そのダンジョンの推測と考察 Ⅰ
飛び込むイヴァンの剣先が、いとも簡単にトロールの左胸を貫く。イヴァンが切っ先に力を込めると、核は弾け飛び、トロールは地響きを鳴らしながら仰向けに倒れ込んだ。
グリアムはトロールの躯を漁り、証拠品となる【トロールの堅骨】をテールのサドルバッグへ放り込む。瞬殺に近いクエスト完了に、イヴァンは少なくない不満を見せた。
「歯応えなさ過ぎです」
「いいじゃねえか、楽に稼げて」
「そうですけど、もっと強くなりたいのです」
「はいはい、わかった、わかった。次な、次」
「グリアムさんはそう言って、いつもごまかす」
イヴァンが抱えているB級到達への焦りは、治まるどころか日に日に増している。グリアムがその度に、今はその時じゃないと言い、なだめすかした。
イヴァンはまだ本当の怖さを知らない。
それがグリアムの揺るがない見解だった。
「でも、リーダー、7階にトロールは危険ですよ。N級の方が、いきなりエンカウントしたら、とてもとても危険です」
「珍しいじゃねえか、おまえがまともな事を言うなんて」
「お褒めの言葉ありがとうございます! 師匠」
「いや、褒めてはいねえけど」
「しかし師匠、最近イレギュラーが多過ぎませんか? 危険度が薄いからか問題視されていませんが、以前に対峙したモノアイも、ベイビートロールを盾に使っているって驚いていましたよね。何か異変みたいなものが、ここで起きているのでしょうか」
グリアムもイヴァンも、ヴィヴィまでも、サーラを覗き込み驚きを隠さない。
「サ、サーラが、まともな事を言っている」
絶句するヴィヴィに、グリアムとイヴァンも黙って頷いた。そんな姿の三人に、サーラは少しばかり不満気な表情を見せた。
「そんなにいつも変なことばかり、言っていますか? そんなつもりはまったくないのですが。やはり、ダンジョンの理は気になりますよ、学者の血が騒ぎます」
「ああん?」
「え?」
「サーラ、何言ってんの? 学者さんって頭が良いんだよ」
まったく予期していなかったサーラの言葉は、グリアム達を混乱させ、一斉に怪訝な表情をサーラに向けた。遠回りに毒を吐くヴィヴィはさておき、予想だにしなかったサーラの言葉に、歯応えの無いクエストの事など吹っ飛んでいた。
「おまえが、学者? 地図師じゃねえのか」
「僕もそう思ってました」
「ふたり揃って、何を言っているのですか。方向音痴の地図師なんて、いるわけ無いじゃ無いですか、アハハハハハハ」
高笑いを見せるサーラに、グリアムは眉間に皺を寄せて行く。
何だろう、このちょっとイラつく感じ。
イヴァンは訝し気に首を傾げた。
「じゃあ、どうして地図なんて書いていたの?」
「あら、リーダー気になっちゃいます?」
今度はイヴァンが面倒そうに頷いた。
「みなさんは、ダンジョンがどういう造りかご存知ですか?」
「下に行くにつれて、広くなってんだろ」
「さすが師匠。ただ、今は違う説が謳われています」
顔を見合わすグリアムとイヴァンを無視して、サーラは座り込むと、地面に少し大きな三角をナイフで削り描いた。
「下に行くほど広くなると言うのは、図にするとこんな感じです。確かに少し前まではこれが定説でしたし、実際に確認もされています。では、このまま、最深部までどこまでも広がり続けるのでしょうか? もしそうだとしたら、この世界はダンジョンの上に乗っかっている事になりませんか?」
「世界の土台が、このダンジョンって事か? そんな事ありえるのか?」
「ですよね、師匠もそう思いますよね。なので、現在有力とされている仮説は⋯⋯」
サーラはそう言って、描いた三角形の底辺に逆三角形を描き足し、ダイヤのマークにして見せる。首を傾げながら見つめるグリアムとイヴァンに、サーラはパンパンと手を払い、言葉を続けた。
「このように、最深層部のどこかで広がりのピークを見せ、そこを境に狭くなって行くのではないかと、最新の仮説では考えられています」
「ダンジョンが、この世界の土台はありえんってことか」
「ですです。ダンジョンはあくまでもダンジョンでしかないという考えです。潜行者は下へ下へと向かうため、階層をくまなく探索することは、ほぼありません。特に深層、最深層に関しては、真っ直ぐに下への回廊を目指す為、ほぼ手つかず。私は、まだだれも足を踏み入れていない、そんな場所を覗いてみたいのです。その為に地図は必須じゃないですか」
「サーラが、サーラっぽくないこと言っている」
「ヴィヴィ、おまえの言いたいことは分かる。オレ達は方向音痴の、ポンコツ地図師だと思っていたからな。だが、どうにも考えを改めた方が良さそうだ」
「そんなに褒めないでくださいよ」
「そんなには褒めてねえ」
盛大に照れて見せるサーラを冷ややかに見つめ、少しばかりの疑念はありつつも、サーラの言っている仮説については頷けた。ダンジョンの恩恵は認めつつも、この世界の土台がダンジョンと考えるのは、やはり違和感しか覚えない。
「その最深部には何があるのでしょうか? 凄いお宝が眠っているとかですかね」
目をキラキラさせながら、イヴァンは夢見る少年のような顔を見せる。
「そんなうまい話なんてあるかよ。行ったところで、大したものなんてないのが関の山だ」
「グリアムさんは、夢がありませんね。サーラはどう思う?」
「私ですか? そうですね⋯⋯ダンジョンのエネルギーを作り出す、何かがあるのではないかと思っています。もしかしたら、とてつもなく大きな【アイヴァンミストル】が、ドーンと鎮座しているとか。そんな大きな【アイヴァンミストル】を手に入れたら、一生遊んで暮らせますよ。もしそうなら夢がありますね」
「でも、おまえは下より、横の広がりが気になるんだろ」
「はい。そこにヴィヴィさん達、魔族の生活も隠されていると思います」
ヴィヴィ達、魔族の生活という言葉にヴィヴィはピクリと体を反応させた。だが、サーラの言葉に気を取られ、その反応に気付く者はいない。サーラもそのまま言葉を続けた。
「最深層に近い所はほとんど探索されていません。ですので、手つかずのどこかに、15階のような緩衝地帯があると思っています。食べ物があり、水があって、モンスターの干渉を受けづらい場所。そこにヴィヴィさん達の郷があると思います」
「つまりだ、おまえの望みとヴィヴィの⋯⋯魔族の郷探しは、利害が一致すると」
「ピッタリですよ。ダンジョンにもうひとつの緩衝地帯があるなら、ぜひこの目で確かめたいです!」
目を爛々と輝かせて力説するサーラに、グリアムの顔は曇る。
「相手は魔族だぞ。おまえはいいのか?」
「いいのかって? 何がです?」
「普通の人間は、魔族を忌み嫌う。そして、魔族も地上の人間を憎んでいる」
「でも、それって、行ってみないと分かりませんよね? ヴィヴィさんが、地上の人間を憎んでいるようには見えません。私はこの目で確認していない事に関しては、信じないようにしています。ヴィヴィさんも、【忌み子】と言われている師匠も、私にとっては大切な人達ってだけの話ですよ。そこに種族は関係ありません」
ニコっと満面の笑みを見せるサーラに、グリアムは盛大に照れてしまう。臆面もなく大切と言われ、どう反応すればいいのか戸惑いしかなかった。
大切な人ね⋯⋯。
グリアムの心に懐かしい感情が蘇る。久しぶりのその感情が、グリアムに戸惑いを生んでいた。
「あ! もちろんリーダーも大切な人ですよ」
取って付けたサーラの言葉に、イヴァンは苦めの笑顔を返す。
そんな中ヴィヴィはひとり、表情を隠すようにフードを深く被り直した。
「そういやヴィヴィ、おまえは何か思い出した事あるのか?」
グリアムの問い掛けに、黙って首を横に振る。
ま、そう簡単に思い出せたら苦労しねえか。
「ヴィヴィ、無理に思い出そうとしなくて良いからね」
「うん」
イヴァンの慈しみの籠ったその言葉に、ヴィヴィは静かに頷いた。
絵師の波間様にヴィヴィに引き続き、サーラも描いて頂きました。
戦う学者さんって感じのイメージぴったりのイラストです。
波間様、いつもありがとうございます!




