その条件が煽る焦燥 Ⅲ
エルンストは封筒をひったくると乱暴に封を切った。面倒そうな手つきで封書を開き、目を通す。封書を覗く表情から眠気は消えていき、見つめる目はどんどんと鋭くなっていく。
「おい、エルンスト、何が書いてあるんだ」
「読んでみろ、ボリス」
エルンストは、頭をボリボリと掻きながら、ボリスへ封書を差し出す。視線はボリスを見る事なく、真っ直ぐ前を見据え、エルンストは書かれている内容について精査していた。
「【クラウスファミリア(クラウスの家族)】って、この間の⋯⋯」
「【忌み子】のところだ。C級ごときが、はしゃぎやがって」
「この犬ってのは何だ?」
「知るかっ! 舐めているのは間違いねえ」
「どうすんだよ?」
「どうするもこうするもあるか、向こうから勝負を挑んで来たんだ、堂々と潰せる。そうすりゃあ、あっちに、恩が売れるんじゃねえのか」
「この『条件』ってのは何だ?」
「おまえは少しくらい自分で考えろや、貸せ!」
エルンストはボリスから封書をひったくり、もう一度読み返していく。
「⋯⋯なるほど。こいつはなかなか面白れぇ。ボリス! 全員集めろ」
「今からか?」
「どうせ寝てるだけだ、叩き起こせ」
「チッ、面倒くせぇな」
「つべこべ言わずサッサと行けや!」
肩をすくめながらイヤイヤ出て行くボリスの後ろ姿を眺めながら、エルンストはもう一度封書に目を通していった。
そして何か思いついたのか、ひとり口端を醜く上げる。
「おい! てめえら! 早くしろ」
ダラダラとだれもが気怠い足取りで、集まるとエルンストは醜い笑みをさらに深めた。
「ヤツらを潰すぞ」
「ヤツら? だれ?」
壮年の猫女が、だらしなく椅子に体を預けながらやる気のない声を上げる。
起き抜けの長い黒髪はぼさぼさとだらしなく跳ね、猫人らしい大きな瞳は、今にも眠気に負けて閉じてしまいそうだった。
「ロージー、しゃっきっとしろ。この間の【忌み子】だ。ご丁寧にギルドを通じて、勝負を挑んで来やがった」
「ふーん」
「勝負って何だ? ボコせばいいんか?」
興味のなさげなロージーの横で、ドワーフの女も興味なさそうにテーブルに頬杖を突く。
筋肉質な太い腕はいかにもパワーを秘めているようで、ロージー同様寝起きの赤茶の髪はあらゆる方向に跳ねていた。
「イル、てめぇの苦手な速さ勝負だ」
「つまらん。寝る」
「まぁ、待て。ボコれないとは言ってねえだろう」
「うん?」
寝起きで頭の回っていないイルの前に届いた封書を投げると、後ろに立っていた顔色の悪いエルフの男が、イルより先に手を伸ばす。青く長い髪が顔の半分以上覆い、表情は見えづらいが、他の者と同様に不機嫌なのは、乱暴に封書をひったくる所作から伝わった。
「おい! クレール! オレが先だ」
「ドワーフが読んだって、どうせ理解出来ない。私が読んで、噛み砕いて説明してやるよ。おまえの頭でも分かるようにな」
「何だと!?」
「止めろ! クレール、いいからサッサと読め」
エルンストがふたりを咎めると、クレールは、勝ち誇る薄い笑みをイルに向け、そのまま封書に目を通していく。イルは駄々っ子のように、腕を組んでそっぽを向くと、興味は急速に萎えていった。
「ハハ、ダンジョンでは潰し損なったが、ギルドのお墨付きで潰せるとはな。エルンスト、この話、受けるのだろ?」
「あったりめぇだ。向こうからわざわざ潰して下さいって言って来てんだ、断る理由はねえ。ただ、ボコして終わるって話でもねえ。速さ勝負ってところも、キチンと押さえておかねぇと」
「何か手があるって感じだな」
「⋯⋯ああ。おまえら、ひと仕事だ」
エルンストの言葉に部屋の雰囲気は一変し、淀んだ空気の中、黒い士気が渦巻いていった。
■□■□
グリアム達がギルドを訪れてから三日後、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地と化しているグリアム宅は、嵐の前の静けさを想起させる穏やかな日常が流れていた。
穏やかな時間の流れに身を任せているグリアム、ヴィヴィ、サーラの三人は、ゆったりとした心持ちで、カップから立ち上る湯気を見つめていた。
「ただいま戻りました! いろいろとご迷惑をお掛けしましたー!」
唐突に玄関口から大きな声が届き、その聞きなれた声にヴィヴィとサーラは居間から駆け出し、グリアムはゆっくりと腰を上げる。玄関口で杖を突いた姿で佇むイヴァン・クラウスに、グリアムは盛大に顔をしかめた。
「うるせぇ! 玄関ででけぇ声だすな」
「イヴァン、お帰り」
「お帰りなさい、リーダー」
グリアムとは裏腹に、ヴィヴィとサーラはイヴァンの帰還を笑顔で迎える。その笑顔にようやくイヴァンの緊張は解け、以前と変わらない微笑みをイヴァンは見せた。
「ただいま」
「調子はどう?」
「いいよ。あとはこれさえ取れてくれればね」
そう言ってイヴァンは突いている杖を、ヴィヴィに軽く振って見せる。
居間に着いてもヴィヴィとサーラの質問攻めは止まらず、入院時の状況や体調など矢継ぎ早に質問していた。
だが、流れていた穏やかな時間は、コンコンと玄関を叩く静かな音が堰き止めてしまう。話が盛り上がっている三人を制し、グリアムは再び重い腰を上げた。
「こんちわ! 早駆けです!」
「⋯⋯どうも」
早駆け? だれだ?
手渡され封筒の差出人を確認すると、それはギルドからだった。心当たりのない便りに、グリアムは訝しげに手にした封筒を見つめた。
犬の手続きが終了した? 早過ぎないか?
居間に戻りながら封筒を破り、封書を取り出すと、居間に向いていた足が一瞬止まる。
封書を見つめるグリアムの表情はあからさまに硬くなり、文面を何度も読み返していった。
ギルドからの呼び出し? このタイミングで? 何でだ?
困惑を一度自身の中へと押し込み、居間へと向かう。グリアムは、盛り上がっている三人の前に封書を投げ置いた。
「歓談中、すまんな。そいつが届いた」
「うん? 何これ?」
ヴィヴィがテーブルの上に封書を広げると、サーラとイヴァンもそれを覗く。
「オレはちょっとミアのところに行って来る」
「ミアさんから招集ですか。手続きが終わったのでしょうか?」
「だとしたら、ちょっと早過ぎる⋯⋯おまえらは待ってろ」
吐き捨てるようにそれだけ言い残し、グリアムはひとり、ギルドへと急いだ。
■□■□
ギルドの受付から少し離れた位置にあるベンチに腰を下ろし、グリアムはギルドを行き交う潜行者達を眺め、逸る気持ちを心の奥へと押し込んでいた。
シェルパがいったい何をしているんだろう。
グリアムは我ながらそう思い、笑顔の潜行者、不満を露わに悔しがる潜行者達を見つめている。
一攫千金、名誉欲に命を懸ける理由なんてあるのか?
グリアムには分からなくなっていた。
くだらないと心の中で吐き捨てるくせに未だに潜っている。
自分はここにいる人間と何が違う?
そんな答えの出ない自問を繰り返していた。
「グリアムさん!」
顔を上げるとミアが手招きしていた。軽くひとつ頷き、ミアの指す、いつもの小部屋へと足を向ける。扉を閉めたミアの表情から、商業的な微笑みは消え、剣呑な雰囲気でテーブルに着いた。
「【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】に、情報が洩れているかも知れません」
その言葉はグリアムの表情を硬くさせるのに十分だった。




