その恩返しはリーダーのいない時に Ⅷ
ゴブリン、ベイビートロール、トロール、一角兎⋯⋯。
下層モンスターの詰め合わせと言えるほど、あらゆるモンスターを引き連れる男は、こちらに気が付くと盛大に顔をしかめた。
「ルカス!!!!」
「げっ! バカねき!」
ラウラが怒りの声を上げると、男は盛大に顔をしかめた。
バカねき??
名前を知っているってことは、ラウラの知り合いか?
「バカはあんたでしょう! 人様に迷惑掛けんじゃないよ!」
「まだ掛けてねえっつうの」
ラウラと同じ茶色の髪、意志の強さを見せる黒い瞳に焦りはまったく見えない。ショートカットのラウラとは逆に、肩まで伸びる長い髪が、踵を返す動きに合わせてふわっとなびいた。細身の体は全身がバネのようにしなり、A級と見紛う速さで迫り来るモンスターへと駆けて行く。
速えな。あいつも【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のメンバーなのか?
カロルとアリーチェに目を向けると、ふたりのやり取りに困惑を見せており、だれなのか分かってはいなかった。
【ノーヴァアザリア】のメンバーじゃねえのか⋯⋯。
「ほらよっと」
グリアムが視線を戻すと、ルカスの右手から放たれた罠が、地面を滑っていく。
「もういっちょう」
ルカスはニヤっと口端を上げ、間髪を容れずに左手からも罠を滑らせていく。その姿からは、余裕すら感じる滑らかな動きを見せた。
はぁ!? 両利き?
ひとつひとつの早さはそこまでじゃねえが、あの扱い辛い罠を、両手で扱えるやつなんて見た事ねえぞ。
ルカスの流麗で見事なまでの手捌きに、グリアムは思わず見入ってしまう。ヴィヴィも、カルロとアリーチェも、大量のモンスターが向かって来ているというのに、ルカスの淀みのない動きに視線は釘付けになってしまう。
ドッゴォオオオ!
刹那、火柱が起こす熱と爆音が届き、グリアムは我に返る。吹き飛ぶモンスターの四肢が宙を舞う。
ドッゴォオオオ!
後を追うように、再び爆音と火柱が立ち、グリアムは坑道を覆う更なる熱に、思わず腕で顔を塞いでしまった。
「はぁ~。お終いっと」
辛うじて火柱を逃れたモンスターも、ルカスの握る細身の長剣から逃げる事は出来ない。ストンとゆっくり落ちるゴブリンの首を確認すると、ルカスはゆっくりとこちらへ振り返った。その表情は険しく、怪物行進を瞬殺したというのにどこか晴れなかった。
「イマサンだぁっ! クッソ!」
イマサン? あ、イマイチって事か。え? 何で?
頭を抱え悔しがるルカスに、グリアムを筆頭に急造パーティーは揃って首を傾げた。
ルカスの中で、何が良くなかったのか、皆目見当が付かない。だれが見ても鮮やかと言っても過言ではないほど、流麗で無駄のない動きにしか見えなかった。
「これで文句ねえだろ、バカねき」
「おバカが、何を偉そうに言ってんのよ。当たり前の事をしただけじゃんか」
「なぁなぁ、ラウラの知り合いなのか?」
グリアムがおずおずとふたりの間に割って入ると、ラウラはヤレヤレと深い溜め息をついて見せた。
「ルカス・ビキ。このバカ、私の弟なんだ。お騒がせして、みんなゴメンね」
そう言って、ラウラはルカスの頭を押さえ込んだ。
弟!
ラウラの言葉に、その場にいた者全ての視線が、ルカスに向けられる。ラウラの弟と聞き、あの淀みのない動きの理由を理解出来た気がした。
「痛ってえな! 迷惑掛けてねえだろ」
「やかましい! 怪物行進起こしただけで迷惑なんだよ! 謝れ、このバカ!」
「止めろ! バカねき!」
さっきから「バカねき」って何だ??
あ、バカ+姉貴って事か。
ルカスは、頭の上にあるラウラの手をバシっと払いのける。
仲が良いのか悪いのか、さっぱり分からない。
「ラウ様の弟⋯⋯。お、弟君はなぜにダンジョンに?」
何故か緊張気味のカロルは、それだけ言ってアリーチェの影に隠れてしまった。
「え? オレ? 練習だよ。でも、もう今日は帰る。なんか上手い事いかなかったし、白けた」
練習? そういやぁ前にラウラが言ってたな、弟が博戯走系だって。彼がそうなのか⋯⋯。
「帰れ、帰れ。迷惑掛けんじゃないよ!」
「うるせっ! バカねき!」
べー! っと、悪ガキのようにラウラに舌を出すと、あっという間に坑道の奥へと消えてしまった。
「速えな⋯⋯」
「グリアムさんほどじゃないでしょ」
「いやいや、そんな事ねえだろ」
グリアムはラウラの横で、見えなくなったルカスの影を見つめていると、呆気に取られていたヴィヴィとサーラも、ようやく我に返った。
「どっかのだれかさんと違って、怪物行進を見事に片付けちゃったね」
「ぐっ⋯⋯そうですね。凄かったですね」
「やっぱりさ、ラウラの言う通り、怪物行進って、起こしちゃいけないんだね。それだけで、みんなの迷惑だってさ」
「ヴィヴィさん、その節は本当にすいませんでした」
「ま、怪我してるし、今日はこのくらいにしといてあげるか」
「いや、もう、本当に反省してますので、あの時の事は勘弁して下さい」
サーラは何度もヴィヴィにペコペコと頭を下げ、猛省する姿を見せた。軽口叩けるくらいまで回復している事に、グリアムはとりあえず安堵する。




