その焦燥の先に Ⅷ
「こんのぉおおおー!」
普段見せないラウラの咆哮。ラウラの曲刀が屍術師の腹を斬り裂いた。
「行きます!」
「サーラ、腹の下を狙え!」
「はい!」
サーラも鳴り止まぬ魔法の嵐へと飛び込んでいく。衝撃はフードを通り越し、サーラの体へ打ち付ける。眼前で休む事無く剣を振るラウラの姿に背を押され、震える足をなんとか前へと踏み出し、リッチへと迫った。
「ハァーッ!!」
リッチへ鉄の拳を打ち抜く。サーラの拳は何の感触も無く屍術師の法衣を揺らすだけで、サーラに戸惑いを生んだ。その一瞬の戸惑いに、容赦なく魔法が降り注ぐ。
「サーラ! 怯むな!」
鳴り止まぬ魔法の嵐の奥から届くグリアムの声。その声に、サーラは拳に力を入れ直した。
「はい!」
大きな返事と共に渾身の拳を打ち付ける。拳の先にコツっと何かを感じ、そのまま拳を振り抜いた。
『ヒャアアッ⋯⋯』
何かが砕ける感触に、リッチは断末魔と共に消失する。残されたボロボロの法衣だけが、サーラの足元に残された。
ラウラの曲刀も止まらない。その刃が何度と無くリッチの腹を斬り裂くと、眩しいほどの魔法の嵐も、ラウラの刃とサーラの拳に凪ぎ始める。
「ちと、行って来る」
グリアムは魔法の嵐を確認すると、ナイフを片手に飛び込んで行く。ラウラを上回るグリアムのスピードに、ラウラは一瞬目を疑った。天井から降り注ぐ魔法の雨を、右に左に華麗なステップで、いとも簡単に避けて行く。最後方で詠い続けるリッチへと、一瞬で辿り着くと、スピードを落とす事無く、リッチの懐へと潜り込んだ。
次の瞬間、下腹に向けてナイフを横一閃に振り抜く。その迷いのないひと振りは、リッチの核を的確に捉えた。
吹き荒れていた魔法の嵐は止み、地面にボロボロの法衣だけが残る。そして、ダンジョンにまた不気味な静けさが戻った。
「はやっ⋯⋯」
リッチを瞬殺したグリアムの姿に、ラウラは絶句してしまう。ラウラ自身、スピードには自信はあった。だが、それを上回るスピード。それこそA級パーティーですら、目にする事のないスピードに、ただただ言葉を失ってしまう。
「あれが師匠です」
言葉を失っているラウラに、なぜかサーラが自慢げに親指を立てて見せた。
「アハ! 私も師匠って呼ぼうかな。グリアムさん凄いね」
「あんたとサーラが、ほぼほぼ倒してんだ、大した仕事はしてねえよ。ほれ、もっと面倒なのが来る前に行くぞ」
グリアムは後ろ腰にナイフを収め、歩き始める。罠に気を使いながら、足早に進んで行った。パーティーはイヴァンの残滓を求め、地面の先を睨み続ける。焦る思いを奥へと押し込み、希望だけを紡ぐ。
「ヴィヴィ、かませ!」
「【氷球】」
グリアムの声に素早い反応で、ヴィヴィは詠う。氷漬けのイビルモスが地面に落ち、砕け散っていった。
エンカウントはそう多くはない。湧いてはいないって事か。
モンスター数の増減はランダム。ダンジョンが哭いた時に、どれだけモンスターが産み落とされるかで決まる。全く産まれない時もあれば、湧き散らかして、下層ですらどうにもならない時もあった。
ツイているって考えるか。あのバカの運も尽きていない、そう思おう。
グリアムは希望の糸を紡ぐ。わずかな希望でも、足を前に進める原動力になる。今はまだ最悪の事を考えずに進もうと、グリアムは自身に言いきかせた。
「グリアムさん、とりあえず休憩所だよね」
前を行くグリアムにラウラは声を掛ける。
「だな。公になっているものが、1ヵ所だけある。そこに運良く辿り着けてりゃあいいけどな」
「あの子、この階の地図は持っていないんだよね」
「ああ。あいつの運次第だ」
「でもさ、ここまであの子の気配はなかった。それって、ここまで倒されてはいないってことだよね?」
「まあな。見落としはあるかも知れんし、喰われて遺体の残骸すら見当たらないこともあるが、何かしらの痕跡は残るからな」
「大丈夫。イヴァンは大丈夫だよ」
ヴィヴィが強い口調で割って入る。その言葉に込められた強い意志に、グリアムとラウラは気圧された。
「そうか⋯⋯そうだな」
それでもグリアムは曖昧に頷く事しか出来ない。根拠のない希望を抱けるほど、楽観的にはなれなかった。それでもヴィヴィの思いを受け止め頷く。それは自分の希望を紡ぐ事でもあった。
「ぼちぼち、着くぞ」
角を曲がると、うっすらと洞口が見えて来る。今はまだ何の気配も感じ取れない。
パーティーの緊張は一気に高まり、口数は一気に減る。 洞口の前にパーティーは立つ。パーティーに緊張が走る中、ランプを握るグリアムは、その洞口の中を覗いていった。




