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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その初潜行で初体験

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その初潜行で初体験 Ⅲ

 壁は、灰色から少しばかり赤味を映し出す。その赤は階層が下に行くほど、赤味を濃くしていった。その赤は、ここで散った人間の血によるものなのか。

 

 10階。壁は本格的に赤土色を見せ、慣れた者でさえ背筋を正す。(トラップ)の現れる階層に到達を示唆する赤土色の壁に、イヴァンの表情は固くなっていた。


 以前のあれは明らかなイレギュラーだった。


 同じ轍を踏まぬよう、グリアムは集中を一段階上げ、赤土色の壁をそっと撫でる。


「サーラ、お前は(トラップ)は見えるのか?」

「はい。大体分かります。地面の(トラップ)なら大丈夫です」

「そうか。イヴァン、お前はどうだ?」

「すいません、分かりません」

「はーい、はーい! 私は分かるよ。人呑床(ひとのみのゆか)でしょう?」

「ひ、人呑床?」


 グリアムは、聞きなれない呼称に思わず聞き返してしまう。


 まぁ、言わんとしている事は何となく分かった。


「違うの?」

「あ、いや、そいつだ。分かるならいい⋯⋯」

「ヴィヴィさんの故郷では、そう呼ぶのですね。確かに消えますものね」

「でしょでしょ~」


 うん? ヴィヴィの故郷? サーラの言葉を思わずスルーしそうになったが、故郷? まさか⋯⋯。


 グリアムはそっとイヴァンの耳元に口を寄せる。


(おい、イヴァン。ヴィヴィの故郷の話ってどうなっている?)

(え? どうもこうも、全部話しましたよ? どうしてですか?)

(全部か?)

(全部です)

(一から十まで?)

(はい。一から十まで)

 

 キョトンとしてるけど、お前⋯⋯。簡単に秘密バラすか? まったく頭いてぇ。


「おい! サーラ」

「何ですか、師匠」

「ヴィヴィの話は他言無用だ。いいな」

「分かりました⋯⋯?」

「何でそこ疑問形になるんだ。分かれ、いいな」

「はい!」


 こっちの気疲れなんざぁ、微塵も考えてねえんだ、こいつら。次からはうかつな発言にも気を抜けんのか、まったく溜め息しかでねえぞ。


「あ、グリアム。そこ危ないよ」

「おっと、すまん。助かった」

「フフン。気抜いたらダメだからね」

「左様でございますな」


 確かにヴィヴィの言う通りだ。

 静かなダンジョンが、人を飲み込もうと手ぐすねを引き始めた。油断は禁物だ。他人(ひと)に言っておいて、自分がこれじゃあ、かっこつかんな。気を引き締めんと。


 グリアムは、腰に下げていたランプを手にして壁を照らし、仄かな灯に目を凝らす。気になった岩肌を指で軽く撫で、その感触をゆっくりと吟味した。


 また外れだ。


 パラパラと落ちるだけの岩壁に、グリアムは思わず溜め息を零してしまう。そこら中に散見する掘り返しの跡を見つめ、眦を掻いた。


「グリアムさん、どうかしました?」

「こいつを見てみろ。あっちもこっちも掘り返した跡だ。まったく、さっきすれ違ったやつらだろうな。根こそぎ掘っていきやがった」

「それじゃあ、さっき言っていたミスリルは手に入らないのですか?」

「まぁ、全てを掘ったって事はあるまい。残ってはいると思うが、探すのは難儀だな。これが今回の目的じゃねえし、無いならないで悔しいが仕方あるまい」

「そうですか⋯⋯僕も気に掛けてみます」

「ああ。だが、お前の本業はモンスター退治だ。そっちをおろそかにするなよ」

「はい」


 地面や壁に睨みを利かし、パーティーはゆっくりと進む。歩みを急ぐ理由も無し、焦る必要は無かった。

 何の気配も感じない。後ろに控える【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の足音だけが、グリアムの耳に届く。


 こういう時が、意外にヤバい。これだけエンカウントが無いのは、さすがに気持ち悪いな。またデカイのが来るとか勘弁してくれよ⋯⋯。


「気を抜くな、いつ来るか分からんぞ」


 素直に頷くパーティーに(おご)りは見当たらない。集中は途切れる事なく、神経を研ぎ澄ましていた。


「来ます!」


 その声の直後、ギチギチと明らかに人では無い、イヤな音が届く。T字路の先に蠢く影をイヴァンがいち早く察した。


『『ギャア! ギャ! ギャア! ギャ!』』


 濁った瞳を不気味に光らせ、ホブゴブリンの大群がこちらへと向かって来るのが見える。ちと数が多いな。雑魚とはいえ、この数⋯⋯20はくだらんか。だが、これくらいは乗り越えてくれんと。つか、乗り越えて見せろ。


「行くね」


 ヴィヴィがハンドボウガンを構えた。⋯⋯10m、9m、8mと緑体の大群が、パーティーとの距離を一気に詰めて来る。

 迫る小さな緑体の大群に、ヴィヴィの集中が上がっていった。そして小さな緑体は、ヴィヴィの射程圏内に入る。


 カシュッ! カシュッ!


 ハンドボウガンは乾いた音と共に、ホブゴブリンの眉間を次々に撃ち抜いてた。だが、倒れる同胞を構う事なく踏みつけ、大群のスピードは落ちない。


「ヴィヴィ下がって! サーラ!」

「はい!」


 イヴァンの刃は大群に向けられ、サーラは鉄の拳を、力強く突き合わせた。

 ヴィヴィと入れ替わるようにして、イヴァンとサーラが前へ出る。押し寄せるホブゴブリンの波に、イヴァンの刃は大群の姿を反射し、サーラはいつでも飛び込めると拳を構えた。


「カウントで飛び込むよ! 3、2⋯⋯」

「ハアッーーーーー!!」

「ちょっと、サーラ! 早いよ!」


 サーラの長い黒髪が、激しく左右に揺れる。振り抜く拳は、ホブゴブリンのこめかみを正確に打ち抜いた。断末魔を上げる時間さえ与えない。ホブゴブリンは、次々に崩れ落ちていく。

 イヴァンの剣が横一閃、掛け声と共に振られる。イヴァンの刃が風切り音と共に、ホブゴブリンの首を跳ね上げた。ひと振りで、いくつもの首を地面に転がす。

 同胞がいくら倒れようと怯む事はない。獲物を狙う群れが、イヴァンとサーラを囲んでいった。


「ハァーッツ!!」


 サーラの鉄踵が見事な円を描き、吹き飛ばす。鈍い音を鳴らし、ホブゴブリンの首はあらぬ方へとねじ曲がっていた。


「ヴィヴィ! 援護しろ! テール! ⋯⋯お前はダメだ」

「分かっているって!」


 グリアムは、群れに突っ込もうとするテールの首根っ子を押さえ、脇に抱え込む。ヴィヴィの狙いすました矢は、ふたりを囲む緑体の円を、外側から崩しに掛かった。


「ちょっと! 多過ぎない!?」

「ヴィヴィ! 休むな」


 数のゴリ押しは、体力をひたすら削られる。単体では何て事の無い相手でも、時間と共にパーティーの勢いは落ちていった。スピードの劣化は相手を勢い付けさせ、醜い爪が囲まれたふたりの肩や背中に届き始める。

 

 ヴィヴィの魔法、イヴァンのエンチャントを使えば乗り越えるのは容易い。だが、使うべきは、ここじゃあねえ。

 どうする?

 

 グリアムは後ろ腰に差しているナイフに手を掛け、いつでも飛び込める準備をした。


「グリアム、大丈夫、大丈夫だから⋯⋯」


 ヴィヴィが矢を補充しながら静かに言う。その言葉から、自分達だけでやり切る強い意志みたいなものをグリアムは感じ取った。


「そうか⋯⋯任せた」

「うん。任せて」


 グリアムはその言葉に、ナイフから手を外す。大丈夫と言っているヴィヴィの言葉を信じた。

 イヴァンとサーラを囲むホブゴブリンの輪が崩れ始める。ヴィヴィの削りが、実を結び始めた。ここが勝負所と、イヴァンとサーラは視線を交わす。掛け声と共に一気に勝負に出た。


「ハァッー!!」

「シッ!!」


 サーラの踵が再びその輪を吹き飛ばす。イヴァンの鋭い振りに、ホブゴブリンの首が次々に跳ねられていく。崩壊するホブゴブリンの輪に、ふたりは最後の力を振り絞る。


『⋯⋯ゴガァッ』


 最後の一匹、その眉間にヴィヴィの矢が深々と突き刺さると、ホブゴブリンの群れは完全に沈黙する。


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