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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その初潜行で初体験

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その初潜行で初体験 Ⅷ

「こいつを頼む」


 グリアムはそっとギルドの受付に丸まった布を五つほど置くと、ミアがゆっくりと中身を確認した。

 ミアはそれが何であるかすぐに理解したのか、解く手つきはゆっくりで、まるでこわれものでも扱う様に、優しい手つきで解いて行く。


「これはどちらで?」

「10階だ。十中八九、モノアイにやられたんだろ」

「そうですか、わざわざありがとうございます。責任を持って担当へ渡しておきますね」

「ああ。頼むよ」


 淡々としたグリアムとミアのやり取りを、【クラウスファミリア】の面々は黙って見守っていた。そして、あの死と直面した現場を思い出し、また表情を強張らせる。


■□


「おふたりとも冷静でしたね」


 帰り道、重い足取りのイヴァンは、少し俯きながらグリアムに声を掛けた。先ほどのグリアムとミアのやり取りに、何か思うところがあったのかも知れない。


「ああん? そうか? ま、知らねえヤツらだったしな、いちいち落ち込んでられるかよ。あいつ(ミア)だってそうだ。これから潜ろうかって時に、受付がめそめそしていたらイヤだろう。裏では知らんがな」

「そうですか。僕もいつか死に慣れるのでしょうか?」

「さあな。でも、死ぬのをビビっているやつの方が、きっと長生きするさ。そう考えれば、無理に慣れることはねえんじゃねえか」

「グリアムさんは、どうなのですか?」

「オレか? どうかな。ま、死にたいとは思わんよ。おまえもそうだろ」

「はい、ですね、死にたくありません」


 イヴァンはグリアムではなく、真っ直ぐ前を見つめながら、はっきりと答えて見せた。


■□


 精神的に疲労した潜行(ダイブ)から数日。落ち着きを取り戻した【クラウスファミリア】は、日常を取り戻す。

 イヴァンは家事に勤しみ、サーラにはミスリルを持たせ、ヤイクの鍛冶屋へと向かわせた。

 そしてグリアムとヴィヴィは、また大きくなったテールを連れて、フルーラの待つ【ルバラテイム】へと、喧騒の中を進んでいた。


「グリアム、フルーラにお願いして、ウチに入って貰おうよ」

「だから、そいつは無理だって」

「なんで? あの人強いよ」

「だから、何遍も言ったろうが、あいつは店を開く為に潜ってただけだって。念願の店を開いたってのに、わざわざ畳むやつなんていねえよ」

「むぅ~」

「むくれても無理なものは無理だ。ほれ、着いたぞ。おい! フルーラ!」


 ヴィヴィがふくれ面のまま、ふたりと一頭は【ルバラテイム】へと吸い込まれて行った。


■□


 フルーラの優しい眼差しが、診察台の上にいるテールに向けられていた。


「あんたは本当に大人しくて、いい仔だね」


 フルーラの手は、大人しくお座りしているテールの美しい白銀毛を優しく愛でる。手を止め、気になる場所を軽く押しては、また次の場所とフルーラの丁寧な触診が続いていた。

 無表情のグリアムが黙ってその様子を眺め、ヴィヴィは目を爛々と輝かし、早々に動物達の元へと駆け出して行く。


「よし! 終わったよ。頑張ったね、ヴィヴィと遊んできな」


 ポンとフルーラがテールの背中を叩くと、小さな長耳兎(セラタロップ)とじゃれ合っているヴィヴィの元へ、テールは飛び出した。ヴィヴィとじゃれ合うテールと兎の姿に、フルーラは柔らかな笑みを見せたが、グリアムへと向き直すとその表情は一変し、眉間に皺を寄せ険しい表情を見せた。


「おい、あれ(テール)は何だ?」

「分かんねえから、あんたの(ルバラテイム)に連れて来てるんだろ。このやり取り、何回繰り返しゃあ気が済むんだよ」


 顎に手を置き鋭い視線を向けるフルーラは一瞬の逡巡を見せ、口を開く。


「前の歯は鋭い牙を持っていて肉食種のものだ。だが、奥の歯は草を擦り潰す草食種の歯をしている。そんな肉食と草食を掛け合わせた動物なんて、見た事も聞いた事もないぞ」

「オレに言われても、分かるわけあるまい」

「それにな、成長スピードも異常だ。こないだまで子犬くらいしかなかったのに、もう中型犬、下手したら大型犬と見まがうほど成長している。どうなっている?」

「だから、知らねえよ。それを調べるのが、あんたの仕事だろ」


 グリアムの言葉にフルーラはまた思考を巡らせた。対峙する未知に対し、答えらしい答えは導けるわけはなく、じゃれ合っているヴィヴィ達を見つめ、大きく溜め息をついて見せた。


「なぁ、あの娘(ヴィヴィ)、魔族だろ。おまえに出会った時と同じ髪色をしている」


 フルーラは自分の頭を指差して見せると、無言を貫くグリアムの剣呑な表情から、答えを汲み取る。フルーラは微笑みを返し、言葉を続けた。


「そう睨むなよ。何も思わんし、他言はしないよ、心配するな。素直で良い娘じゃないか。話を戻すか、とりあえずテールはモンスターの類ではない」

「あ? 卵から生まれた時点で、違うんじゃねえのか。モンスターは、ダンジョンが産み落とすだろ」

「卵がダンジョンから産み落とされていたらどうだ? 可能性は否定出来まい。そうなれば、モンスターの可能性は大きくなるんじゃないのか」

「ま、そうだが、人を襲う感じは全くないぞ。逆に何度かヴィヴィを助けようして、モンスターに飛び掛かかろうとするもんだから、止めるのに苦労したくらいだ」

「なるほどね。しかも、賢いよな」

「だな、聞き分けはいい。ヴィヴィ以外の言葉も、ちゃんと聞くしな」


 グリアムの言葉にフルーラは何度も首を縦に振り、納得して見せる。


「ただ、賢過ぎるんだよ。犬や狼と比べても賢過ぎる」

「いいじゃねえか、馬鹿でこっちの言う事を聞かねえより」

「おまえは本当に何も考えてないのな。ま、今日のところはいい事にしといてやるよ」

「何だよ、その引っ掛かる物言い」


 睨むグリアムを無視して、フルーラはじゃれ合うヴィヴィとテールに視線を戻した。少しの困惑を隠す優しい眼差しのまま、その姿を見つめる。


「まぁ、また連れて来い。人に害をなさないって事は分かった。今はそれでいいだろ」

「いや、どこまでデカくなるのか知りたい。このペースでデカくなられたら、たまったもんじゃねえ」

「それは知らんよ。今後も定期的に連れて来い、いいな」

「言われなくとも連れて来るよ。おーい! ヴィヴィ、帰るぞ」

「えぇ~もう帰るの? 分かったよ。じゃあ、またね」


 名残を惜しむヴィヴィは兎に別れを告げ、渋々とグリアムの後に続いた。


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