その初潜行で初体験 Ⅴ
「グリアムさん?」
グリアムはイヴァンの問い掛けに答える事もなく、首元からタグを引きちぎり、荷物を漁る。金や小さな貴金属を小さな布に包むと、テールのサドルバッグに詰め込んだ。
その光景にイヴァンは驚きの表情を見せる。
「ちょ、ちょっと、グリアムさん? そ、それ、どうするのですか?」
「モンスターに食われる前に、金目のものを回収してんだよ」
「泥棒!」
ヴィヴィが、汚物でも見るかのように怪訝な表情を向けた。
「ちげぇよ! ギルドに持って帰るんだよ! 身内でもいりゃあ、はした金でも足しにはなんだろ。ま、ここでは、盗む馬鹿の方が多いがな。盗んだ金で吞んだって、美味くねえのによう」
「さすがです、師匠!」
サーラは何か納得したようで、何度も首を縦に振って見せる。
その姿にようやく空気は弛緩し、パーティーの足が前を向いた。刹那、狡猾なダンジョンは、その空気を一変させる。グリアムは再び足を止め、前方を睨んだ。
やはりアイツか⋯⋯。
グリアムの背中にイヤな汗が噴き出す。
目に映るのはプカプカと浮かぶ卵型の巨大な風船が、ゆったりと角を曲がり向かって来る。一見無害にも映る緊張感のない物体が、通路を揺らめいた。
「お前ら! 下がれ!!」
「え?」
「なになに?」
「いいから! 下がれ!!」
戸惑うヴィヴィの首根っ子を掴み後ろへ放り投げた。その必死な姿にイヴァンもサーラも後ろへと跳ねる。刹那、眼前の地面からシュっと細い煙が幾筋も立った。そして奥に浮かぶ巨大な卵型の風船がゆらりと距離を詰める。
ゲイザーとは違う真っ青な体に、びっしりと小さな目が体を一周している。プカプカと浮かび漂う姿に緊張感は薄い。その毒々しい青が、不気味に映り不安を煽った。
「ヴィヴィ! 氷だ! 早く! 下がれ!!」
「え!? あ、うん。分かった⋯⋯【氷球】」
パーティーが再びに後ろに跳ねると、地面にまた細い煙が立ち昇る。
ヴィヴィの放った何千もの氷の粒が不気味な卵へと向かって行く。まばたきの間に、氷粒はその不気味な卵を貫き、粉微塵に砕け散った。
「はぁ~」
グリアムがホッと大きく息を吐き出すと、三人は不思議そうに顔を見合わせた。何が起きたのか、理解出来ていないのが分かる。
「あれはモノアイ。10階の初見殺しだ。ここを見てみろ」
グリアムが床を指差すと、いくつもの小さな針が突き刺さっていた。イヴァンがそれに手を伸ばす。
「触るな。そいつの先には致死量の神経毒が塗られている」
「え?」
イヴァンの手は止まり、致死量という言葉に三人は緊張を走らせた。先ほど見た光景が、イヤでも脳裏にフラッシュバックする。
「師匠、これはどこから飛んで来たのですか? あの⋯⋯モノアイからですよね? 打ち出した形跡が、見当たらなかったのですが??」
「そうそう」
サーラが首を捻ると、ヴィヴィもそれに頷いた。
「こいつはモノアイの脳天から音も無く射出されたんだ。攻撃してくる気配を感じなかっただろ? だから、初めて出会うと様子を見てしまう。その隙に上から神経毒の針を降らすんだ。気付いたときには、手遅れ。神経毒にやられて終いだ。だから初見殺しと呼ばれている」
「なるほど。攻撃の気配が無ければ、一瞬油断してしまいますね」
「ああ。しかも、ある程度距離があれば、なおさら様子を見ちまう」
「グリアム、この毒ってどうなるの?」
「気道が腫れて、呼吸が出来なくなる。こいつにやられたやつらは、みんな苦悶の表情を浮かべて死んでいる」
ヴィヴィは目を剥いて驚きの表情を見せ、サーラは自身を抱きしめながら身震いして見せた。先ほどの光景と寸分違わず重なりを見せる。狡猾なダンジョンの一面を実際に目の当たりにして、パーティーの表情はいま一度引き締まった。
「あいつの針は寸分違わず、見つけたヤツを狙い撃つ。だから逆に、すぐ移動すれば針の餌食になる事は無いんだ」
「見つけた時点でロックオンしてくるのですね」
「イヴァン、それ。そう言う事。今回の(ダンジョンの)哭きはモノアイに注意だ。採取時のエンカウントも面倒なんだよな」
採取時は避けるにしても、一瞬動きが遅れてしまう。ましてや、獲物を見つけて、壁の削り出しに集中していようものなら尚の事だ。
グリアムがモノアイの朽ちた残骸を漁っていると、物珍し気にイヴァンが覗き込んで来た。
「随分と熱心ですね」
「そうか? まぁ、こいつら壁の【アイヴァンミストル】を食うんだ。目が一杯並んで見えたろう、目はひとつだけであとは全部【アイヴァンミストル】だ。なんで、うまくいけば⋯⋯こんな風に【アイヴァンミストル】の塊が手に入る」
拳大の【アイヴァンミストル】をふたつ、イヴァンの前に差し出すとイヴァンの顔は少年のように綻んだ。
「凄いじゃないですか! 倒しまくりましょう!」
「いや、さっきも言ったが厄介なんだよ、こいつら」
イヴァンは少し不満気な態度を見せるが、出来る事なら会いたくないのは間違い無かった。グリアムは取り敢えず背負子に取れたての【アイヴァンミストル】を放り込み、背負い直す。
「行くぞ」
いつものひと声に、パーティーはまた、顔を上げていった。




