その思い出から始まった思い Ⅰ
コツコツと、大きな両開きの扉をラウラは軽くノックした。
「開いてるよ」
扉越しに、少しくぐもったアザリアの声が届くと、ラウラは静かにその扉を押し開く。
アイボリーホワイトを基調にした、抑えの効いたパステル調の室内は、明るい性格のアザリアにピッタリとマッチしていた。派手さはなく、落ち着きはありながらもポジティブな雰囲気は、まさしくアザリアのイメージ通りだ。過度な装飾など一切ないシンプルな部屋。その真ん中にあるソファーに、ラウラは体を預けた。
「よっこいせ」
「お茶でいいよね」
「うん、悪いね」
リーダー自ら、当たり前のようにお茶の準備を始め、ラウラは包帯だらけの疲れた体をだらりと緩めていく。柔らかなソファーに体が沈み、疲労ごと体を包み込んでいった。
「で、何をしてたの」
「ムフゥ~」
「何その意味深な顔」
ラウラは含み笑いを浮かべたまま、お茶をひと啜り。空っぽの胃に落ちていくお茶が、ポカポカと体の中を温めていった。
「【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のリーダーがさ、ダンジョンで行方不明になっちゃったんだ」
「え?! だ、大丈夫⋯⋯」
アザリアは言葉を飲み込んだ。
その状況で、大丈夫だった可能性は高くないのが常識。ただ、緩み切っているラウラの姿に緊迫感はそれほど感じず、事の重大さはそれほど伝わって来ない。
「結果的にはね。でも、かなりまずかったよ。18階まで潜っちゃっててさ、よく助かったよね。かなり運がいいんだ、あの子は持ってるよ」
「じゅ、18階? あのパーティーって、もうそこまで進んでるの??」
「うんにゃ、あの子の独断専行って言ってた。で、成り行きで私も手伝う事になって、一緒に探したんだ」
「そっか⋯⋯うん? 独断専行? イヴァンくんって言ったっけ、あの子ひとりで18階まで潜ったの?」
「そうそう」
「あの子B級だっけ?」
「うんにゃ、C級なはずだよ」
困惑の表情を浮かべるアザリアに、ラウラは事の経緯を話した。みんなでボロボロのイヴァンを見つけ出し、ベヒーモスの外套をエサにして、運良く護衛を見つける事が出来た経緯も話した。
「凄い! よく助かったね」
アザリアはラウラの話に驚きを隠せない。18階で、行方不明になった者が助かった話など聞いた事がなかった。
「さすがに途中で諦めそうになったよ」
「しかも、【クラウスファミリア】とラウラだけで探したんでしょ? 奇跡ね。大したエンカウントが、無かったってこと?」
「うんにゃ、普通にあったよ。むしろ厄介なヤツとのエンカウントばっかだったよ」
「うん? 【クラウスファミリア】ってそんなに優秀なの?」
「ムフフフフ。とても優秀だけど、ふたりともD級だよ」
二度目の含み笑いにアザリアは首を傾げる。
「ラウラがひとりで頑張ったってこと? キツくない、それ」
「いくら何でも私ひとりじゃ無理だって。違くてさ、ほら、大事な人を忘れてない~?」
「大事な人? シンとか一緒だった? とか? それはないか。他にA級の人がいた? あ! 護衛してくれたパーティーだ」
「違うよ! 護衛はあの子を見つけてからだもん。ほら、もうひとりいるでしょ~」
「ええ~分かんないよ」
「もう! グリアムさんだって。グリアムさんが、シェルパモードじゃなくて、潜行者モードで現れたんだよ。荷物はワンコに任せて、本人は潜行者モード。深層に辿り着くまでは、ヴィヴィちゃんとサーラちゃんが頑張って、深層からはグリアムさんと私で進んだんだけど、グリアムさんが速くてさ、ついていくのがやっとだったよ。いや、グリアムさん、マジで凄かった⋯⋯って、あれ? アザリア、聞いてる? おーい」
驚いているのか、ニヤけているのか、見た事のない表情でアザリアは固まっていた。
ラウラが覗き込むと、アザリアは慌てて我に返る。
「き、き、聞いてるよ⋯⋯って、ことはさ、だよね。きっと、だよね。そう言う事だよね、ね、ね、だよね」
「落ち着け」
スコーン! と、ラウラの手刀が、アザリアの脳天を直撃した。
「痛っ!」
「ムフ~ン、そう言う事よ。グリアムさんのあの動きはまさしくS級だね。アザリアの恋い焦がれる【忌み子】の地図師は、グリアムさんで間違いない」
「!!」
口に手を当て、目を見開くアザリアから驚きと喜びが溢れ出す。その姿をニマニマと、いやらしい笑みでラウラは見つめていたが、すぐに真顔に戻った。
「でね、この話はここだけにしておいて。私とアザリアだけのね。グリアムさんは、この事をだれにも知られたくないみたい。黙っていて欲しいって、念を押されたんだ。ま、アザリアには言っちゃうって感じにしておいたから大丈夫。でも、話は広がらないようにしないと」
「そっか。うん、分かった。他言しない。でも、良かった⋯⋯本当に良かった」
満面の笑みでアザリアは、カップを口に運んだ。喜びとはまた違う安堵に似た落ち着きを見せるアザリアを、ラウラは少しばかり不思議に思い覗き込む。
「何でそんなに恋い焦がれちゃったの? 結構な年の差あるよね」
「いやぁ~恋い焦がれるとか、そう言うんじゃないよ。強いて言えば、憧れかな⋯⋯」
遠い目をするアザリアに、ラウラはまたニマニマと笑みを見せた。
「ふぅ~ん、何でまた憧れちゃったの? うりうり、言ってごらんなさい」
「そんな大した話じゃないよ、小さい頃の話⋯⋯」
諦めの溜め息を漏らすと、アザリアは遠い目をしながら、ポツポツと語り始めた。




