやサーラは、心に引っ掛かりを覚えながらも納得し、イヴァンはひとり蚊帳の外で首を傾げていた。
■□■□
「⋯⋯フゥ~」
薄暗い部屋で眼前に吐き出された紫煙を、耳の長い男は鬱陶しいとばかりに手で払いのける。湿り気を帯びる空気は重く、取り囲む様に座る男女の値踏みをする鋭い視線が、耳の長い男に突き刺さっていた。
「まぁ、そう固くなるな。仲良くやろうや⋯⋯フゥ~」
エルンストは口元だけの笑みを向け、また紫煙を吐き出す。耳の長い男は、また煙を手で払いのけ、値踏みする視線をゆっくりと見渡していった。
「私、兎見たの初めて。本当に手足が長いのね」
「オレもあんたみたいな薄汚い猫を初めて見たよ」
「⋯⋯もういっぺん言ってみな!」
凄む猫の女に兎は嘲笑を向ける。
今にも飛び掛かりそうな猫の姿にエルンストは、溜め息をついて見せた。
「ったく⋯⋯ロージー! 止めろ。あんたも煽るな。それで、あんたの名は?」
「オッタ。オッタ・アンケットだ」
真っ直ぐ前を向き、険しい表情のままオッタは答える。
「そうか、オッタか。オッタ、オレ達は今、三下共から理不尽な勝負を挑まれている。何も無ければ、負ける訳はねえんだが、万が一ってやつにも備えておきたいんだよ。こんなくだらん勝負にパーティーの命運を賭けて来やがったんだぜ。イカれたヤツらだ⋯⋯ま、そういう訳であんたのスピードをオレ達は当てにしてる。宜しく頼むぞ」
「おまえらが約束を守るなら、言われたとおり15階にアイテムを届けてやる」
「そうかい! そう言ってくれると心強⋯⋯」
「ただし、約束を反故する事があれば、おまえらの喉を掻っ切ってやる」
オッタの表情ひとつ変えず淡々した語り口に、エルンストの笑みは引きつっていく。
「おいおい、おっかねえこと言うなよ。こちとら紳士だぜ、約束はちゃ~んと守るさ。なぁ! おまえら!」
言葉ひとつ発せず薄ら笑いを浮かべる【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】の構成員達に、オッタの表情は険しいままだった。
■□■□
「はぁ? 何言ってんだ、おまえ?」
「だから、グリアムさん達の手伝いをしろって言ってんだよ」
ラウラは険しい表情で、テーブル越しのルカスの眼前へと迫る。もう何度目かの同じやり取りに、望みは薄いなとグリアムとサーラは感じていた。
あの後すぐに、グリアム、ヴィヴィ、サーラの三人は、ビキ家へと招かれる。
ラウラに連れられ、中心街からそう遠くない集合住宅の一室に案内されると、何も聞かされていないルカスが居間でくつろいでいた。
最低限の物しかない殺風景な部屋。ラウラはここ最近はほとんど【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地で過ごしているので、ここに寄るのは久しぶりだと告げていた。突然訪れた良く知らない人間たちの姿に、警戒するのは至極当たり前の事で、ルカスの困惑と憤りは手に取るように理解出来た。
「だから⋯⋯」
ラウラのゴリ押しにルカスが首を縦に振る事はないだろう。ラウラの申出に感謝はすれど、望みは薄く、ラウラの熱は徒労に終わるだろうとだれもが感じていた。
人選としては悪くない。いや、むしろ頭を下げてでも願いたいところだ。N級ではあるが、実力的にはC級あるいはそれ以上の実力があるのは間違いない。
だが、この状況で首を縦に振る事はねえよな。知らんやつらがいきなり目の前現れて手伝えって言われても、オレだって首を縦に振らん。
「速さ勝負って言ったって、何でオレがやるんだよ? だからおまえはバカなんだよ」
「あんだって! こっちは頭下げてんだぞ!」
「下げてねえだろ! このバカねきが!」
「ストーップ! ストップ! 止めろ止めろ。喧嘩すんな」
テーブルの上で顔を突き合わす姉弟を、グリアムは引き離していった。サーラもヴィヴィも、何を言えばいいのか分からず、熱くなる姉弟を見つめる事しか出来ない。グリアムも、半ば諦め状態でふたりを落ち着かせていく。
まったくどうしたもんかね。
ルカスの興味があるものといえば、やはり速さか。ラウラもそれの一点張りだもんな。ルカスの中で火が点かんのだろうな。どうすればルカスの火が点く⋯⋯。
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着け。ウチらのせいでなんだかスマンな」
「ゴメンね。こいつが、首を縦に振ればいいだけなのに」
「だから何でオレが首を縦に振らなきゃならねえんだよ!」
「いいから振ればいいんだよ!」
「ストーップ! ふたりとも落ち着け。なぁ、ルカス。ひとつ勝負をしてみねえか?」
「勝負?」
喰いついた。
ルカスは勝負という言葉に強い反応を示すと、グリアムは口元に手を置いてほくそ笑む。
「オレと5階までの単純なスピード勝負だ。オレが勝ったら犬の助っ人に入って貰う⋯⋯」
「こっちが勝ったら」
「10万ルドラ払おう」
「乗った!」
ルカスは笑みを浮かべ即答した。
(し、師匠、大丈夫だとは思いますが、大丈夫ですか?)
サーラの、信用しているのかしていなのか分からない囁きに、グリアムは軽く口端を上げて答える。
(さあな)
「グリアム、勝て」
ヴィヴィはグリアムを真っ直ぐに見つめながら静かな激励を向けた。グリアムは答えの代わりに、軽く肩をすくめて見せた。
「ルカス、時間がもったいない。サッサと行こうか」
「おう! おっさんだからって手加減しねえからな。ちゃんと10万払えよ」
「ああ、もちろんだ。じゃ、ちと行って来るわ」
グリアムはそれだけ言い残し、フラっと買物にでも行くかの様に、ふたり揃って玄関を出て行ってしまった。




