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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その焦燥の先に

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42/216

その焦燥の先に Ⅱ

右へ左へと、(トラップ)にだけ気を使い、闇雲に突き進む。背中に感じる大群の圧は薄れ、闇雲に動かしていた足をゆっくりと止めた。


「ハァハァハァ⋯⋯ッツ!」

『キュウ、キュウ、キュウ』


 甲高い、一聴すれば可愛らしくも聞こえるその鳴き声と、次々に暗闇に浮かび上がる赤い瞳が頭の中に激しい警鐘を鳴らす。その光景に見覚えがあった。


 悪食。


 額に短い角を備える一角兎(アルミラージ)の群れが、猛スピードで眼前へと跳ねる。体躯に見合わない屈強な後ろ足で地面を蹴り上げ、軽やかに跳ねた。白い体が地面を埋め尽くし、赤い瞳が一斉に襲い掛かる。

 激しく上下運動を繰り返す肺を強引に押さえ込み、静かに詠っていく。


「炎を司る神イフリートの名の元、我の刃にその力を宿し我の力となれ【点火(イグニション)】」


 静かな(うた)は地面を蹴り上げる音に掻き消され、何度となく纏ったその炎を、掲げた刃がまた纏う。振り下ろされる業火が唸りを上げ、断末魔が木霊する。

 何度となく繰り返す同じ光景。考える事も出来ず、目の前に迫る危機に相対する事しか考えられない。無心で振り続ける剣の勢いが、永遠に続くわけも無く、勢いは体力と共に削り取られていった。


「クッ」


 最後の一匹を焼き払うと、膝から崩れ落ちてしまう。体力も気力も、抉れた皮膚も、心を折るには十分だった。


 どこか休める所はないのかな⋯⋯。


 すがる思いでランプを掲げ、休憩所(レストポイント)に繋がる洞口を求める。ランプを掲げる手は微妙に震え、焦る心を映し出していた。


 あれは?!


 ランプの映す先、ぼんやりと浮かび上がる洞口が緑瞳に映る。だが、それが休憩所(レストポイント)へと通じている保証はない。それでも、心には希望の灯りが小さく灯った。


 バギッ。


 だが、次の瞬間右脚はイヤな音を鳴らし、小さな心の灯はあっさりと消されてしまう。激しい衝撃に浮かび上がる体。次の瞬間、吹き飛んだ体は壁へと叩きつけられた。


「ゴハッ!」


 背中からの激しい衝撃。飛びかけの意識を必死に繋ぎ留める。焦点の合わない瞳に映る巨躯が、鮮明になって行く。鼻息荒く、前脚で地面を蹴る仕草を見せる大猪(レギアボアス)が、睨みを利かしていた。


 油断した。


 集中を切らした者に、ダンジョンは容赦しない。狡猾なダンジョンの(ことわり)は、いとも簡単に人を喰らう。

 力の入らない右足に、剣を支えにして身を起こす。支えを失っている体に、地面を力強く蹴り上げる大猪(レギアボアス)が迫る。

 ガギッっと激しい打突音と共に、支えを失った体は紙切れのように宙を舞った。


■□■□


「ねえ、グリアム。ねえってば」


 ヴィヴィはグリアムの体を揺らし、懸命に訴える。帰って来る気配のないイヴァンを慮るヴィヴィの焦りが、募り続けていた。

 街に灯りが灯り始め、夕闇から夜へと移り始める。とっくに帰っているはずのイヴァンの姿は、ここになかった。


「ヴィヴィさんの言う通りです。師匠、行きましょう。師匠が行かないなら、私とヴィヴィさんふたりで、行きます」


 無謀なサーラの申出は、グリアムの表情をさらに険しくさせ、重い腰を上げさせた。


「分かった、分かったって。だがな万が一、やつが暴走して単独(ソロ)で深層まで行ったとしたら、見つかる可能性は限りなく低いぞ」


 ふたりはグリアムの言葉に黙って頷いた。覚悟を纏ったふたりに、グリアムは諦めにも似た溜め息を漏らす。


「回復薬をありたっけ集めて、テールのバッグに詰め込め。毒消し、携行食もだ。余分な荷物は持たんでいい」


 ふたりはすぐに家の中にある薬をかき集め出し、グリアムは携行する武器の準備を始めた。後ろ腰ナイフを確認すると、表情は一段と厳しいものへ変わっていく。


「行くぞ」


 日は沈み切り、街はすっかり夜の様相を映していた。グリアムの背中にいつもの背負子はなく、(リーダー)の欠けた【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、ギルドを目指し夜の街へ溶けて行く。

 一日が終わった解放感を謳歌する人波を掻き分け、グリアム達はひっそりと佇むギルドへ飛び込んだ。受付業務はすでに終了しており、昼間の喧騒が嘘のようにギルドは静まり返っている。


「ようこそギルドへ⋯⋯って、あんたか。こんな時間にどうした?」


 グリアムが唯一空いていた夜間受付の前に立つと、やる気のまったく見えないエルフの男が、グリアムをじろりと上目で見つめた。エルフに似つかわしくないくたびれた様相。整った顔立ちから覇気はまったく感じられない。


「アクス、深層まで潜る。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】だ。あとは頼む」

「あぁ? おまえパーティーに入ったのか?」

「いや、そこのシェルパだ」

「ふ~ん、急か?」

「そうだ」


 アクスは俯いたまま、シッシッと手で払う仕草を見せた。グリアムは踵を返し、ダンジョンへ向かう。パーティーの表情は固く、だれひとり言葉を発しない。歩くスピードは自然と速くなり、焦燥は形となって現れていた。


「あれれ、どうしたの? みんな怖い顔して」


 見知った声にグリアムは足を止めた。振り返ると、声の主である【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の盗賊(ヴォルーズ)が微笑んでいた。

 グリアムは立ち止まり、逡巡する姿を見せる。そして、意を決し、その盗賊(ヴォルーズ)に頭を下げた。


「ラウラ、スマンが手を貸して貰えんか⋯⋯じつは⋯⋯」

「いいよ、何するの?」


 軽やかな即答に、少しばかり困惑しながらも、グリアムは大きく頷いて見せた。


「ウチのバカがひとり、ダンジョンで行方不明になっている。そいつを探すのを手伝って欲しい。ギャラは後で払う」

「行方不明か⋯⋯ちょっと難しいかもね。でも、いいよ。早く行こう」


 ラウラの表情から笑みは消え、先頭で手招きをして見せた。


「私はラウラ。君はヴィヴィちゃんでしょ、隣のあなたは?」

「サーラです」


 警戒を見せるサーラは上目遣いでラウラを覗き、ペコっと頭を下げる。


「こっちの可愛い仔は?」

「テール」


 ぶっきらぼうに答えるヴィヴィにも、ラウラはまったく動じない。ニコニコと笑みを見せ、優しくテールの頭を撫でた。


「テールも宜しくね。で、シェルパさん、今日は背負子じゃなくてナイフなんだ」

「ああ、いないよりマシ程度だ。あんたが手伝ってくれて助かるよ」

「グリアムだよ、ラウラ」


 ラウラを覗き込むヴィヴィに少し驚きを見せたが、その真意をすぐに理解する。


「そっかそっか、グリアムさんね。オーケーだよ、ヴィヴィちゃん」


 ダンジョンが近くなり、パーティーの足も忙しくなっていく。

 パーティーの焦燥を映すその足取りに、ラウラは待ったを掛けた。


「待って、待って。まだ、焦るところじゃないよ。焦ってミスをすると、かえって歩みは遅くなる。だから焦らずに行こう、ね」

「だな」


 ラウラの言葉にグリアムが頷くと、ヴィヴィとサーラ、ふたりもそれに続いた。


「下層までは、サーラとヴィヴィをメインにして進み、オレとラウラがフォローに当たる」

「うん、分かった。魔法は?」

「出来るだけ控えろ。深層まで行く事になれば、そこで必要になる。そうならんのが一番だがな」

「うん」


 ヴィヴィが大きく頷き、左腕のハンドボウガンを確認すると、ダンジョンへ続く回廊に足を踏み入れる。人の気配は消え、静けさが漂うダンジョンは普段にも増して不気味さが漂っていた。ただそれが、パーティーの足を鈍らせることは無い。ひたすら下へ下へと突き進むパーティーは、少しばかり異様に映る。すれ違う潜行者(ダイバー)は皆無で、たまにすれ違っても上へ向かう回廊へ急ぐ姿しか無かった。


「ねえねえ、グリアムさん、あの子はひとりで深層まで行っちゃったの?」

「分からんが、もしかしたら⋯⋯な」

「そっか」


 そんな話をしている最中もラウラの曲刀は、迫り来るベイビートロールを両断する。湾曲している外側と内側にも刃を備える変わった代物で、グリアムも初めて見る物だった。

 

さすがA(クラス)。無駄が無い。


「やるねぇ」


 飄々としたキャラクターとは裏腹な鮮やかな剣技に、グリアムは素直に賛辞を向けた。次の瞬間、グリアムもまたベイビートロールの左胸を一突き。核を潰されたベイビートロールは膝から崩れ落ちた。その姿にラウラは俯き、表情を隠すようにニヤリと笑みを零す。その笑みに気付く者はいなかった。

 サーラ、ヴィヴィも道を作る為奮闘を見せる。焦る気持ちを抑え、襲いかかってくるモンスター達を次々に屠っていく。愚直なまでに前へと突き進む背中から、必死の思いはラウラに十分伝わっていた。


「君達もね」


 ラウラは口端を上げ、ヴィヴィとサーラの作った道を進んで行く。


「ラウラさんクラスになると、深層くらい単独(ソロ)で行ってしまうのですか?」


 モンスターの波が収まると、サーラはラウラに問い掛けた。ここまでの道のりで、ラウラが信用に足る人物だと判断したのだろう、出会ったすぐの時とは違い素直な表情を見せている。ラウラはその問い掛けに、首を横に振り答えた。


「行かないよ。【ノーヴァアザリア】(ウチ)だからかも知れないけど、最低でも3人だね。だれかが動けなくなった時に、運ぶ人と守る人が必要でしょう。単独(ソロ)で行くのは、せいぜい下層までかな。そもそもウチは単独(ソロ)を推奨していないんだ。リーダーが心配症なんだよ」

「そうなのですね。ラウラさんほどの人でも、深層には単独(ソロ)では行かないのか⋯⋯」


 ひとり納得の表情を見せるサーラにグリアムが割って入った。


「中には物好きもいるけどな。ただひたすらに、ひとりでどこまで潜れるか試す、バカ野郎(エクストリーム)系がな」

「いるね、ウチの弟がそれだよ。それなりの腕あるからウチに誘ってやったのに、“興味ねえ”って、一蹴しやがってさ。あの子もそんな感じなの?」

「イヴァンか? いや、あいつは違う。あいつの場合は、クラスアップを早くしてえだけだ」

「そっちか~。で、ひとりで突っ走っちゃったのねぇ」

「ぎゃあ! あいつ、出っ⋯⋯!!」


 ヴィヴィの叫びより早く、ラウラの投げたナイフがモノアイを貫いていた。萎んだ風船のごとく地面に落ちたモノアイに、ヴィヴィは叫びを飲み込んだ。


「凄い⋯⋯」

「にゃははは。そう? 何か褒められちったね」


 絶句するサーラを横目に、ラウラは地面に落ちたナイフを、慣れた手つきで拾いあげる。目を剥くサーラの後ろで、グリアムも感服とばかりに軽く口端を上げた。


「ここからが勝負だ」


 15階緩衝地帯(オアシス)へと下りる回廊へ、突貫のパーティーが足を踏み入れる。


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