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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その初潜行で初体験

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その初潜行で初体験 Ⅵ

 壁に散らばる【アイヴァンミストル】の仄かな光と、グリアムが手にするランタンが、前方を浮かび上がらせた。

 モノアイとの接触(エンカウント)後、すぐにランタンに火を灯し前方のケアに充てる。普段であれば必要としない灯りにさえ、頼りたくなるほどの警戒を、そのエンカウントは呼び起こしていた。

 ダンジョンの下に行くほど【アイヴァンミストル】の光は強くなる。10階ともなれば、ランタンの灯りが無くとも、問題無く進める明度を保つ。だが、モノアイの存在は焦りを呼び起こし、グリアムにランタンの灯を入れさせた。

 こんな時に獣人の目があれば⋯⋯と、無い物ねだりをしてしまうが、無い物は仕方がない。グリアムは拙い灯りを頼りに、前方に最大限の注意を払った。

 モノアイとのエンカウントは、パーティーの口数を減らす。あのヴィヴィですら、真剣な表情で前方を睨んでいた。集中するのはいいが、根の詰めすぎは体力を消耗させる。緊張は足を重くし、重くなった足は神経をすり減らす。そして、パーティーの歩みを遅らせる。そんな負の連鎖に、パーティーは陥っていた。

 

 静かだな。

 

 他のパーティーの気配も、モンスターの気配も感じない。だが、凪いだ空気は集中を切らす。

 ダンジョンは本当に狡猾だ。少しばかり緊張が緩んだところ、それを見越したかのごとくそいつは現れた。ランタンの照らす淡白な光が、異形の影を映し出す。良く知る巨躯の後ろにゆらりと浮かび上がった。

 

 何かが違う。

 

 違和感を覚えながらも、そんな事を考える余裕はなく、グリアムは反射的に叫んでいた。


「下がれー!!」


 その叫びの意味するところをパーティーはすぐに理解した。

緩慢な危険が近づいている。

 ただ、目に映るのは二体のベイビートロールが、通路を塞ぐ姿。パーティーの進路を塞ぎ、こちらへと迫る姿だけが、影のように揺らめいていた。

 後ろに下がりながら、イヴァンは訝る。ベイビートロールごときに、何故気後れすると。


「下がる?? 倒さないのですか?」

「奥を見ろ」


 グリアムの指す通路の奥、ベイビートロールの先をさらに指し示す。イヴァンは目を凝らし、その奥を覗いた。そして、次の瞬間全てを理解した。


「⋯⋯モノアイ」


 ベイビートロールはじりじりと、モノアイの揺らめきに合わせ、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】へと迫る。労を惜しむ事無く仕留められると、そこに焦る姿はなく、むしろ落ち着き払って見えた。

 ゆっくりと、だが着実に後ろへと追いやられていく。

 眼前の地面から、シュっと細い煙が立ち昇る。その光景は、何度見ても背中にイヤな汗が落ちた。


「氷撃つよ」


 ヴィヴィが手をかざすが、グリアムがそれを押さえる。


「ダメだ。ベイビートロールが全部吸っちまう。あいつらは氷にめっぽう強い」

「え? じゃあどうするの?」

「そいつを考えているんだよ⋯⋯下がれ!!」


 クソ、どうなってやがる?!

 こんな事は初めてだ。自分の弱点を補うかのごとく、二体のベイビートロールを盾に使うなんて⋯⋯。まさか、こいつもイレギュラーなのか?


「おい、ヴィヴィ。トロールの隙間から矢で狙え」

「分かった。やってみる⋯⋯って、下がりながらムズイよ」


 手元の狂った矢は、壁や地面に弾かれるだけで、勢いを失った矢がいくつも地面に転がっていった。

 ベイビートロールに対峙しようとした瞬間、モノアイの瞬殺の針が降り注ぐ。だが、ベイビートロールを倒さねばモノアイには届かない。


 まだ10階だぞ。

 ただでさえ面倒なモノアイが、ベイビートロールを盾に使うなんて、どうなってんだ。愚痴を言ったところで始まらないのは百も承知。ロックオンされているこの状態を何とかしねえと。


 目の前の床からシュっと細い煙が何本も立ちのぼる。逃げているだけでは埒が明かないのは分かっているのだが、モノアイの針に近づく事もままならない。

 

 このまま上の回廊に逃げ込むか? ただ、前からエンカウントして、挟み撃ちにでもなれば、逃げ場を失ってそれこそ終わりだ。単体であれば、ここまで苦労するヤツらじゃねえのに。


「行きますよ。このままでは埒が明きません⋯⋯前に進むのみです」

「え?」


 グリアムの惑いなどお構いなしに、イヴァンは前を睨んだ。そして次の瞬間、イヴァンの足は前へと蹴り出して行く。


「サーラ左! ヴィヴィ仕留めて! 頼んだよ!」


 その叫びにサーラも続く。イヴァンは、瞬く間にベイビートロールとの距離を詰める。

 サーラも遅れまいと、イヴァンの速さに喰らい付き、その勢いのままベイビートロールへと飛び込んで行った。


「ハァアアアアアアアーー!!」


 イヴァンの振り抜く刃がベイビートロールの首を切り落とす。


「こんのー!」


 サーラの体重を乗せた回し蹴りが、ベイビートロールの体をくの字に折ると、ベイビートロールの動きが止まった。

 モノアイへの道が開く。


「【氷球(グラシェ)】」


 イヴァンとサーラで作った一瞬の隙。ヴィヴィは逃さず氷の矢を放つ。放たれた青い光は、氷の粒となり、モノアイへの道を貫く。

 モノアイは針を射出する。モノアイもまた、動きの止まった一瞬を見逃さなかった。


「っつ!」


 グリアムはヴィヴィの首根っ子を掴み、後ろへと跳ねる。地面へと無様なダイブをかますと、目の前に細い煙が立ち昇っていた。


「イテテ⋯⋯グリアム、痛いよ。もっと優しくしてよね」

「んな余裕あるか」


 地面から顔を上げれば、崩れ落ちたベイビートロールと、砕け散ったモノアイの残骸が地面に転がっていた。勝負は一瞬。

 グリアムは、上手く行ったと、安堵の溜め息を漏らす。


「ヴィヴィ、グリアムさん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。いきなり突っ込んで行くから、ビビったぞ。サーラもよくついて行ったな」

「へへへ、おほめに預かり恐縮です、師匠」


 まぁ、褒めた⋯⋯のか。

 にしても、10階でここまで神経をすり減らすなんて正直思っても見なかった。


「グリアムさん、早く拾いましょう」

「分かった分かった」


 イヴァンって、こういう現金なところあるよな。

 

 イヴァンが嬉々として、地面に転がる【アイヴァンミストル】を拾い始めた。グリアムもそれに倣い、背負子へ【アイヴァンミストル】の欠片を放り込んでいく。


「あれ? グリアムさーん! これ何ですかね?」

「どうした?」


 イヴァンの指差す先にある鉱石。明らかに【アイヴァンミストル】とは違う、鈍い銀色の拳ふたつ分ほどの鉄塊。


「【アイヴァンミストル】じゃないですよね? 何ですかこれ?」


 首を傾げるイヴァンに、グリアムはニヤリと口端を上げて見せた。


「ハッハァ~、こいつは【ミスリル】だ。まさかのゲットだな」

「おお! やりましたね! これが【ミスリル】か⋯⋯まさかモノアイが食べているとは思いませんでした」


 確かに。

 モノアイから【ミスリル】が出たなんて話は、聞いた事が無いよな。

 どういう事だ?

 ま、今考えても分かるわけねえか。とりあえず、【ミスリル】ゲットだ、よしよし。


「ねぇ、グリアム。いつまでテールを抱えているの?」

「へ?」


 モノアイの遭遇からずっと、グリアムはテールを小脇に抱えていたのを忘れていた。


 うっかりとは言え、オレも緊張に呑まれていたのかね。

 

 グリアムが、テールをそっと下ろすと、恨めし気にこちらを見上げた気がした。

 

 そんな目で見るなって、こっちだって必死だったんだ。


「目標達成ですね」


 イヴァンは屈託のない笑みを、グリアムに向ける。


「まぁ、そうだな。だが、もうモノアイは腹一杯だ。帰るぞ」


 グリアムは上に向かう回廊を指差し、【クラウスファミリア】はそれに続いた。


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