その恩返しはリーダーのいない時に Ⅱ
ラウラとの約束の日。リーダーを欠く【クラウスファミリア】は、少し早めに約束の場所に立ち、ラウラ達を待っていた。
「あ! 来た来た。ラウラー!」
大きな口を開けているダンジョンの前。その前で、ヴィヴィが遠くに見える人影に大きく手を振った。その人影はすぐに手を振り返すと、ごった返す人混みを掻き分けるように三つの影が、【クラウスファミリア】の元へ近づいて来る。
大きな口へと吸い込まれて行く、欲まみれの潜行者達の鼻息は荒く、表情は固い。そんな中、笑顔で手を振り合う、ヴィヴィとラウラの姿はどこか浮いていて、異質に映る。
「お待たせ! ヴィヴィちゃん、サーラちゃん。グリアムさんも今日は宜しくね。あ、テールも宜しく⋯⋯うん? あなた、少し見ない間に大きくなってない?」
「うん? そうか? 雑種だからじゃね」
ラウラがテールの頭を撫でると、気持ち良さそうにテールは頭を差し出した。
その体躯は大型犬を優に超え、犬と呼ぶには少し大きくなり過ぎているのが、グリアムの悩みの種になっている。
そんな時の言い訳はいつも、『雑種だからじゃね』。
これで押し通して逃げていた。
「ラウラさん、宜しくお願いします」
「ラウラ、宜しく!」
ヴィヴィとサーラは満面の笑みを見せ、背負子を背負うグリアムは軽く手を上げて見せた。
「おまえ! ラウ様を呼び捨てとは何だ!」
「そうだそうだ、あんたまだD級なんでしょう!?」
笑顔を見せ合うヴィヴィとラウラの間に、金髪ベリーショートの猫人と、黒髪ショートの女がいきなり割って入る。何を言われているのか分からないヴィヴィは、露骨に怪訝な視線をふたりに向けた。
一触即発。
そんな言葉さえ浮かぶほど、現場に険悪な雰囲気が流れ始める。
大きな溜め息を漏らすラウラは、ヴィヴィと睨み合っているふたりの盗賊の頭をコツコツと軽く小突き、子供を怒る母親のように険しい表情を見せた。委縮するふたりは、まさしく怒られた子供のように小さくなり、ふてくされて見せる。
「まったくもう、ヴィヴィちゃんは友達だからいいんだよ。ねえ~」
「と、友達! ⋯⋯そ、そだよ、私とラウラは友達!」
そう言って、ヴィヴィはグリアムへ振り返る。
「プププ⋯⋯グリアム友達いないのに。ゴメンね、先に友達できちゃって」
「⋯⋯う、うるせえ」
勝ち誇ったヴィヴィのニヤニヤ顔に、グリアムは顔をしかめて、そっぽを向いてしまった。
「こっちの猫女子がカロル、んで、こっちの娘がアリーチェ。ちょっと変わっているけど、悪い娘達じゃないんで、許してあげて」
「友達の頼みなら、仕方ない」
ヴィヴィは何故かドヤ顔で腕を組み、大きく頷いていた。
黙って見ているが、グリアムの心は落ち着かない。ヴィヴィが言葉を発する度に、何かやらかすのではないかと、潜行では味わったことのないヒヤヒヤドキドキを感じていた。
「こっちの魔術師兼調教師がヴィヴィちゃん、となりの拳闘師がサーラちゃん。んで、この仔がテール⋯⋯よしよし」
ラウラはテールの前にしゃがみ込むと、わしゃわしゃとまた顔を撫で回す。気持ち良さそうに身を委ねるテールの姿に、緊張は緩み思わず和んでしまう。
「カロルさん、アリーチェさん、よろしくお願いします」
サーラが大きな体を折って見せると、今度はカロルとアリーチェがフフンと鼻を鳴らし、揃って胸の前で腕を組んだ。
なんかこれ⋯⋯大丈夫かな? この調子がずっと続くんだよな。
一歩下がったところでやり取りを見つめているグリアムの表情は、始まってもいないのに何故か疲れていた。
「それで今日はグリアムさんに案内人をお願いするからね。あんた達、粗相のないようにね」
「シェルパに粗相って何ですか?」
「ですよ」
「え?」
「何て言いました?」
今度は、カロルとアリーチェの言葉に、ヴィヴィとサーラの表情が一瞬で険しくなった。ふたり揃って、前へと進み出る姿に、グリアムは慌ててふたりの首根っこを掴んだ。
またかよ、面倒くせえな。
首根っこを押さえられたヴィヴィはバタバタと暴れ、ふたりに迫ろうとする勢いにサーラの襟元はどんどん伸びていく。
「おまえら、いい加減に⋯⋯」
「ああっ!? 何言ってんのあんた達!」
え? ラウラ?? そっち??
ラウラの勢いに、グリアムは思わず言葉を飲み込んでしまう。
ラウラから笑顔は消えており、カロルとアリーチェの眼前で本気の凄みを見せていた。言葉を失うふたりに、容赦なく詰めていく姿はさすがA級。ラウラの鋭い眼光に、ふたりは震え上がる事しか出来ないでいる。
ラウラがキレるというまさかの展開に、一瞬、グリアムの思考は止まってしまう。そして、次の瞬間にはラウラとカロル、アリーチェの間に体ごと割って入ると、必死にラウラをなだめに掛かった。
「お、落ち着けラウラ」
「あんた、シェルパのクセに、なにラウ様を呼び捨てにしてんの」
えええー?! おまえ今、ラウラにビビりまくっていたじゃねえか。
ラウラに詰められながらも、グリアムを睨むカロルに、驚きのあまり言葉を失ってしまう。
「⋯⋯カロル」
これぞA級の圧とばかりに、さらに凄むラウラを、グリアムは必死になだめていった。
「ラ、ラウラさん! 落ち着いて!! オレは大丈夫。大丈夫だから、とりあえず穏便にいきましょう、ね」
グリアムは慣れない微笑みをラウラへ向け、この場を収めようと必死になっていた。そのまったく似合わないグリアムの微笑みに、ラウラは思わず吹き出してしまう。
「プププ⋯⋯何それグリアムさん、似合わなすぎ。あんた達、グリアムさんに失礼なことしたら、マジ許さないから、分かった?」
渋々と頷くカロルとアリーチェの姿は、明らかに納得してはいなかった。案内人を尊重する文化がこの世界には存在しないのだから、カロルとアリーチェの態度は、特段不誠実という事ではない。だが、ヴィヴィとサーラはラウラの言葉に大きく頷いていた。
大丈夫かな、このパーティー。
グリアムの不安は膨らみ続ける。気を取り直し、背負子を背負い直すとダンジョンへと吸い込まれて行く、人の波へ大仰に手の平を差し出して見せた。
「では、ラウラさん、行きましょうか。さぁ、こちらへ」
「ちょっとグリアムさん、いつもの感じでやってよ」
「はいはい。んじゃまぁ、行こうか」
ラウラ率いる急造パーティーが、人の波に乗りダンジョンへと吸い込まれて行った。




