その初潜行で初体験 Ⅳ
「ふぅ~、やりましたね」
「サーラお疲れ、ヴィヴィもありがとう。助かったよ」
「でしょでしょ」
「お疲れモードのところ悪いが、イヴァンとサーラは、これを飲んでおけ。今のは、準備運動に過ぎん。まだまだ厄介なヤツが隠れていると思え」
グリアムがテールのサドルバッグから小瓶を取り出し、イヴァンとサーラに手渡した。サーラは露骨にイヤな顔をしたが、グリアムが睨みつけるとイヤイヤながら口を付ける。
「ま、まずいです⋯⋯師匠。これ、苦手なんですよ」
「我慢しろ」
軽口叩けるのは、傷が軽い証拠か。まぁ、今回の所は良しとしてやるか。
グリアムとヴィヴィはその間に、矢の回収とドロップアイテムを取集していく。だが、何かを手にしても、グリアムはすぐにポイと投げ捨てた。
さすがにホブゴブリンじゃ、数いたところで何もねえ。苦労の割に合わんな。
「おい、いいか。行くぞ」
三人の頷きを確認すると、パーティーは更に奥へと歩を進めた。
■□■□
「ちょ⋯⋯ちょっと止まるぞ」
「どうしたんです、モンスターですか!?」
グリアムの上ずった声にイヴァンが不安を見せた。
フフフ、いや違う。モンスターなんかじゃねえ。
「こいつを見ろ」
「うん? 何ですかこれ?」
グリアムが胸を張って指した赤土色の壁には、微かな銀色がチラリと顔を出している。イヴァンは首を傾げ、グリアムは明らかに壁と違う輝きに思わず興奮していた。
「ミスリルだ。ようやく、あいつらの取りこぼしを見つけたぞ。こいつを削り出すから、警戒を頼む」
「これが⋯⋯ミスリルですか。分かりました、任せて下さい。サーラ、ヴィヴィ。グリアムさんを守るよ」
「分かりました」
「うん、了解」
グリアムがパーティーに背中を預け、ゆっくりと岩壁を削って行く。
いいぞ、こいつはなかなかのデカさだ。
その手触りにグリアムは興奮を隠せず、壁を削るピッケルの動きが忙しくなっていった。
パラパラと落ちる壁の量に比例して、ミスリルは露わになっていく。傷を付けないようにと、ピッケルさばきは慎重になっていった。
フフフ、こいつはいい。かなりデカイ。
「どうですか? 終わりそうですか」
「まぁ、そう慌てるなって。コイツはいいぞ」
「グリアムがこんな嬉しそうなの珍しいね」
「金になるんだから、テンションあがるってもんだ。サーラの装備を見直したとしても、たんまり釣りが出るデカさだ」
グリアムは手を止める事なく、壁を削り続けた。赤ん坊の頭ほど顔を出すが、全容はまだ見えない。
いいね、いいね。こいつは、かなりの儲けになるぞ。
「あ!?」
イヴァンが辺りを見渡した。刹那、ズズンという地響きと共にダンジョンが揺れた。
え? 待って、うそうそ。
「ちょっと待ってーーーーー!!」
露わになっていたミスリルが、無情にも壁の奥へと飲み込まれて行く。
ダンジョンが哭いた。
それはダンジョンがリセットされ、新たなモンスターが吐き出される合図だった。そして、壁に潜む鉱石類も同時にリセットされてしまう。
いや、確かにリセットされれば、探しやすくなるよ。でも、もう少し、哭くの待ってくれても良かったんじゃねえ? あともうちょっと、もう少しで削り出せたってのに⋯⋯。
グリアムは肩を落とし、盛大にうな垂れてしまう。
「⋯⋯ドンマイ」
ポンとグリアムの肩に手が置かれ、そちらに振り返ると、ヴィヴィが親指を立てていた。
お前にこの悔しさは分かるまい、クッソ!
「グリアムさん、ひとつ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「不満とかでは無いのですが、先日ふたりで11階まで行きましたよね。ふたりでも行けるのに、どうして今回は10階止まりなのですか?」
そう言って、イヴァンが首を傾げて見せる。言っている通り不満があるわけではなく、純粋な疑問だとその表情から見て取れた。
「前回は守るべき者がいなかった。今回は守るべき者がいる。まぁ、実力的に11階なら行けるとは思うが、潜るのに慣れていない人間と、守るのに慣れていない人間。経験不足を舐めてかかると、エライ目に遭うのがダンジョンだ。だから、少しずつ慣れていくのが、一番の近道なんだ。生きて帰るのが最優先、だろう?」
「そうですね。分かりました」
グリアムはイヴァンの屈託のない笑顔に、照れ臭さを隠す。こうも真っ直ぐな人間と相対するのが久しぶり過ぎて、感情の置き所に困ってしまう。
クソみたいな輩ばかり相手にしてたものなぁ。
昔はどうしていたっけか⋯⋯。
「そうだ! ついでにもうひとついいですか?」
「ああ、構わん」
「前々から思っていたのですが、罠って、思ったほど多くないですよね? 何か理由はあるのですかね?」
「さあな。そいつはダンジョンに聞いてくれ。ただ、すげえ狡猾だと思わんか? 多過ぎず、少な過ぎずだ。多ければ、みんなが警戒してなかなか嵌まらない。少な過ぎても嵌まらない。罠なんて無いじゃんと思い、気を抜く。と、そこに口を開けて待ち構えている。そして人と認識したものしか飛ばさない。モンスターで飛ぶのは原人くらいだ」
「随分と都合がいいですね」
「ダンジョンだからな」
最後の一言が答えになっているとは思えないが、そうとしか答えようが無かった。納得したのかしていないのか分からない微笑みをイヴァンは湛え、ダンジョンの奥を見据えた。
グリアムの足が唐突に止まる。後方を行くパーティーは訝しげに前方を覗き込み、息を飲み込んだ。
首を両手で押さえ、苦悶の表情を浮かべる物言わぬ潜行者達が、床に転がっている。予期せぬ遭遇は、パーティーの思考を停止させ、前に向かう足を止めた。
「グリアム⋯⋯」
辛うじてヴィヴィから出た言葉に、グリアムは険しい表情を返した。
初めて触れる、人の死の感覚は生々しく、恐怖が一瞬で包み込む。そんなパーティーをグリアムは一瞥するだけで、横たわる体の側に膝を付いた。




