その恩返しはリーダーのいない時に Ⅻ
「【レプティルアンビション】には、ここ最近、特にD級パーティーからの苦情が、多く寄せられています」
ミアは毅然とした態度で、静かに怒りを伝える。そして、ギルドの職員という立場上、感情を露わに出来ないもどかしさは、グリアム達にも伝わった。
「D級か⋯⋯N級はないのか?」
「無くは無いのですが、N級の方々は、まだダンジョン内での暗黙のルールというものを、良く理解出来ていないのかも知れません」
「獲物を横取りされても、そういうものだと思っちまう」
「はい」
話を聞いていたサーラがおずおずと手を上げる。
「あのう、ギルドからその【レプティルアンビション】に、何かしらのペナルティーを与えられないのでしょうか?」
ミアはその言葉に苦笑いを返した。そこにもどかしさがあるのは、サーラにも分かったうえでの言葉だった。
「サーラさんの言葉はごもっともなのですが、ギルドとしては完全にクロと証明出来ない限り何も出来ないの。怪しきは罰せず。昔は厳しく取り締まりをしていたのですが、それを逆手に取って、反目するパーティーをギルドに潰させる事例が多発してしまい、方針転換を余儀なくされたのです。ですので今は、パーティー同士のいざこざにあまり介入しなくなっちゃったのよ」
「そうなのですね」
過去の経験を踏まえた上で、ギルドは公平を売りにする方向に舵を切った。そうした事により、ギルドは潜行者達に対して力を保っている。そして今度はそれを逆手に取って、やりたい放題のパーティーが出現した。この現状がギルドにとって、頭痛のタネになっているのは、ミアの口ぶりから十二分に伝わってくる。
「ギルドとしても頭が痛えところだよな」
「グリアムさんのおっしゃる通りです」
「とりあえずさ、早いとこ、ケッチョンケッチョンにしようよ。みんなに迷惑掛けてるんでしょ?」
「そう焦るな。サーラ以外にも怪我人は出ているのか?」
「はい、数人ほど出ております。ただ、証拠がないので、ギルドしては動きようがないのです」
「現行犯で押さえんとか⋯⋯。ギルドが広いダンジョンで、ピンポイントで悪さをしているところを押さえるのは、まぁ無理だよな」
「⋯⋯ラウラにお願いするのは?」
少しばかり言い淀むヴィヴィから、近頃ラウラばかりに負担を掛けている負い目が窺えた。
「言えば動く可能性はある。だが、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】が動くのはどうかな。もしこの問題を【ノーヴァアザリア】が片付けちまったら、いちパーティーが、ギルドより影響力を持っちまう可能性が出てくる。そいつは如何なものか」
「師匠、それってどういう事ですか?」
「ギルドが対処出来なかったものを、いちパーティーが片付けたとしたら、潜行者のやつらはどう思う? ギルドはだらしねえなぁって、思わないか?」
「あくまでもパーティーを管理するのは、ギルドでなくてはいけないと」
「ああ。【ノーヴァアザリア】云々って話は、少し飛躍し過ぎたかも知れんがな。パーティーを管理する為にギルドは生まれたんだ、パーティーが勝手し始めたらダンジョンはただの無法地帯になっちまう。【ノーヴァアザリア】にしたって、一番デカイパーティーってだけで、ひたすら下に潜りたいだけでやっているはずだ。ギルドのやるべき仕事を押し付けるべきじゃない」
そう言って、グリアムは難しい顔のまま、背もたれに体を預けた。
「いくら大きくとも本質は私達と変わらない⋯⋯でも、ラウラさん個人にお願いは出来ませんか? 全員がB級のパーティーに私達だけで対峙するのは、正直厳しいと思うのですが」
「まあな。本人もはらわた煮えくりかえっているみたいだし、声を掛ければ手伝ってはくれるだろう。にしても、まずはどうやって潰すかだ。それにまだ気になる事もある」
「師匠、気になる事とは?」
グリアムの言葉に、サーラだけではなくミアも首を傾げた。
「グリアムさん、気になる事とは何でしょう?」
「【レプティルアンビション】のヤツら、【ノーヴァアザリア】の紋章を見ても全く怯んでいなかった。悪さをしている中堅パーティーが、あの女神の紋章を見ても怯まなかったんだ。ヤツらは怯むどころか、開き直って見せたんだぜ。それが、どうにも引っ掛かる」
グリアムの言葉に、ミアは顎に手を置き逡巡する姿を見せる。
「裏にだれかいるって事ですか? もう少し調べます?」
「頼めるか? ただ、ギルドはあくまで表向きだからな、裏に精通しているヤツ⋯⋯仕方ない、またラウラに頼むか。おおよその目処はついているしな」
「そうなのですか? では、そちら側はお願いします。こちらは表から調べますね」
「ああ。ミアは正攻法で調べてくれ」
「分かりました」
「オレ達は【ノーヴァアザリア】の本拠地に行ってみるか。この間のドロップ精算分もあるしな」
グリアム達はミアと別れ、街の中央部から少し離れたところにある【ノーヴァアザリア】の本拠地を目指した。
■□■□
巨大な鉄製の門と強固な壁が、侵入を拒んでいる。レンガ造りの高い壁はどこまで続いているのか分からないほど、遠くまで続いていた。
中心部から少し離れた森の中に忽然と現れる【ノーヴァアザリア】の本拠地。その大きさは想像を超えており、三人は揃って素直な驚きを見せた。
「なにこれ? これがラウラの家?」
「家ってわけではないかと。本拠地って言ってましたから、中にたくさんの人がきっといますよ」
「ウチで言うグリアムん家みたいなこと?」
「ですです」
「違い過ぎない⋯⋯?」
グリアム達が門前へ辿り着くと、屈強な門番がふたり、入り口に蓋をして中への侵入を拒んでいる。
ヴィヴィとサーラは壁の巨大さに口をポカンと開けながら門を見上げ、眼前ではふたりの門番が怪訝な視線を三人とテールに向けていた。
「すまんが、ラウラに会いたいんだが⋯⋯」
「はあ? おまえらが? ラウラさんに?」
屈強な門番は一歩前に出ると、グリアムを下から上へと舐るような視線を向けた。門番の表情は曇り、怪訝な瞳はさらに険しくなっていく。
「ねえねえ、ラウラいないの?」
「だれだおまえ、馴れ馴れしい」
「はぁ?! 友達だけどなに?」
不躾な態度を見せる門番の眼前に、ヴィヴィは険しい顔で迫ると、両者の睨み合いが始まった。
「止めろヴィヴィ。ラウラに、【クラウスファミリア】が面会に来たと伝えて貰えんか。それだけで構わない。頼むよ」
門番は耳打ちし合うと、面倒臭そうにひとりが奥へと消えて行った。ひとりになっても門番の厳しい視線は変わらず、ずっとグリアム達に睨みを利かせている。
(何か怖いですね)
(仕方ねえさ。名の通ったパーティーだと、面倒なやつらが絡んで来たりとかもあるんだろう)
グリアムとサーラが耳打ちしていると、奥からブンブンと大きく手を振って来る人影が見えて来た。
「おーい! グリアムさーん! ヴィヴィちゃーん! サーラちゃーん!」
「あ! ラウラだ! おーい!」
その姿にヴィヴィは、ピョンピョンと跳ねながら手を大きく振りながら応える。門番もラウラの姿に緊張が解け、ゆっくりと巨大な門扉を開いてくれた。
「お待たせしちゃったかな」
「いや、全然」
満面の笑みを浮かべるラウラが、中へと招き入れる。中に入ると、想像をさらに超えた広がりを見せる敷地に、グリアム達は目を見開いて驚きを隠せないでいた。
「でかっ⋯⋯」
「広いですね」
「ウチの本拠地とは、えらい違いだね」
「ウチと比べるな」
「ウハハハ、その分人も多いからねぇ」
「今何人くらいいるんだ?」
「ちょっと増えたから、60人くらいかな? もう少しいるかも」
「凄いですね」
「ウチとは、えらい違いだ」
サーラの感嘆に、ヴィヴィは大仰に頷いた。
「そんなもん比べてどうする」
門から続く小路は、左右に木々が生い茂り、そこを抜けるといくつもの建物が現れた。
集合住宅と言えるほどの大きな建物が三棟。他にも小さな、と言っても普通の平家ほどはある小屋がいくつも建っている。どの建物も清潔感の溢れる白い壁に青い屋根で統一されており、自然豊かな土地も相まって、清楚な雰囲気が漂っていた。
「素敵ですね」
「綺麗だよね、ウチとは⋯⋯」
「ヴィヴィ、もう言うな」
「アハ。ま、リーダーの趣味よ。初期メン(バー)は、みんなこの辺無頓着だからねぇ。任せたら、こうなってた。こっちへどうぞ」
ラウラはそう言って、中心に建っている一番大きな建物へ、グリアム達を誘っていった。




