その条件が煽る焦燥 Ⅳ
その言葉は、グリアムに困惑を生んだ。
情報が洩れた?
その言葉の真意をグリアムは図りかねていた。
「そいつはどういう意味だ? ある意味、果たし状を叩きつけたのはこっちだ。向こうがそれを知ったところで別に問題はあるまい」
グリアムの言葉を聞いてもミアの神妙な面持ちは変わらず、部屋に流れる重い空気は払拭されない。
「まず、流れをご説明しますね。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】から、依頼を受けた決闘を一度ギルドで預かります。ギルド内で預かった内容を一度精査して問題がないと判断されると、承認され正式に受託となり、相手側にその旨を伝えます」
「それに何の問題が?」
「ギルドが正式に承認したのが本日。【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】への通達は明日の予定でした」
ミアは改めてグリアムを真っ直ぐ見つめ直し、言葉を続ける。
「本日、【レプティルアンビション】から、新しい構成員の登録があったのですが、その方が稀少な人種、兎人だったのです」
「兎⋯⋯」
ミアの言いたかった事が理解出来てきた。
このタイミング、人類最速と言われている稀少種である兎人の加入は、速さ勝負でもある犬への牽制と取るのが妥当と考えられる。
だが、それは遅かれ早かれの話に過ぎない。準備期間の間に登録する事も可能だし、こちらの出した条件である助っ人として参戦させても良いはず。
ミアがそこまで懸念する事柄ではないと、グリアムは感じた。
「たまたま重なっただけならいいのですが、大きな問題は条件の提示です。条件の提示は不公平のないよう、互いの条件が出揃い、ギルドの承認を得たうえで初めて開示されます。もし、【クラウスファミリア】の条件が【レプティルアンビション】に洩れてしまっていたら⋯⋯」
「こっちの条件を否定する条件提示が可能になる」
グリアムは苦い顔で言い放つと、ミアは黙って強く頷いて見せた。
「仮に、向こうが助っ人禁止って言った場合はどうなるんだ?」
「基本的に条件に関しましては、ギルドが精査した上で決定します。どのような場合でも、極端に有利、不利が生まれないようにギルドが調整し、あまりに理不尽な条件は却下となります。ですので、今回に関しましては、C級とB級というランク差、構成員の数を考慮して、助っ人が禁止になる事はないかと思います」
「だったら、そんなに心配しなくとも、いいんじゃねえのか? 兎は確かに厄介だが、洩れたって決まったわけじゃあるまい。たまたまじゃねえのか?」
「私の思い過ごしならいいのですが⋯⋯こう言っては何ですが、【レプティルアンビション】に兎人の方が加入する事に違和感が拭えません」
ギルド員の立場からして、言い辛いのだろう。ミアは少しばかり躊躇しながら言葉を絞り出した。そこから透けて見えるミアの本心に『続けろ』と、グリアムは目で合図を送る。
「はい。兎人の方々は森との共存を謳い、街での生活をあまり好みません。決して好戦的ではなく、争いを望む方々でもありません。そして何より兎人としての矜恃を重んじます。そんな方があの【レプティルアンビション】に入るというのは、何かしっくりと来ないのが本音です」
「心意気のあるやつが、クズどもに手を貸すのが納得いかんと」
「⋯⋯はい」
グリアムのストレートな物言いに、ミアは少しだけ躊躇を見せたが、すぐに頷いた。
「とはいえ、兎人もいろんなやつがいるんだろ? 中にクズいのがいたっておかしくはねえさ」
「ですかね⋯⋯」
ミアの納得のいっていない姿に、グリアムは嘆息する。グリアム自身も自分の言葉に説得力があるとは思えない。それでも、面倒事を避けたいグリアムの想いは、思考を楽観的な方向へと傾けた。
「こっちは向こうの出方は分からねえし、条件はもう出しちまっている。向こうの条件がどうなるか待つしかねえよな」
「胸騒ぎが止まりませんね。兎人の登録なんて、あからさまに煽っているように感じてしまいます」
「なるようになるさ。助っ人がオーケーなら、ラウラに出張って貰う手筈は出来ている」
「ラウラ・ビキさんですか! それは心強い。動きがあり次第、またすぐにお知らせしますね」
「頼む」
そう言って互いに腰を上げた。立ち上がるグリアムの動きが一瞬止まる。
「あ! ミア。ひとつ確認したい事が⋯⋯」
グリアムは何か閃いたのか、扉に手を掛けたミアを呼び止めた。
「なんでしょうか?」
「犬の事で確認なんだが⋯⋯」
ミアはグリアムの言葉に、ゆっくりと頷いて見せた。
■□
グリアムの胸には、何かが引っ掛かっているような、スッキリとしない心持ちのまま数日が過ぎた。
グリアムの口から、みんなに具体的な話をしてはいない。今は必要無いとグリアムは判断しての事だった。
ミアと、犬について話した。
と、それだけ告げ、いらぬ不安を煽らぬ様に、それ以上の話はしなかった。だが、そんなグリアムの想いは、玄関からのノックが踏み躙ってしまう。
「早駆けです!」
「どうも」
グリアムは配達員に一礼して、すぐに差出人を確認する。予想通りの名に、封を開けず、みんなの待つ居間へ戻るとテーブルの上に封筒を投げ置いた。
「ギルドからだ」
これが決闘の準備が完了した報せであると、だれもがすぐに理解する。サーラは封筒を手に取り、丁寧に封を開けていった。
「決闘が正式に受理されました。その件で至急でお話があるみたいです」
「やっとだね!」
サーラは封書に目を通しながら、内容を読み上げる。ヴィヴィがやる気を見せる向かいで、グリアムの表情は曇っていった。
また至急か。
楽観的に捉える事はもはや難しく、グリアムは焦燥に駆られてしまう。
「ヴィヴィ、サーラ、ギルド行くぞ。イヴァン、おまえはテールと留守番だ」
「仕方ないですね。何かあったら教えて下さいね」
「分かってるよ、ほら、急いで行くぞ」
「は、はい」
「急だねぇ」
グリアムに急かされ、ヴィヴィとサーラは困惑を見せながら腰を上げていく。
■□■□
「これを見て下さい!」
ギルドに着くや否や、すぐにミアがいつもの小部屋へと誘った。いつもの冷静さを失っているミアの姿にグリアムはイヤな胸騒ぎを覚え、ヴィヴィとサーラは更に困惑を深めていく。
テーブルに置かれた封書を三人は覗き込む。その内容に三人は動揺を隠せずにいた。
「ミア! これってどういう事?!」
「です。何で⋯⋯」
「チッ!」
やられた。
ミアの悪い予感が当たるとは⋯⋯。
そこに書かれていたのは【レプティルアンビション】との決闘の詳細。そこにはもちろん、互いの条件が明記されていた。
「どこで洩れたのでしょう?」
ミアの悲壮感さえ漂う表情は、ギルドに非があった可能性を示唆している。
「とりあえず今は、それどころじゃねえ。こいつをどうするかだ」
そう言って、グリアムは目の前の封書を、パシっと叩いて見せた。




