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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その焦燥の先に

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その焦燥の先に Ⅲ

「そう言えばさ、ここまでサクっと来ちゃったけど、あの子が下層で躓いた可能性は無いの?」

「イレギュラーがない限り、無いだろ。それらしい痕跡も見当たらなかったし、下層ならあいつは問題無く突破出来る。ランクアップを焦っているやつが、16、17階の地図をわざわざ持って潜った。躓くとしたら16か17階だと踏んでいる」

「なるほど、なるほど。それじゃあ、緩衝地帯(オアシス)着いたらさ、馴染みの店主(おやじ)が何人かいるから、見かけたかどうか聞いてみるよ」

「それはマジでありがたい。あんたがいてくれて本当に助かるよ」

「いいよ、いいよ。この間さ、いっぱい回復薬くれたじゃん、そのお返しだよ」


 グリアムは、そう言って微笑むラウラに、返すべきいい言葉が見つからない。人の善意に向き合う経験値の少なさが、グリアムに戸惑いを運んだ。だが、面倒事を笑い飛ばすラウラに、心から感謝していた。


 回復薬と深層での人探しじゃ、まったく釣り合わんと思うがな。


 グリアムはフードを深々と被り、ラウラの邪魔にならぬようにとパーティーの後ろで気配を消していく。


■□■□


 襲い掛かってくる、人の腕ほどの大きな牙と、両手で支える刃が激しくぶつかり合った。金属同士がぶつかり合ったかのように甲高い音を鳴らし、吹き飛ばされた体はゴロゴロと地面を転がり、地面を舐める。

 大猪(レギアボアス)は、次の矢を放たんとばかりに地面を蹴り上げ土埃を舞い上げていた。


 どうする? どうすればいい?


 激しく打ち続ける拍動が思考を邪魔し、頭の中に死という文字が書き殴られる。必死に掻き消そうと思考を巡らせても、堂々巡りしかしない思考に答えなど出る訳が無かった。

 地面を蹴り上げる音が迫り、眼前に大きな牙が迫る。

 ガツッ!!

 先程とは比較にならない程の打突音は、構えた刃越しに体を突き抜ける。

 ミシっとあばら骨が鈍い音を鳴らし、呼吸をする度に全身に痛みが駆け巡った。


 死ぬ。


 ぼんやりと緩慢な頭が、激しい足音を捉える。頭を振り、必死に思考を取り戻そうと足掻いた。

 だが、次の瞬間、体は宙を舞う。

 抗う事も、足掻く事も出来ず、イヴァンの体はぼろ切れのように地面を転がり続けた。

 はっきりとしない視界に何度も頭を振る。抗う気力は消えかけの蝋燭のごとく頼りなく、自身を鼓舞する材料は何ひとつ思い浮かばなかった。

 故郷の村を離れてからそう経ってはいないというのに、村での記憶は遠くに感じ、とても懐かしく感じる。冷たく厳しい冬を越えた暖かな春の陽射しを思い出し、その喜びが頭を過った。


 村の人達は皆元気でやっているのだろうか? 僕がいなくなって、厳しい冬の準備は大丈夫かな?


 イヴァンは迫りくる足音に身を委ねかけた。だが、次の瞬間、最後の灯に火が灯り、気力を振り絞る。


 ダメだ、ダメだ。

 死ぬわけにはいかないんだ。

 死んではダメだ。

 僕がいなくなれば、冬を越せない人が出てしまう。

 足掻け、藻掻け、動け!


 焦燥は痛みを忘れさせた。折れた足で、ひび割れたあばらで、ゴツゴツと行く手を阻む地面を這いつくばった。擦り切れる肘の痛みも、折れたあばら骨の軋みも感じない。イヴァンは動かない体を引きずり、迫る足音から必死に逃れようと地面を舐めるように進んだ。

 ズルズルと緩慢な動きに、足音は確実に大きくなっていく。

 緊張と恐怖は拍動を限界まで上げ、呼吸は荒く息苦しい。

 視線は最後の希望を求め、前を見つめる。

 自分の呼吸しか耳に届かない。どこまで近づかれているのか、いつ体が吹き飛ぶのか分からない恐怖と戦いながら、必死に地面を這う。

 時間にしてわずか数秒、目まぐるしく揺れ動く感情に翻弄されていた。


「⋯⋯カハッ⋯⋯ハァハァハァハァ⋯⋯」


 漏れる吐息の先にイヴァンは、わずかな希望を手繰り寄せる。


 あれは⋯⋯。


 人間が這いつくばることでやっと入れる程度の大きさしかない洞口が視界に飛び込んだ。イヴァンは最後の力を振り絞り、地面を這う肘に力を込める。地面を蹴る力強い足音が振動となって、体に伝わってきた。焦燥が心臓を爆発させる。考える事など出来ない、反射的にそのぽっかりと開いた洞口へと転がり込んだ。


「グハァッ⋯⋯!!」


 ガシッ!! ガシッ! ガシッ!

 洞口を叩き続ける牙の音が鳴り響く。飛び込んだ先は、人ひとりが寝られるほどしかない狭い空間。体を起こす事もままならないその空間で、イヴァンは安堵の溜め息を漏らした。


「つっ⋯⋯」


 安堵と共に襲い掛かるのは、激しい痛み。あらぬ方向へと曲がっている右足、呼吸の度に軋むあばら骨。動く事が出来ない状態にイヴァンは見えない空を仰いだ。


■□■□


「おっちゃん、サンキュー」


 ラウラは店主に手を振り、グリアム達の元へ駆け寄る。軽く頷いて見せるラウラの姿から、グリアムはその答えをすぐに理解した。


「下か」

「だね。店にも寄らずに通り過ぎた若いのがいたって。エクストリーム(おバカ)系だと思って、あまり気にしなかったみたい。だけど、あまり見ない顔なんで逆に覚えていたよ」

「んじゃ、さっさと行くか。おまえらは大丈夫か?」


 グリアムはヴィヴィとサーラに向き直る。ふたりの引き締まった表情から、気負いは感じられず、やる気が空回りする事は無いと感じた。


「グリアム、行こう」


 ヴィヴィの言葉に頷き、下への回廊を目指す。


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