その初潜行で初体験 Ⅷ
「こいつを頼む」
グリアムはそっとギルドの受付に丸まった布を五つほど置くと、ミアがゆっくりと中身を確認した。
ミアはそれが何であるかすぐに理解したのか、解く手つきはゆっくりで、まるでこわれものでも扱う様に、優しい手つきで解いて行く。
「これはどちらで?」
「10階だ。十中八九、モノアイにやられたんだろ」
「そうですか、わざわざありがとうございます。責任を持って担当へ渡しておきますね」
「ああ。頼むよ」
淡々としたグリアムとミアのやり取りを、【クラウスファミリア】の面々は黙って見守っていた。そして、あの死と直面した現場を思い出し、また表情を強張らせる。
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「おふたりとも冷静でしたね」
帰り道、重い足取りのイヴァンは、少し俯きながらグリアムに声を掛けた。先ほどのグリアムとミアのやり取りに、何か思うところがあったのかも知れない。
「ああん? そうか? ま、知らねえヤツらだったしな、いちいち落ち込んでられるかよ。あいつだってそうだ。これから潜ろうかって時に、受付がめそめそしていたらイヤだろう。裏では知らんがな」
「そうですか。僕もいつか死に慣れるのでしょうか?」
「さあな。でも、死ぬのをビビっているやつの方が、きっと長生きするさ。そう考えれば、無理に慣れることはねえんじゃねえか」
「グリアムさんは、どうなのですか?」
「オレか? どうかな。ま、死にたいとは思わんよ。おまえもそうだろ」
「はい、ですね、死にたくありません」
イヴァンはグリアムではなく、真っ直ぐ前を見つめながら、はっきりと答えて見せた。
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精神的に疲労した潜行から数日。落ち着きを取り戻した【クラウスファミリア】は、日常を取り戻す。
イヴァンは家事に勤しみ、サーラにはミスリルを持たせ、ヤイクの鍛冶屋へと向かわせた。
そしてグリアムとヴィヴィは、また大きくなったテールを連れて、フルーラの待つ【ルバラテイム】へと、喧騒の中を進んでいた。
「グリアム、フルーラにお願いして、ウチに入って貰おうよ」
「だから、そいつは無理だって」
「なんで? あの人強いよ」
「だから、何遍も言ったろうが、あいつは店を開く為に潜ってただけだって。念願の店を開いたってのに、わざわざ畳むやつなんていねえよ」
「むぅ~」
「むくれても無理なものは無理だ。ほれ、着いたぞ。おい! フルーラ!」
ヴィヴィがふくれ面のまま、ふたりと一頭は【ルバラテイム】へと吸い込まれて行った。
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フルーラの優しい眼差しが、診察台の上にいるテールに向けられていた。
「あんたは本当に大人しくて、いい仔だね」
フルーラの手は、大人しくお座りしているテールの美しい白銀毛を優しく愛でる。手を止め、気になる場所を軽く押しては、また次の場所とフルーラの丁寧な触診が続いていた。
無表情のグリアムが黙ってその様子を眺め、ヴィヴィは目を爛々と輝かし、早々に動物達の元へと駆け出して行く。
「よし! 終わったよ。頑張ったね、ヴィヴィと遊んできな」
ポンとフルーラがテールの背中を叩くと、小さな長耳兎とじゃれ合っているヴィヴィの元へ、テールは飛び出した。ヴィヴィとじゃれ合うテールと兎の姿に、フルーラは柔らかな笑みを見せたが、グリアムへと向き直すとその表情は一変し、眉間に皺を寄せ険しい表情を見せた。
「おい、あれは何だ?」
「分かんねえから、あんたの所に連れて来てるんだろ。このやり取り、何回繰り返しゃあ気が済むんだよ」
顎に手を置き鋭い視線を向けるフルーラは一瞬の逡巡を見せ、口を開く。
「前の歯は鋭い牙を持っていて肉食種のものだ。だが、奥の歯は草を擦り潰す草食種の歯をしている。そんな肉食と草食を掛け合わせた動物なんて、見た事も聞いた事もないぞ」
「オレに言われても、分かるわけあるまい」
「それにな、成長スピードも異常だ。こないだまで子犬くらいしかなかったのに、もう中型犬、下手したら大型犬と見まがうほど成長している。どうなっている?」
「だから、知らねえよ。それを調べるのが、あんたの仕事だろ」
グリアムの言葉にフルーラはまた思考を巡らせた。対峙する未知に対し、答えらしい答えは導けるわけはなく、じゃれ合っているヴィヴィ達を見つめ、大きく溜め息をついて見せた。
「なぁ、あの娘、魔族だろ。おまえに出会った時と同じ髪色をしている」
フルーラは自分の頭を指差して見せると、無言を貫くグリアムの剣呑な表情から、答えを汲み取る。フルーラは微笑みを返し、言葉を続けた。
「そう睨むなよ。何も思わんし、他言はしないよ、心配するな。素直で良い娘じゃないか。話を戻すか、とりあえずテールはモンスターの類ではない」
「あ? 卵から生まれた時点で、違うんじゃねえのか。モンスターは、ダンジョンが産み落とすだろ」
「卵がダンジョンから産み落とされていたらどうだ? 可能性は否定出来まい。そうなれば、モンスターの可能性は大きくなるんじゃないのか」
「ま、そうだが、人を襲う感じは全くないぞ。逆に何度かヴィヴィを助けようして、モンスターに飛び掛かかろうとするもんだから、止めるのに苦労したくらいだ」
「なるほどね。しかも、賢いよな」
「だな、聞き分けはいい。ヴィヴィ以外の言葉も、ちゃんと聞くしな」
グリアムの言葉にフルーラは何度も首を縦に振り、納得して見せる。
「ただ、賢過ぎるんだよ。犬や狼と比べても賢過ぎる」
「いいじゃねえか、馬鹿でこっちの言う事を聞かねえより」
「おまえは本当に何も考えてないのな。ま、今日のところはいい事にしといてやるよ」
「何だよ、その引っ掛かる物言い」
睨むグリアムを無視して、フルーラはじゃれ合うヴィヴィとテールに視線を戻した。少しの困惑を隠す優しい眼差しのまま、その姿を見つめる。
「まぁ、また連れて来い。人に害をなさないって事は分かった。今はそれでいいだろ」
「いや、どこまでデカくなるのか知りたい。このペースでデカくなられたら、たまったもんじゃねえ」
「それは知らんよ。今後も定期的に連れて来い、いいな」
「言われなくとも連れて来るよ。おーい! ヴィヴィ、帰るぞ」
「えぇ~もう帰るの? 分かったよ。じゃあ、またね」
名残を惜しむヴィヴィは兎に別れを告げ、渋々とグリアムの後に続いた。




