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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その猫が映すものは

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その猫が映すものは Ⅰ

 ギルドの大きな掲示板に張り出されている大量のクエストを、グリアムは見上げていた。


(なんで【忌み子】がいるんだよ、縁起悪いな。出直すか)

(【忌み子】が、潜るなよな)


 その姿にコソコソと潜行者(ダイバー)達の陰口が、グリアムの耳に届く。だが、そんな言葉など気にすることなく、ゆっくりとクエストを吟味していた。


 行くだけなら15階より下、深層も狙える実力があると言えばあるが、パーティーとしては、まだまだヒヨッコ。もう少し8~10階辺りをうろついて、下層に慣れねえとだよな。


 掲示板を見上げ、下層でのクエストを求める。


 イヴァンは、金を稼ぎたい、ヴィヴィとサーラには経験を積ませんとな。さて、なんかいいクエストないもんかね。

 あ、これ⋯⋯。


 グリアムの手より一瞬早く、女の手がそのクエストを掴み取った。

 ここでは早い者勝ち、グリアムは仕方ないと次のクエストをまた求める。


「【7階 トロールの駆除】。10万ルドラ!? これだけで? 確かに美味しいね、はい」


 静かな声色を響かせ、猫人(キャットピープル)の女は大袈裟に驚いて見せると、そのままグリアムにクエストの発注書を手渡した。【忌み子】であるグリアムに絡んで来る奇特な人間など、この都市には皆無。それだけで、グリアムの警戒を煽るのに充分だった。

 グリアムはその女からひったくるように発注書を受け取ると、無言で立ち去ろうと踵を返す。


「7階にトロールなんて、出るんだっけ? 9とか10からじゃなかった?」


 無言のグリアムにその猫は言葉を続けた。

 グリアムは背中に、氷のような冷たさを感じ、振り返る。口端を上げ、笑みを作って見せる猫の瞳は冷えたままで、グリアムの困惑を誘う。短く整えられた青髪が、冷たさをより強く映し、切れ長の目は、鋭さと危うい美しさを見せていた。足を止めたグリアムに、しなやかな肢体を屈め、値踏みでもするように見下す視線をグリアムに向ける。


「さあな。一匹で10万は美味しいって思っただけだ」

「ふぅ~ん。でも、あなたがやるんじゃないのでしょう? 大丈夫?」


 グリアムの表情はさらに硬くなる。猫の言葉に潜む毒のついた棘が、言葉の端々から伝わって来た。


 こいつはオレをシェルパだと、知っている?


「問題ないさ。討伐はパーティーにまかせて、オレは悠々と道案内するだけだ」

「最近は、シェルパがクエストを吟味するのね。そういう時代なのかしら」

「面倒を押し付けられただけだよ」

「へぇ~、そうなんだ」


 猫は口元だけ笑みを深め、視線は鋭さを増して行く。グリアムは、つま先から頭のてっぺんまで猫を覗いて行った。


 隙がねえ。何なんだ? こいつ。

 何故わざわざ【忌み子】に絡む? いったい何が目的なんだ。


 グリアムの眉間の皺は深くなり、どうにも読めないこの猫人(キャットピープル)に、困惑の様相を深めた。


「もういいか?」

「ちょっと待ってよ。ねぇ、今いくらで契約してるの? 倍出すから私達の案内してくれない?」


 その言葉にグリアムが口端に笑みを零す。


「倍か、悪くない。いいぜ」


 まさかの即答に猫は一瞬、困惑を見せたが、すぐに口元だけの笑みを戻す。


「あら、あっさり交渉成立ね」

「そらそうだ。倍だろ? 断る理由なんてないだろ。で、何階だ?」


 グリアムと猫の視線が絡み合う。互いに腹の内を読みあうふたりは、作った笑みを崩さず微笑みあった。


「⋯⋯29階」


 女の探るような物言いに、グリアムの笑みは深くなり、納得の様を見せると猫も愛想の微笑みを返す。


「悪いな、他当たってくれや。オレが案内出来るのはせいぜい16階までだ。A(クラス)に付き合える腕なんて、ねえよ」


 グリアムは猫の開いた胸元で揺れているタグに、視線を向けた。猫の逡巡に一瞬の静寂が、ふたりの間に流れる。グリアムは黙って猫を見つめ、次の言葉を待った。猫は張り付いた笑みを見せるだけで、言葉は出てこない。


「あれ? グリアムさん? どうしたのですか」

「ミア、ちょうどよかった。こいつを頼む」


 唐突な声掛けに、グリアムは笑みを深めて見せた。よく知る受付の姿に、クエストの発注書を手渡すと止まっていた空気が流れ出す。


「姉ちゃん、下層で遊ぶ気になったら声掛けてくれよ、いつでも案内するぞ。あ! ギャラは倍でな」


 口早にそれだけ言い残し、グリアムはミアの背を押した。


(【忌み子】が⋯⋯)


 遠のくグリアムの背に、猫は呟く。その表情から笑みは消え去り、険しい表情を遠のく背に向けていた。


「ちょ、ちょっとグリアムさん。いいんですか? あの方って⋯⋯」

「ミア、あのA級、だれだ? おまえなら知ってんだろ」


 グリアムはミアの背を押しながら、足早に進む。


「イヤル・ライザック。【ライアークルーク(賢い嘘つき)】リーダー、リオン・カークスの右腕です」

「【ライアークルーク】? 永遠の二番手(エターナルセカンド)か。そういや、何か嗅ぎまわっているって言ってたな」

「ええ。グリアムさん、心当てはないのですか?」

「んなもん、ねえよ」


 アザリアといい、何なんだ。都市が誇る二大パーティーが、何でシェルパごときに絡んでくんだよ。しかも【忌み子】だぜ、有り得んぞ。ほっといてくれねえかな、まったく。


「グリアムさん? どうかしました? 手続しますよ」

「ぁ、あぁ、頼む」


 ミアの言葉で我に帰り、中を彷徨っていたグリアムの視線は、受付へと向き直した。


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