そのパーティーは遠い出口を目指す Ⅰ
「がっはぁっ!」
「サーラ!」
「だ、大丈夫です」
サーラの体は小石のように壁へと軽く吹き飛ばされ、背中を激しく打ち付けた。
グリアムの叫びに、サーラはよろよろと立ち上がり、軽く手を上げて応える。
原人トログロダイトが、パーティーの行く手を阻む。2mはゆうに超える体躯が、人ならざる者だと認識させた。全身は真っ黒な毛で覆われ、猿とも人とも言えぬ顔つき。人というには少し長く感じる細腕は、トロールを超える破壊力をまざまざと見せつけた。
「ハァァアッツー!」
『ガァア!』
ラウラが叫びと共に飛び込んでいく。左胸を狙うラウラの曲刀は、振り下ろすトログロダイトの右腕によって、簡単に叩き落とされてしまう。
「ラウラ、どいて! 【炎柱】」
ヴィヴィの詠声に、ラウラは横へと跳ねた。ラウラを掠めるように伸びていく炎の導火線が、トログロダイトへと繋がる。炎は瞬く間に原人の体を覆い、その炎から逃れようと必死にもがいて見せた。
「ハァアッ!」
ラウラの曲刀が、炎の上から左胸を貫くと、トログロダイトは炎にまかれたまま地面へと倒れていく。プスプスと焼け焦げるトログロダイトが地面に転がり、ラウラは大きく息をついた。
「ふぅ~、サーラちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「大丈夫に見えないね。ヴィヴィちゃん、魔力はどう? 大丈夫?」
「まだやれる」
「信じるよ」
ヴィヴィは黙ったまま、ラウラに頷く。
イヴァンを見つけ、あとは帰るだけと考えていたパーティーの足取りは軽かった。
だが、ここは18階。
狡猾なダンジョンが、やすやすとそれを許すわけがない。次から次へとモンスターは迫り、気持ちだけが逸るパーティーは、18階で足踏みを強いられた。
気の緩みがなかったとは言わない。それでも歩き出せば自然に集中力は上がっていくと思っていた。
だが、気が急いていたのは確か。
イヴァンを連れて帰ればいいだけだと、そこに油断はあった。だが、それでも前を向く力強さは、持っていたはずだ。希望の糸は紡がれ、足に力は生まれると、勝手な希望を抱いていた。
上へ。
頭の中はそれ一色になっていたかもしれない。息つく暇のないエンカウントに、疲弊は一気にパーティーを襲い、希望はゆっくりと塗り潰されていく。
「サーラ、こいつを飲んでおけ。17階への回廊はすぐそこだ。踏ん張れ」
グリアムが小瓶を渡すと、サーラは一気に飲み干した。
こいつでラストか。この先回復薬なしで、こなさなきゃならんのか。
サーラの負傷もキツイ。ラウラへの負担も限界を超えている。オレとサーラ、入れ替わるべきか⋯⋯サーラに背負わせて、歩みは遅くならんか? どうだ⋯⋯。
「ありがとうございます、師匠。もう大丈夫です! 急ぎましょう」
サーラの微笑みは強がりだと分かる。だが、それにすがらなくてはならない現状を、サーラ自身、理解していた。
「悪いな」
「師匠が優しい言葉をかけてくれるなんて、嬉しいです。元気100倍です。さぁ、17階ですよ、行きましょう」
やっと17階。まだひとつだけとはな。
グリアムの不安は募るばかりで、打開する術は見当たらない。
疲弊しきったパーティーは、やっとの思いで17階へと足を踏み入れた。
■□
「ハッ!」
「ハァーッ!」
ラウラの曲刀が、痛みで顔を歪めるサーラの鉄靴が、モンスターを次々に屠っていく。一難去る度に呼吸は荒くなり、肩で息する姿のままエンカウントが続いていた。
「グリアム、詠う?」
ヴィヴィはいつでもいけると、手を前にかざし、グリアムの言葉を待つ。ヴィヴィの一撃は強力だ。だが、ここぞという場で魔力切れを起こしたら⋯⋯そう考えると、グリアムの決断は揺れる。
「ヴィヴィ、魔力はあとどれくらい残っている?」
18階のエンカウントで、相当数の魔法を詠ったはず。ここまで残っているのが、不思議なくらいだ。だが、また厄介なエンカウントは十二分にあり得る話。
「あと一回くらい。大きいのは、もう無理かも⋯⋯」
ヴィヴィの魔力の感触を確かめるかのように、右手を何度か握り締め、自分の不甲斐なさに唇を噛んだ。
「充分だ。おまえは良くやっている、その一回の使いどころに気を付けないとな」
グリアムはそう言って、ヴィヴィの肩に手を置いた。
とりあえず16階だ。そして15階、緩衝地帯まで辿り着ければ何とかなるだろ。
あともう少しだ。
グリアムは自分を鼓舞する。何でもいい、些細な希望があればそれにすがり、次の一歩の力に変えていく。
下へと向かうパーティーとすれ違い始めると、少しばかりの安堵を覚える。だが、向けられる視線には憐れみしかなく、その視線から重傷者を背負う【忌み子】に関わりたくないというのが、ありありと伝わって来た。
15階スタートのアタック組か。もうそんな時間になっているのか。
パーティーが増えれば、モンスターは減るはずだ。ひょっとしたら、エンカウントなしで行けるか?
「グリアム! どうする? グリアムってば!」
ヴィヴィの切迫する声に顔を上げる。ヴィヴィは必死に後ろを指差していた。
しまった!
途切れていた集中は、危険を呼び込む。
背後に迫る悪食、大量の一角兎が、地面を埋め尽くしていた。途切れていた集中は判断を鈍らせ、背負っているイヴァンの重みはグリアムを後ろへと跳ねる事を拒んだ。無数の赤い瞳に殺気がこもり、地面を跳ねる悪食が、喰いつくさんとばかりに津波となって襲い掛かる。
「いくよ!」
ヴィヴィは背後に向けて手をかざす。迫る牙に、考えている余裕などなかった。
最後の魔法をここで放っていいのか? まだ先はあるんだぞ。
だが、魔法なしでこれを乗り切れるのか?
それでもグリアムは、らしからぬ逡巡を繰り返す。
一角兎は、動けぬグリアムとイヴァンに狙いを定め、次々に飛びかかる。その牙や爪が、最初の餌食として喰らい付く。
動けぬグリアムに、なす術などない。眼前に迫る兎の牙を、茫然と待ち構えるしかなかった。
「【炎柱】」
ヴィヴィが放った炎は、グリアムの眼前で唸りを上げる。佇むことしか出来ないグリアムの脇をラウラとサーラがすり抜けていく。
眼前の兎は炎に巻かれ煤と化す。丸焦げの兎に生前の面影などなく、ただ黒い塊が地面に転がっていた。
「ハァーッ!」
ゴツッ。
サーラの踵が鈍い音とともに、兎の頭を粉砕する。サーラの鉄靴によって、最後の一羽が血溜まりへと沈んでいった。
ペシ。
茫然と佇むグリアムの両頬を、冷たいヴィヴィの両手が添えられた。ヴィヴィは、グリアムに顔を寄せ、グリアムのオッドアイを真っ直ぐに見つめる。
「グリアムお願い、しっかりね」
「⋯⋯ぁぁ、すまん」
「うん」
ヴィヴィはニコっと微笑み、両手を外した。手の平から伝わった冷たさが、グリアムの思考を冷やし、冷静さを取り戻す。
「悪かったな、少しボーっとしちまった」
グリアムが、バツが悪そうに眦を掻く姿に、ラウラがいたずらっ子のように口端を上げて見せた。
「もっと頼っていいよ、みんなで上に戻るんでしょ」
「あぁ。そうだよな」
パーティーは前を向くが、状況はますます厳しいものになっている。ヴィヴィから伝わった手の冷たさは、魔力切れを示唆し、回復薬はとうに切れている。
戦力は、肩で息をするA級の盗賊と、負傷しているC級の拳闘師。そして、魔力切れの魔術師と、動けないシェルパ。
また厄介なエンカウントが起きれば、それを乗り切る材料は今のパーティーに見当たらなかった。
さっきのエンカウント、オレがいち早く気付いていれば、ヴィヴィは、詠わなくて済んだ。
ミスったよな。
過去にしがみついても仕方ないと分かっていても、どうしてもしがみついてしまう。
前方の気配に、パーティーは顔を上げる。先程と同じ、下を目指すパーティーが、こちらを一瞥すると、視線をすぐに逸らした。
向こうさんにして見れば、これから潜ろうって時に、生きてんだか死んでんだか分からん男を背負っているパーティーとのエンカウントなんて、縁起悪いよな。
向こうの思いを汲んで、グリアムは静かにやり過ごす。薬を分けて欲しいと喉から手が出るほど言いたいが、これから下へ向かう彼らにそんな余裕がないのは重々承知していた。
「ちょ、ちょっとあんたら、すまんが、少しだけいいか?」
俯きながらすれ違うパーティーに、グリアムは唐突に顔を上げた。
そのパーティーの後ろ姿に、グリアムはすがる思いで声を掛ける。
関わりたくないことがありありと分かる怪訝な表情を浮かべるパーティーが、反射的に振り返った。




