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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その思い出の先から始まった思い

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その思い出から始まった思い Ⅳ

「地上に憧れる魔族はいる。だから、ヴィヴィも地上に憧れているひとりと、おまえは考えたのか」

「はい。ちょっと引っ掛かるところもあるのですが、概ねはそんな感じです」

「引っ掛かる物言いだな」

「これは本当に私見なのですが、ヴィヴィさんの戻った記憶は一部なのではと」

「一部?」

「全部戻ったのなら、明か暗、どっちに振れるとしても感情はもっと動く気がするのです。中途半端に記憶が戻ったことで、どうすればいいのか、迷いが生まれているのだと思います」

「聞いちまえばいいじゃねえか」

「だから言い辛いんですってば。それと、ヴィヴィさんがここにいたいと言ったら、いても良いですよね?」

「そんなもん好きにすりゃあいい。何を今更言ってんだ」

「良かった。それを聞きたかったのです」


 サーラはようやく落ち着いたのか、握り締めていたカップを口に運んでいった。


■□■□


 何も無い日々は、時間の流れが早く、数日などあっという間に流れる。

 テールは、小さな傷はあったものの大きな問題はなく、フルーラのお墨付きを貰えた。ただこの数日で、また体が大きくなっているのは明らかで、大型犬を超えようかというほどの成長を見せている。そこに首を傾げるのはフルーラで、そこに不安を覚えるのはグリアムだった。ヴィヴィは成長を喜び、サーラは気にもしていない。


 これだけデカイと、もう何かあっても抱えて逃げ回れんぞ。


「ちょっとテールの散歩行って来るね」

「ああ」

「テール! 散歩行くよ!」


 ヴィヴィが呼ぶと、テールはすぐに起き上がり、嬉しそうに舌を出して見せる。

 あの大きさで、大人しいと来れば、この辺りの子供に大人気なのも頷ける。外に出た瞬間、子供達に取り囲まれた。

 遊んでくれる人間に事欠かないのは、テールの運動不足解消に繋がるわけで、幸いなことだが、あまり目立って欲しくはないと思うグリアムは少しばかり複雑だった。

 ヴィヴィとテールが日課の散歩へと出掛けると、家の中は一気に静まり返り、ポツンと残されたグリアムは何となく落ち着かない。サーラも今日は何か予定があるとかで、顔を出さないかもしれないと言っていたのを思い出した。


「仕方ねえ、行くか」


 あまり乗り気ではないが、グリアムは腰を上げていく。向かう先はギルド。入院治療中のイヴァンの元へ、ようやく足を向けた。


■□


「やっと来たわね」


 フフンと口端を上げるミアが、ギルドの受付からグリアムを出迎える。元々乗り気ではないグリアムは眦を搔きながら、苦い表情を返した。


「で、あいつの様子はどうだ?」

「順調よ、大人しく治療を受けているわ。我がギルドの優秀な治療師(ヒーラー)が、目下、全力で治療に当たっておりますので」

「そいつはどーも」


 気持ちの籠っていない謝辞にも、ミアはニッコリと微笑み返す。やり辛さしかないグリアムは、そそくさと受付をあとにした。

 

 受付から上に上がると、まずは数々の店が立ち並ぶ。ギルドからお墨付きを貰った店が、所せましと商品を並べていた。ダンジョンで必要な物は、ここで大概そろえる事が出来る。だが、お墨付きを盾にした割高感は否めない。手練れの潜行者(ダイバー)達は、安くて良い物を求め、ここで買うことはあまりないのが現状だ。

 その上にあるのが、ギルドの運営する病院と治療院。病院では医者達がバタバタと動き回り、治療院からはヒールの光が、扉から漏れていた。

 入院部屋が並ぶ廊下で、扉に掛けられている患者の名札から、見知った名を探す。


(そうなの、もう⋯⋯アハハハ⋯⋯)

(そうしたら⋯⋯どうかな⋯⋯)


 扉の向こうから漏れ聞こえる、何とも甘ったるいやり取りに、グリアムは嘆息した。

 とりあえず元気なのは間違いなさそうだ。

 コツ⋯⋯コツ⋯⋯。

 開け放った扉をわざとらしくノックして見せると、イヴァンの表情から一気に笑みは消えていく。

 グリアムは扉に寄りかかり、無言でふたりを見つめた。イヴァンの緊張した面持ちに、いたたまれなくなった看護師の女は、グリアムを一瞥することなく部屋をあとにする。


 なんかタイミング悪かったかね?


「お取り込み中、悪かったかな」

「え?! いやいや、お取込み中なんてそんなじゃ⋯⋯。こ、こちらへどうぞお座り下さい」


 イヴァンは、ベッド脇に置かれた丸椅子へとグリアムを誘った。

 曲がっていた足は真っ直ぐになってはいるが、吊られて固定されている。女といちゃつく元気はあるが、完治までは、まだしばらく掛かりそうなのは一見して分かった。

 黙って座るグリアムの圧は、イヴァンを挙動不審に陥れる。しどろもどろなグリアムの視線は、忙しなく宙を泳いでいた。

 意を決したのか、イヴァンは大きく息を吐き出し、グリアムに顔を向ける。


「ご、ご迷惑をおかけして、すいませんでした! みんなに怪我までさせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って、イヴァンはベッドの上で盛大に頭を下げる。だが、頭を下げ続けるイヴァンに、グリアムからは何の反応もなく、チラリと視線を向けるとゴン! という衝撃とともに目の前に火花が散った。


「痛っ!」

「この馬鹿が。二度とすんな」

「はい! 二度としません」


 グリアムの静かな声色に、イヴァンは頭をさすりながら、しっかりと答える。

 グリアムのげんこつは、とても痛かった。

 身体的なものだけでなく、心までその衝撃は届く。イヴァンは自分の過ちを素直に受け止め、二度と同じ過ちを起こさないと、あらためて心に誓った。

 グリアムまた口を閉じ、冷めた視線をイヴァンに向ける。何か話さなくてはと、イヴァンは必死に口を開いていった。


「あ、あの、ヴィヴィから聞いたのですが、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の方が僕の捜索を手伝ってくれたと⋯⋯。治ったらお礼に伺おうかと思っているのですが、こういう時って、どうすればいいのでしょうか?」

「さあな。頭下げて、お礼の品か、金を渡せばいいんじゃねえのか」

「な、何をでしょうか⋯⋯す、すいません! 考えます、自分で考えます」


 グリアムに無言で睨み返され、イヴァンは小さくなった。そんなイヴァンのことなど、気にする素振りもなく、グリアムは立ち上がる。


「もう、帰るのですか?!」


 グリアムはイヴァンに、後ろ手に軽く手を上げ、扉に向かった。扉を開けると、視線を前に向けたまま、一瞬立ち止まる。


「飯作れるやつがいなくて、困ってる。早く治して、飯作れ」

「はい!」


 グリアムはそれだけ言い残し、後ろ手に扉を閉めた。


■□■□


 グリアムが家に戻ると、居間からわちゃわちゃと談笑が聞こえて来た。


 ヴィヴィしかいないはずじゃ?


 少しばかり戸惑いつつ居間を覗くと、いつもの顔に呆れてしまう。


「おまえ、今日は来ねえんじゃねえのか」

「思ったより、早く終わったので伺いました。また地図を写してもいいですか?」

「好きにしろ」


 サーラは満面の笑みを浮かべ、地図のある物置へと向かおうと腰を上げる。グリアムは、カップに茶を注ぐと、乱暴に腰を下ろした。


「グリアムはどこ行ってたの?」

「おまえ達が、行け行けってうるせえからイヴァンの所に行って来た」

「ふふ~ん、喜んでたでしょう」

「あ? 知らねえ」

「またまたぁ~、グリアムが来てくれないって、しょぼくれていたんだから、行ったら絶対喜んでるって」

「知らねえよ」

「師匠、リーダーの所に行ったのですか? 様子はどうでした」

「女と乳繰り合ってた」

「乳!?」

「繰り合ってた?!」


 ヴィヴィとサーラは驚嘆の声を上げ、何とも複雑な顔を見せ合った。


「なんでしょうね、こう、リーダーが元気なのは良いのですが⋯⋯」

「何かモヤモヤするよね」

「それですよ」


 納得し合うふたりをグリアムはニヤニヤと見つめていた。それに気が付いたヴィヴィは思い切り頬を膨らませる。


「何ニヤニヤしてるの! グリアム、何かイヤな感じ」

「はいはい。ま、元気だったんだ、いいじゃねえか」

「いいけどさ⋯⋯別に⋯⋯」


 ヴィヴィの言葉はごにょごにょと尻すぼみになり、また膨れて見せた。


「ヴィヴィさん、とりあえずリーダーが退院したら、また考えましょう。師匠、地図借りますね」

「ああ」


 サーラは地図の置いてある部屋へ向かう。慣れた手つきで、地図を取ろうと棚を開けていった。


「ありゃりゃ、バラバラじゃないですか。仕方ないですね」


 一旦、全部取り出し、バラバラになっている地図を階層順に重ね直していく。少し擦れた所はあるものの、まだまだ現役で使えそうな地図を、サーラは丁寧に重ね合わせていった。


「うん?」


 地図と地図の間から、はらりと何かが床に落ちた。サーラはそれに手を伸ばしていく。


「押し花?」


 白くて、とても小さな花。どこにでも生えている、そう珍しくもない小さな花が床にポツンと落ちていた。

 サーラの中で押し花とグリアムは結びつかず、首を傾げながらも、そっと元の所へと戻していく。


「よし!」


 トントンと最後に手にした地図を整え、元の棚へと⋯⋯。


「あれ?」


 今度は棚の奥に何かあるのを見つけた。サーラは棚に押し込まれているそれに手を伸ばす。


 これって⋯⋯。


 その、覚えのある感触に、慌てて外へと引き出した。

 サーラの手からだらりと伸びるそれは、自分達も身に着けている潜行者(ダイバー)の証。

 サーラは何となく悪い事をしているように感じてしまい、静かに辺りを見渡した。

 知ってはいけない何かに触れているドキドキ感。それに、少しばかりの高揚も感じていた。抑えきれない未知への欲求に、サーラは視線を落としていく。

 ゆっくりと揺れているタグを確認すると、サーラの頬は自然に緩んでしまう。


「⋯⋯ほら、やっぱりね」


 サーラはもう一度辺りを確認して、そっと元に戻していった。



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