その焦燥の先に Ⅴ
「師匠?」
一点を照らしたまま固まっているグリアムにサーラは声を掛ける。歓喜の声も絶望の声も上がらないグリアムの姿に、サーラは首を傾げた。グリアムの横から一緒に中を覗き込む。サーラは固まっているグリアムから、ランプをひったくるように奪い取り、何度も何度も中を見回した。
「あぁ⋯⋯」
落胆にも驚きにも取れるサーラの嘆きに、ヴィヴィとラウラは視線を交わすと、グリアムとサーラを押しのけ、中を覗き込んでいった。
「う~ん」
ラウラの表情は曇り、天井を仰ぐ。ヴィヴィは言葉を発する事もなく一点を見つめ続けていた。
「⋯⋯クソ」
グリアムの呟きが静かに響く。
座り込むイヴァンも、横たわるイヴァンも、そこにはなかった。
目の前にはただ、がらんとした空間があるだけで、人の気配はない。そして、その空虚な空間が、一縷の望みを握り潰す。グリアムの頭には絶望と諦めが一気に襲い掛かり、紡ぎ続けた気力も、急速にこと切れていく。
グリアムは休憩所に足を踏み入れると、真ん中にランプをポンと置いた。ラウラがそれに続き洞口をくぐると、ヴィヴィとサーラも続く。パーティーはランプを囲い、円を描くように静かにしゃがみ込んだ。
最後の淡い期待は疲弊だけを残し消えていく。掴んでいた希望の糸はこと切れた。
だれもが次の言葉を模索しながら、だれかの言葉を待つ。ランプの中の【アイヴァンミストル】だけが淡い光を放ち、パーティーの暗い表情を淡く照らし続けていた。
■□■□
『ヒャアアアアアアアッ』
遠くで鳴っている悲鳴のような不穏な声が耳朶を掠め、ぼんやりとしていた意識がゆっくりと覚醒していく。目を開けても眼前は暗いままで、閉じているのか開けているのか、一瞬分からなかった。
眠っていた。どれくらい? 長い時間? それとも一瞬⋯⋯。
「痛っ」
薬が切れてきた。
不安の材料がまたひとつ増えていく。身動きひとつ取れず、気力も体力もただ疲弊していくと、恐怖が襲い掛かる。逃れる事の出来ないその恐怖に、イヴァンはただただ怯え、何も出来ない自分に自責の念にかられた。ただそれも後の祭り。いくら後悔し、自らの行いを悔いたところで、事が好転するわけではない。不安と恐怖と後悔が、ゆっくりとイヴァンを押し潰していくだけだった。
■□■□
重い空気が流れている。だれも視線を交わすことなく、淡く光る【アイヴァンミストル】のランプを、じっと見つめていた。
「グリアム、どうする?」
ヴィヴィの紅い瞳は憂いを映す。ヴィヴィの中で、グリアムの答えは分かっていた。テールがヴィヴィの心に寄り添おうと、自身の頭をヴィヴィの膝の上に預ける。
「ここでひとまず休憩を取って上へ戻る」
「イヴァンは?」
答えを聞きたくないと思っていても、ヴィヴィは聞かなくてはならないと分かっていた。紅い瞳は憂いを通り越し、悲しみすら映す。 グリアムは深い溜め息を零し、顎に手を置くと次の言葉を言い淀む。だれも望まぬ言葉を言わなければならない。その覚悟を決める心の整理をつけていた。
「イヴァンはいなかった」
しっかりと前を向き、発せられたグリアムの言葉は、希望の灯を吹き消す言葉であり、捜索の失敗、今回の潜行が失敗だったことを意味している。聞かなくとも分かってはいた。だが、それでもだれかが口に出すことで、気持ちに区切りをつけなくてはならなかった。
空気はさらに重くなり、絶望がパーティーを呑み込む。
「で、でもさ⋯⋯上に行く途中で、イヴァンくんとばったり遭遇しちゃうかも! ⋯⋯って、それは⋯⋯ない⋯⋯か⋯⋯」
ラウラも自分で言っておきながら、妄言に近い仮説だと思ったのか、言葉は尻切れていく。深層を経験の浅い単独潜行者が、彷徨っていられる可能性などゼロに近い。そのことを一番分かっているのは、A級であるラウラ自身だ。
「行き違いになった可能性もある。まぁ、可能性は低いけどな。とりあえず、少し休んで各々しっかり回復しておくんだ。上につくまで集中切らすなよ」
と、自分で言っておきながら、その言葉は自分へと向けた言葉なのかもしれない。
よくあることだ。無謀な潜行者が独断専行しての自爆。
よくあることだよな。
グリアムは、自分が納得出来る理由を必死に模索する。それはグリアムだけではなく、だれもが同じ思いだった。
諦めと後悔が悔しさとなって、全身を包み込む。
一緒に潜っていれば。
もっと早く動いていれば。
もっときつく釘を刺しておけば。
諦めきれない心が、何度も同じ言葉を繰り返す。
「あ⋯⋯」
顔を落としていたサーラが突然顔を上げた。何か思いついたのか真剣な表情で、考え込む姿を見せる。だが、一同の反応は薄く、チラっと考え込んでいるサーラを一瞥して、また視線を落とした。




