その迷惑の先にあるのは Ⅶ
グリアムは黙ってイヴァンの答えを待つ。サーラもまた、イヴァンの口元を、固唾を飲んで見守っていた。
「う~ん⋯⋯」
グリアムとミアの思いが、グリアムの思いをグラグラと揺らし、思いは揺れに揺れる。やがてイヴァンの視線は、溜め息と共に静かにサーラへと向いていく。その溜め息が何を意味するのかサーラは分からず、ゴクリと生唾を飲み込むと緊張の度合いを上げていった。
「⋯⋯分かりました、メンバーとして迎え入れます」
「ええっ~!? そうなの~!?」
イヴァンの言葉は、ヴィヴィの想像と違ったのだろう。少し不貞腐れたものの、渋々とその言葉を受け入れた。その渋い表情に、イヴァンは苦い笑みを返す。
「グリアムさんとミアさんに推されたら、そうなるよね」
「ま、イヴァンがそう言うなら⋯⋯いいけどさ」
「ありがとうございます! が、頑張ります。サーラ・アムと申します。只今D級で足踏みしている最中です。宜しくお願いします!」
「僕はイヴァン・クラウス。先日C級に上がりました」
「さすがです!」
「⋯⋯ヴィヴィ」
「宜しくお願いします、ヴィヴィさん!」
グリアムはその様子を黙って見守っていた。その表情にうっすらと笑みも見える。
ツンツンのヴィヴィにも笑顔を見せるなんざぁ、メンタル最強か? それとも、空気読めないバカか? まぁ、でもこのバカみたいに前向きな空気はパーティーに必要だ。これで下を目指す戦力がひとり増えたな。二人にとっても悪くない選択なはずだ。
「あの⋯⋯案内人さんのお名前は⋯⋯グリアムさんで宜しいですか?」
予想していなかった言葉に、グリアムは少し慌ててしまう。
「あ、あぁ、そうだ。まぁ、あんまり気にしなくていいぞ」
「グリアム・ローデンだよ」
「グリアム・ローデンさんですか! 教えてくれて、ありがとうございます、ヴィヴィさん」
「仕方ない⋯⋯さんを取って、ヴィヴィと呼ぶのを許そう。グリアムの名前をちゃんと聞いたからな」
なにそのツンデレ。
イヴァンは突然立ち上がり、ピシッとサーラに指を差して見せた。
「ウチのパーティーでは案内人とは呼ばないで下さい。ちゃんと名前で呼ぶように」
「分かりました! リーダー! あ! 名前ではなく、先生と呼んでもいいですか?」
「はぁ?!」
グリアムの困惑を余所に、イヴァンは大きく頷いて見せた。
「いいでしょう。許可します」
「ありがとうございます」
へ? 勝手に話を進めるな。
「いやいや、ダメだダメだ。他人が聞いたら、頭のおかしいやつと思われるぞ」
「思われません」
グリアムの慌てふためく姿など気にも留めず、イヴァンは何故か胸を張る。
おいおい勘弁してくれよ。面倒事になるのはゴメンだぞ。
「またクソみたいなパーティーが、こいつを餌に絡んでくるぞ。良いのか? 良くないだろ?」
「僕が強くなって、言わせません」
「おお! リーダーカッコイイ!!」
「おまえ、イヴァンの凄さが分かったか!」
「ややこしくなるから、ヴィヴィは少し黙っていろ!」
今度はヴィヴィが、サーラに胸を張って見せる。
何だかもうすこぶる面倒臭い。これからこんなんが続くの? 推したの失敗だったかな。
「グリアムさんが導いてくれたので、今があるのです。その事実は変えられません」
「そうだ、そうだ」
「分かったから! でも、先生は止めてくれ。本当に。ダンジョンで、からかわれまくるぞ」
「仕方ないですね。止めてあげますよ」
サーラはヤレヤレと肩をすくめて見せた。
う~ん? 何だろうか⋯⋯オレが我儘を言っているみたいになってない?
「あ!」
サーラは何か思いついたのかポンと手を打った。
「今度は何だよ」
「先生は止めます!」
「そうか。分かったか⋯⋯」
「師匠と呼びます」
「は?」
「それでもいいでしょう」
「え?」
「よし、ヴィヴィが許可する」
「何て?」
何だかもう、また疲れるやつが増えただけなのか。オレ可哀想。だれもオレの言う事なんて、聞いていないものな。
「そう言えば、サーラはどうして上り回廊とは逆方向から現れたの? あの後、探索していたの?」
確かにイヴァンの言う通りだ。来た道を逆走してくるなら分かる。だが、サーラの出て来た方向を考えるとぐるっと、しかもかなり大回りしないとならない。上を目指していたと考えるならば、解せないよな。
「いえいえ。教わった通りに上り回廊を目指していたのですが、ホブゴブリンの群れとエンカウントしちゃったんですよ。そうすると右に避けたり、左に避けたりするじゃないですか」
サーラは大きな身振り手振りで、その様子を伝える。
「⋯⋯お? おお」
「そしたら、今度はあのトロールが現れて、また右に避けたり、左に避けたりしますよね」
「⋯⋯あ? ああ⋯⋯?」
オレは一体何を聞かされているんだ?
「そうなると、もうどっちを向いたのか分からなくなりますよね!」
「へ?」
え? 何を言っているの? モンスターに追われて、どっちを向いていたか分からなくなった? って話? え? どういう事? 地図師だよね??
「それでサーラは明後日の方向から現れたんだ」
「そうなのですよ。リーダー達と再会出来たのはラッキーでしたよ」
イヴァンの言葉に、サーラはニコニコと大きく頷く。
は? なにイヴァンは、あっさり納得しているんだ? 地図師だろ? 書き掛けの地図を肩から下げていたし。え? 何? 違うの? すげぇ混乱する。
「おまえ、地図師だろ? 書きかけの地図を掛けていたよな? 違うのか?」
「地図師? え? 私がですか? 地図は描けます! ただ、ちょいちょいどっち向いているか分からなくなるだけです、それだけですよ」
「それだけ⋯⋯って⋯⋯え?」
「え?」
困惑するグリアムに、サーラは不思議なものでも見ているかのごとく首をかしげて見せた。
何、その私、おかしな事言っています? 的なリアクション。方向音痴の地図師なんて聞いた事ないし、それでどうして地図書けるんだ?
あ! 実は適当に書いているだけとか。
「ちょっと見せてみろ」
「今、書きかけしかないけど、それでもいいですか」
「いいよ、早く見せろ」
⋯⋯合っている。
差し出されたのは、遭遇した9階の書きかけの地図。足らない所も多いが、書かれている所はしっかりとマッピング出来ていた。
なんで? いや、むしろマッピング出来るのになんで迷うかな?
「ど、どうですか? ちゃんと描けていますか?」
「⋯⋯ああ。描けている」
「やったぁ! 師匠のお墨付きを頂きました」
「頂いてねえ!」
地図は書けるが、案内は出来ないやつだと無理くりに納得するしかねえのか? 地図師というより、拳闘師として考えるか。それなら戦力として計算出来る。地図の書ける拳闘師。よし、納得した。
グリアムもまた無理くりに納得を試みた。
「グリアムさん、次はどうします?」
「まずは10階だ。そこは変わらん」
「師匠、私、C級に上がりたいのですが」
少し驚いた顔でサーラが懇願して来た。
気持ちは分かるが焦る所じゃない。
「焦るな。9、10階あたりから様相がコロっと変わる。舐めてかかると痛い目に遭うってやつだ。おまえ自身、9階でヤバかったじゃねえか。まずは10階を目指す。いいな」
「分かりました」
「潜って、稼いで、下層へのアタックの準備をしろ。何事も一歩ずつだ」
三人はグリアムの言葉に黙って頷いた。
さて、また準備するか。
「あ!」
「今度は何だ、ヴィヴィ」
「テールがまた大きくなっている」
「んな、馬鹿な⋯⋯って、マジか⋯⋯」
スヤスヤと床で寝ているテールに目を向け、ヴィヴィの言葉に驚きを持って頷くしかなかった。サーラに気を取られていたが、よく見れば小型犬から中型犬くらいになっていた。
成長早過ぎねえか? この調子でデカくなったら、一体どこまでデカくなるんだ? 次の潜行が終わったら、またフルーラの所に連れて行くか。




