その焦燥の先に Ⅸ
中を覗いていたグリアムのランプを持つ手が止まる。その姿をパーティーは、固唾を飲んで見守っていた。
顔を上げ、振り返るグリアムは、黙って首を横に振る。幾度目かの絶望が押し寄せ、だれもが言葉を失い、俯き、次の言葉が出て来なかった。
「⋯⋯まだ⋯⋯ダメだよ⋯⋯まだ⋯⋯」
「ヴィヴィ、時間切れだ。これ以上の捜索はあまりにも危険だ、分かれ」
静かなグリアムの言葉は重くヴィヴィにのしかかり、事切れる言葉と同じく希望も事切れて行く。
グリアムの言葉は重々理解出来た。
だが、理解は出来ても、納得は出来ていない。
ヴィヴィの中で心の整理はつかず、感情は散らかったままだった。だがそれは、ヴィヴィだけではない。理解を促したグリアムも含めて、ここにいる全員が感情の置き所が見つからないでいた。
「とりあえず、何かないか探してみようか」
ラウラはヴィヴィの背中を優しく押し、休憩所の中へと促す。頭を屈めて、人ひとり通るのがやっとという狭い洞口をくぐって、中へと足を踏み入れた。中は、小さなテントほどの狭い空間が広がり、パーティーが座ってなんとか休める程度のギリギリの広さしかなかった。
地面を撫で、壁を見つめ、イヴァンの残滓を求める。
だが、そこには何もない。
坑道ほどの光はなく、薄暗い空間が虚しさを映すだけで、そこにあって欲しいものは何ひとつ、欠片すらなかった。
グリアムの持つ、ランプが虚しく照らす。ランプの中にある鉱石が放つ淡い光は、生気の抜けたパーティーをぼんやりと映すだけ。言わなければならない言葉を、だれもが飲み込み、言い淀んでいた。
「戻るぞ」
グリアムの精一杯の言葉も、背を押す力にはならない。ラウラが重くなった腰をゆっくりと上げていくと、ヴィヴィとサーラも仕方なしに倣った。
「おまえら、気を抜くな。帰りもあるんだ」
「だね。ねぇ、グリアムさん。捜索のためにも、せめて来たところとは違うところを通って、上に戻らない?」
付け焼き刃とも思える提案だが、グリアムは激しい落ち込みを見せるヴィヴィとサーラを見つめ、溜め息混じりにラウラに頷いて見せる。
「分かった」
「だって。ほら、ふたりともまだ終わりじゃないよ。もしかしたら、あの子が近くにいるかも知れない。顔を上げて行こう」
ラウラはヴィヴィとサーラ、ふたりの肩に手を置き、微笑んで見せた。強がりとも取れるその笑みに、ふたりは顔を上げていく。
背中を押していた希望は消え失せ、諦めは足枷となりパーティーの足を鈍らせた。
何かを言わねば。でも何を?
パーティーは、その自問自答を繰り返し、坑道の静けさに飲み込まれて行く。
「ラウラ、すまんな」
「いいって、何も出来てないもの」
「そんな事はない。あんたがいなかったら、ここまで来られなかったさ」
「そうかな⋯⋯」
ラウラの言葉尻は切れ、表情が曇る。そして、怪訝な表情を浮かべ、前方へと身を乗り出した。
「何か気配を感じない?」
「気配?」
グリアムもラウラの見つめる先に目を凝らすが、左へと大きな弧を描く坑道から、異変は特に感じられない。
「気のせい? かな」
「ま、気を付けるに越したことはない。行こう」
ガリッ⋯⋯。
坑道の先から、地面を削る微かな音がグリアムの耳に届く。
ラウラの方に振り返ると、ラウラもその音に気が付いていた。言葉なく頷き合うと、前方に最大の警戒を見せる。
大猪?
グリアムは行軍を止め、ナイフに手をかけた。
ここで大猪は、美味くねえ。
重装備を持つ盾役のいないパーティーに、突進型のモンスターの相性は最悪だ。
今、このパーティーに、その動きを受け止めることの出来る者はいない。グリアムやラウラのように、俊敏を売りにする軽装備の者に受け止める力などある訳も無く、盾を持たぬサーラも同様。ヴィヴィにいたっては、躱すことさえままならないだろう。
地面を叩くいくつもの足音は、みるみる大きくなり、足を止めてしまったパーティーへと迫った。
この足音、大猪でビンゴか。しかも群れ。
ま、18階ならそうだよな。
「大猪の群れが来るぞ。突進に飲み込まれるな」
グリアムは先の見えない坑道を睨む。
「グリアム、焼く?」
「いけるか?」
「うん」
ヴィヴィが手を前へとかざす。地面を叩く足音は更に大きくなり、心臓は激しくポンプを始めた。パーティーは緊張と集中が上がっていく。雑念はひとまず横に置き、前を睨む。
ヴィヴィの一発に賭ける。取りこぼし程度なら問題ねえ。
グリアムはナイフを握り直す。ラウラは横で曲刀を何度か振り、サーラも拳を固めた。
来る。
ドドドドドドドドドドッ!!
地面を踏み鳴らすいくつもの音。坑道の先に、大猪の影を捉える。
「行くね! 【炎嵐】⋯⋯」
グリアムは眼前に迫る危機に目が見開き、何が起こっているのか一瞬分からなくなってしまう。
「待て!! 止めろ!!」
「なんで??」
不意に叫び上げ、グリアムはヴィヴィの詠唱を止めさせる。
前から迫る猪のモンスターにグリアムの頭は混乱を極めた。
「亜種だ! 避けろ!」
グリアムはヴィヴィを突き飛ばし、横へと跳ねる。大きな影がすぐ脇をすり抜けると、足を滑らせながらこちらへと急転回して見せた。
「グリアムさん! これ、どういうこと??」
「知らん! 固まるな! 来るぞ!」
ラウラの問いに答えなど持ち合わせていない。パーティーは的を絞らせまいと、二頭の大猪を囲うように散った。だが、鼻息荒い大猪は、ガリっと地面をひとつ削ると、次の瞬間には眼前に現れる。
ガキッ!!
ガツッ!!
グリアムのナイフと、ラウラの曲刀が、大きな牙とぶつかり合う。大きな打突音を響かせ、ふたりの体は後へと吹き飛んだ。
「クソ⋯⋯」
地面に転がったグリアムとラウラはすぐに起き上がり、態勢を構える。
「ぎゃあー! 速すぎて見えないよ!」
「おまえら絶対捕まるな! 逃げまくれ!」
「ヴィヴィさん!」
想像していなかった大猪亜種の速さに、ヴィヴィはパニックを起こしてしまう。混乱で足の動かないヴィヴィの腕をサーラが必死に引き寄せると、その脇を黒い塊がすり抜けた。今、もしサーラが間に合わなければ、ヴィヴィの腹に大きな穴が開いたに違いない。その姿を想像し、ヴィヴィとサーラは背中に冷たいものを感じ、顔から血の気が引いていった。
マズイ、マズイぞ。どうなってやがる。
なんでここに大猪亜種がいる?
こいつらがいるのは20階からだろ? しかも群れってどういう事だ。最深層(26階)近くまで潜らなきゃ、群れなんて現れんはずだ。
クソ。盾役のいないパーティーで、どう足掻く?
通常より二回りは大きい体躯を見せ、口から伸びる牙も異様なまでの大きさを見せていた。通常の大猪の速さなど足元に及ばないほどの瞬足は、パーティーに息つく暇を与えない。そして、ひと目で亜種と分かる漆黒の体が、ガリっと地面を削り、いつでも行けると言いたげにパーティーに圧を与えていた。
「クソ!」
瞬きの間に、黒い巨体は眼前へ現れる。グリアムもラウラも、後方へと吹き飛ばされるだけで、反撃どころか一太刀すら入れられなかった。
「グリアム!」
「分かってるって! ヴィヴィ、こいつには氷だ。クソ! しつけえな!」
止まることのない大猪亜種の突進に、グリアムは何度も地面を転がった。
「【氷壁】⋯⋯きゃあ!」
「くっ!」
手をかざすヴィヴィへサーラが体ごと突っ込んだ。
ガツッ!!
鈍い打突音が鳴る。地面を転がるサーラが顔を上げると、ふたりが背にしていた壁は大きく抉られていた。
こいつ魔力に反応している?
ヴィヴィが構えると、的がヴィヴィへと移ってねえか?
グリアムは確証のない仮説を立てたが、それを立証する余裕などない。
倒れているヴィヴィとサーラに狙いを定める大猪の横腹に、ナイフを突き立てた。
『ブゥゥオオオオオオオオ!』
「おまえら立て!」
手応えの薄い一撃の代償は、怒り狂う大猪の突進だった。
ガキッ! と激しくぶつかり合うグリアムの白刃と大猪の巨大な牙。
大猪のかち上げる牙が、グリアムの体を宙へと放り投げる。
ヤバッ!
グリアムの体は地面へと落下するだけ。狙いを定めた巨大な牙が、その落下点で待ち構えた。




