その条件が煽る焦燥 Ⅰ
「【クラウスファミリア】で、パーティー同士の勝負をする事にした。スマンな、リーダーであるおまえがいないところでこんな話になって。実はな⋯⋯」
「いいですよ」
「え?」
「だから、いいですよ。勝負しなきゃならない理由があるのでしょ? だったら首を縦に振らない理由なんてないですよ」
グリアムの言葉を遮り、柔和な笑みを向けるイヴァンの姿からは何の迷いも感じない。むしろ迷っていたのはグリアムの方かも知れないと感じてしまう。感情のままに動いた、勝手な行いが正しい事なのか、少しばかり迷いがあったのは事実だが。
イヴァンはそんなグリアムに言葉を続ける。迷いの生まれたグリアムの気持ちを汲んで、イヴァンは笑みを深めて見せた。
「何があったのかは、あとで教えて欲しいけど、ヴィヴィやサーラも一緒に来たって事は、グリアムさんに賛成なのでしょう?」
ヴィヴィとサーラは視線を交わし合い、コクリと大きく頷く。そこにはふたりの強い意志が垣間見えた。
「ラウラ達と潜行してた時に、すっごいイヤなパーティーのエルフが魔法をこっちに撃って来て、サーラが大怪我しちゃったんだよ。グリアムとラウラがめちゃめちゃ怒ったんだけど、そのエルフってばヘラヘラしててさ⋯⋯あ、思い出したらまた腹立ってきた。だから、倍返しじゃ済まないくらい、けっちょんけっちょんにしてやるんだ!」
頭に血が上って鼻息荒くなるヴィヴィに、イヴァンの表情も曇っていく。仲間が大怪我させられたという事実は、イヴァンにとっても許せない事だった。
「サーラが大怪我させられたの! 大丈夫?」
「おかげさまで、見ての通り今はピンピンしてます!」
「そっか⋯⋯良かった。それで、その人達に何か勝負を挑むという事になったのですね」
元気なサーラの姿に安堵を見せながらも、イヴァンもまた、静かな怒りが表情から見て取れた。
「ああ」
「グリアムさん、僕からも宜しくお願いします」
「分かった。【クラウスファミリア】を賭けるぞ」
真剣な眼差しのイヴァンに、グリアムも神妙な表情で答えた。ヴィヴィもサーラも、ふたりの静かな熱に圧され、表情を硬くしていく。そんな雰囲気にイヴァンは、フッと力のない笑みを見せた。
「大丈夫です。ヴィヴィとサーラ、それにグリアムさんもいるんです、何の心配もないです。入院の経緯をここの従業員に話すとみんなビックリするんですよ。18階で行方不明になってからの帰還を、『偉業』なんて言う人もいて⋯⋯。そんな凄い事をやり遂げたみんなならきっと余裕ですよ。それで勝負って何をするのですか? 喧嘩みたいな感じですか?」
「いや、相手はクズとは言えB級だ。殴り合いだとキツイ。ギルドを通して正式にスピード勝負を挑む。15階の緩衝地帯に、先に指定のアイテムを届けた方の勝ちだ」
「そんなのがあるのですね」
「ああ、もう何十年も行われていないがな。その勝負に条件をふたつまで出せる。勝負に関する事でもいいし、勝った時の条件でもいい。そいつを上手く使って、勝ちにいく。借りはきっちり返さねえとな。向こうの面子で速そうなのは猫くらいしかいねえんだ、この勝負は貰うぞ」
「おお! なんだか行ける気しかしないですね」
不敵に口端を上げるグリアムに、イヴァンの表情は明るくなった。
「それでふたつの条件って、何ですか?」
「ラウラとも少し話をしたんだが、それはな⋯⋯」
グリアムは少しもったいつけるかのように、その条件をイヴァンに話していった。
■□■□
ダンジョン帰りの潜行者達を掻き分け、グリアムはミアのいる受付へ身を乗り出した。
イヴァンと別れるとその足で、ミアのいる受付へとグリアム達は足を運んだ。グリアムは【忌み子】に対する冷たい視線より、ギルド内を行き交う潜行者達の耳を気にして、ミアにそっと顔を寄せた。
(この間使った部屋で話したい事がある)
「承知いたしました。では、あちらにお願い致します」
ミアは受付らしくニッコリと微笑みながら、あくまで事務的に返事をすると、先日も使った簡素な部屋へグリアム達を案内した。
「どうかされました?」
ミアは部屋に入るなり扉を閉めると、座るより先にグリアムへ声を掛けた。いつもは冷静沈着なはずのミアには珍しく、逸る気持ちを隠せずにいる。グリアムの言葉や表情から、何か動きがあったのは容易に想像がついたのだろう。グリアムはそんなミアに対し、慌てるなとばかり、ゆっくりと腰を下ろしていった。
「【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】が、【ライアークルーク(賢い噓つき)】とつながっているのを、ラウラが嗅ぎつけた。ま、簡単に言うとだ、【ライアークルーク】の小銭稼ぎの為にヤツらはつながっている。【ライアークルーク】は飴をぶらさげて、【レプティルアンビション】に下層で昇級のドロップを漁らせていたんだ。C級のクエ(スト)をこなせれば、そこそこ稼げるからな。小銭稼ぎには持ってこいだ」
ミアはグリアムの駆け足の説明から、真意を読み取ろうと必死に考え込んでいた。サーラは、そんな二人のやり取りを真剣な眼差しで見守っていたのだが、困惑しているミアの姿に仕方ないとばかりに口を開く。
「師匠は少し言葉が足りないですよ。【ライアークルーク】は、最深層への潜行に向けて、人員の増強を図っています。手っ取り早く構成員を昇級させる為に、なりふり構わず下層を荒らしているのです」
「なるほど」
ミアの納得する姿に、サーラは勝ち誇ったかのようフフンとグリアムに鼻を鳴らす。グリアムが顔をそむけると、サーラはさらに笑みを深めて見せた。
「ま、それでだ。ヤツらに勝負を挑む。ミア、【レプティルアンビション】に犬を申し込みたい。手配を頼むぞ」
グリアムが気を取り直してから告げた言葉に、ミアは驚きを隠せない。知識として認識はしているが、受付として初めての事で戸惑いは隠せないでいた。
「え? 犬ですか?! あの?」
「そうだ」
驚くミアに、三人は揃って力強く頷く。そこから感じる強い意志に、ミアは頷くしかなかった。
「そうですか⋯⋯分かりました。【レプティルアンビション】との犬、承ります」
ミアはテーブルの上で手を組み、丁寧に一礼して見せる。ミアが顔を上げると、ヴィヴィは少し複雑な表情を見せた。
「ヴィヴィさん、どうしました?」
「ねえ、ミア。犬って何? グリアムに聞いても良く分かんないんだよね」
「フフ、なるほど。では、簡単にご説明しますね。犬は、パーティー同士のトラブルを解決する最終手段のひとつだと思って下さい。ギルドが管理する衆人環視の元、指定されたアイテムを15階の緩衝地帯へ先に届けたパーティーが勝利となります」
「なるほど。グリアムより分かりやすい」
「恐れ入ります。相手パーティーへの直接的な攻撃は禁止です。但し、私の口からは申し上げ辛いのですが、道中を100%監視するのは不可能です。くれぐれも御注意下さい。としか言えません」
神妙な面持ちのミアにヴィヴィは口端を上げ、悪い笑みを見せる。
「⋯⋯ほほう。てことは、あのエルフを、見えないとこなら⋯⋯」
「こらこら。そういう事は、思っても口にするな」
グリアムの言葉にヴィヴィは軽く膨れて見せる。
「む?」
「やるなら黙ってやれ」
ニヤリとグリアムも口端を上げると、ヴィヴィとふたり悪い笑みを深めあった。
「ダメです! おふたりともダメですからね」
ミアが激しく首を振ると、グリアムは口端を上げたまま肩をすくめる。
「正当防衛なら仕方ねえよな」
「グリアムさん!」
キッときつく睨むミアに肩をすくめて答えるグリアムの仕草は、分かったのか、分かっていないのか、どちらとも取れるように見えた。




