その恩返しはリーダーのいない時に Ⅹ
グリアムはラウラに別れを告げると、再び受付へと舞い戻った。
グリアムは、剣呑な雰囲気を纏い受付へ身を乗り出すと静かに指を動かし、ミアを呼び出す。その仕草にミアはすぐに気付き、いつもの柔和な表情でグリアムに対峙していった。
「どうかされました? サーラさんなら、ちゃんと治療始めてますよ」
「なぁ、気味の悪い蛙の紋章のパーティーは知っているか?」
グリアムはミアの言葉を遮るように、言い放つ。その言葉から感じる不穏で冷たい空気にミアの表情は一変し、険しいものへと変化した。ミアの中で、火傷を負ったサーラの姿と、グリアムの冷たい表情が重なっていく。
「もしかして、サーラさんの⋯⋯」
今度はミアの言葉にグリアムは眉間に皺を寄せた。
「もしかして?」
「多分ですが、その紋章の特徴から【レプティルアンビション(爬虫類の野心)】だと思われます」
「爬虫類の野心? ふざけた名前だな。そこのリーダーは、エルンストって野郎か?」
ミアは黙って頷く。その頷きにグリアムは続けた。
「そうか。そんな顔ですぐに頷くってことは、こんな話は初めてじゃねえってことだ」
「仰る通りです。ここ最近、上層や下層の上の方で、クラスの低いパーティーからの苦情が、多数ギルドに届いています」
「なるほどね⋯⋯」
上層や下層、ダンジョンの上の方を荒らす意味なんてあるのか?
C、B級のクエストをこなす方が、よほど金になる。
ただのいやがらせ? にしてもだよな。
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の紋章を見て、まったく怯まなかったのも引っ掛かる。大規模なパーティーなのか?
「グリアムさん?」
考え込むグリアムをミアが覗き込むと、グリアムは少し慌てた素振りを見せ我に返る。
「その【レプティルアンビション】ってクソパーティーは、デカイのか?」
「そこまでじゃないかと⋯⋯調べます?」
ミアは妖艶な笑みをグリアムに向ける。グリアムは肩をすくめ、受付の向こうに座るミアへと顔を寄せた。
「ギルドはパーティーに公平じゃないのか?」
「私の担当パーティーにお痛をしたのですから、公平にしないといけませんよね」
「公平ね⋯⋯。ミア、頼めるか」
「少しだけ時間を下さい」
グリアムはミアと頷き合い、受付を後にした。
「グリアム、長いよ。それで、ミアと何を話していたの?」
テールと一緒にベンチで長々と待たされ、ヴィヴィは少し膨れて見せる。
「アイツらの事を教えて貰ってたんだよ」
「アイツら? あ! アイツらか! いいよ、いつでもサーラの仇を取るよ」
ヴィヴィはそう言って右手を前にかざして見せた。
「まぁ、そう慌てるな。どうせなら、ぐうの音も出ねえほど凹ませたいだろ」
「確かに!」
ふたりは揃ってニヤァっと不敵な笑みを見せ合った。
とはいえ、どうすりゃいいものかね。
ヴィヴィとふたり、帰路につきながらグリアムは次の一手に試案を巡らせていた。
■□■□
数日後。すっかり傷の癒えたサーラが、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地と化している、グリアム宅に元気な顔を見せていた。
「サーラの傷、すっかり綺麗になって良かったね」
「ご心配をお掛けしました。癒しって凄いです。改めて感じました。そうだ、グリアムさーん! ラウラさん達にご迷惑掛けたこと、謝罪に伺ったほうがいいですよね?」
奥でメンテナンス作業しているグリアムに声を掛けると、ウエスで手を拭いながら、ふたりのいる居間へと現れた。
「いや、いいんじゃねえ。あれはサーラがやらかした訳じゃねえし、無事にC級の昇級は出来たんだ」
椅子に腰掛けひと息つくグリアムに、ヴィヴィはキョトンと困惑の表情を見せた。
「上がってないよ」
ヴィヴィは胸元からタグを引き出し、じっと見つめる。
居間に流れる一瞬の沈黙。
「あぁっ!! バタバタしてて、忘れちまってた!」
「グリアム、しっかりしてね」
「ぁ⋯⋯はい、すいません」
渋い顔を見せるヴィヴィにグリアムが平謝りする姿に、サーラはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「師匠ってば、うっかりさんですね」
「⋯⋯くっ」
ここぞとばかりにマウントを取るサーラに、グリアムはぐうの音も出ない。グリアムは悶々としながら、乱暴に目の前のカフェルを飲み干した。
「あとでコイツを持って、ミアのところへ行って来い!」
グリアムはそう言って、【アルミラージの一角】と【グールの歯】をテーブルの上に乱暴に投げ置いた。
「まったくもう。もっと丁寧に扱わなきゃダメでしょう」
(師匠って、子供っぽいところありますよね)
やれやれとばかりに肩をすくめるヴィヴィの耳元へ、サーラはグリアムに聞こえるように囁いて見せた。聞こえないフリをするグリアムに、ふたりは揃って、ニヤリと口端を上げる。
「チッ⋯⋯」
「で、グリアム。アイツらどうするの? けちょんけちょんにするんでしょう? 早くしようよ」
ヴィヴィは不貞腐れるグリアムの矛先を変えるべく、あの不遜なパーティーへと話題をすり替える。その言葉にグリアムだけではなく、サーラの表情も引き締まった。
「ぶっちゃけ、どうすりゃいいのか考えあぐねている。今、ミアにあいつらの事を探って貰っているんだよ。どれ、オレもおまえらに付き合うか」
「よーし! ギルドへゴーしよう」
「行きましょう」
ヴィヴィが勢いよく立ち上がると、グリアムとサーラもそれに続いた。
■□■□
ヴィヴィのタグに続いて、優しくかざすミアの手がサーラのタグを撫でていく。緑光に包まれるタグを、ヴィヴィとサーラは微笑みながら見つめていた。
「C級への昇級おめでとうございます、サーラ・アム」
「ありがとうございます!」
ヴィヴィとサーラがタグを愛でていると、グリアムは受付へ身を乗り出した。
「ミア、あの話はどうなっている?」
周りを気遣いながら、グリアムはミアへ顔を寄せていく。ミアも少しばかり、周りを気にしながら、微笑んで見せた。
「ここでは何ですので、あちらへ⋯⋯」
ミアは胸元で、廊下に並ぶ扉を小さく指差すとすぐに立ち上がった。グリアムもすぐに立ち上がると、ヴィヴィとサーラも慌ててそれに続く。
廊下にはいくつもの扉が並んでいた。扉には表札がついており、会議室だけではなく、表札を覗くと、倉庫や資料室として使われているのが分かった。もしかしたら貴重な記録などが、ここに保管されているのかも知れない。
ミアは指差していた扉を開け、グリアム達を中へと誘う。簡素なテーブルセットしかない殺風景な狭い空間に、グリアム達は通された。
「お疲れ様です。みなさん適当にお座り下さい」
ミアが扉を静かに閉めると、外の喧騒は遮られ、部屋の中は静まり返る。
「で、どうだった?」
椅子に座るや否や、グリアムは鋭い視線をミアに向けた。
「せっかちさんですね。おふたりは【レプティルアンビション】について、何か聞いていますか?」
ミアがヴィヴィとサーラに視線を向けると、ふたりは揃って首を横に振って見せた。ミアはひとつ微笑み、言葉を続ける。
「【レプティルアンビション】は15名程の中規模のパーティーです。主要メンバーは、リーダーであるエルンスト・ブルッフを中心とした、5名のB級からなっています。2名のヒューマン、ドワーフの女性と猫人の女性、そしてエルフ。比較的バランスの取れたパーティーになっています」
「な~にが、バランス取れたパーティーよ! みんな許せないけど、特にサーラを怪我させたエルフ! アイツだけは絶対に許さないんだから!」
「ヴィヴィ、落ち着け。ミアが調べてくれたんだ、しっかり聞いておけ」
鼻息荒くなるヴィヴィをなだめながら、グリアムはミアに話を続けるよう促した。




