その真実と不穏 Ⅲ
門番が大きな門を開くと、【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地に、一台の馬車が吸い込まれていった。
建物の敷地の中とは思えぬほど長い林道を奥へと進み、突き当りにある大きな建物の前で止まると、少し慌てた様子のバルバラと側近のユーリア、そしてミアが、建物の中へ消えていった。
三人が案内された先は、会議室として使用している大広間。そこにはすでに【ノーヴァアザリア】のセカンドパーティーを含む主要メンバーと、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】のメンバーが、長いテーブルに腰を下ろし、三人を待ち構えていた。
「遅くなってしまったわね」
「大丈夫です。お座りになって下さい」
アザリアが、三人のエルフを椅子へと誘う。バルバラ達が席に着くのを確認すると、アザリアはあらためて顔を上げた。
「みなさん、急な呼び出しで申し訳ありません。我々と【クラウスファミリア】の動きで、ギルド副長であるルーファス・ヨゼフレナーの悪行を白日の下にさらすことができました」
アザリアの良く通る声が広間に響き渡ると、この場にいる者達の表情が引き締まる。
「【クラウスファミリア】の、あの子はいないのね」
バルバラが広間を見回し、イヴァンがいないことに気付いた。
「あいつは別用で、実家に帰郷中だ。まぁ、あいつなりに動いているんで、気にしないでくれ」
「そう」
バルバラはグリアムの言葉に素っ気ない返事を返し、アザリアの話へと集中し直す。
「今、分かっていることは、緩衝地帯で快楽薬を撒いている大元はルーファス。そして、運んでいるのは【ライアークルーク(賢い噓つき)】。ただし、綿密な連携は取れていないと、オッタくんの情報から考えられます」
「オレもそいつに一票だ。この間のレンとノーラの飲み屋の様子からも、仲良しとは思えねぇ」
シンが軽く手を上げながら、アザリアの言葉に付け加えた。
「オレはあまりこっちの世界に詳しくないのであれだが、ギルドって潜行者を下に見ているのか?」
オッタの素朴な疑問に、ミアはすぐに反応した。
「そ、そんなことありませんよ! 少なくとも、直接やり取りする私達受付は、潜行者の皆さんを下に見ているなんてことはありません」
「そうか」
すぐ納得を見せるオッタに、グリアムが言葉を付け加える。
「ミアの言う通り、基本は対等だ。どちらが欠けても生活できねえからな。ルーファス達がおかしいだけだ」
オッタが素直にうなずくと、アザリアが言葉を続けた。
「ルーファスは薬を撒くことによって、【アイヴァンミストル】の買い取りに使ったお金を回収している⋯⋯って、ことで間違いありませんか?」
「ええ」
アザリアは、バルバラに答えを確認したうえで続ける。
「財源の確保という理由だけで、潜行者達を廃人にしている現状は看過できません。ギルドと連携して、対応を急ぐべきだと考えます」
アザリアはきっぱりと言い切ると、グリアムがそれに続いた。
「そんで【ライアークルーク】は儲けた金で、潜行ときた。ルーファスにしても、【ライアークルーク】にしても、廃人がいくら増えようとも気にも留めねえ。ま、薬に手を出す方も出す方だが、今回の薬は相当にタチが悪い」
「そうなんです」
アザリアの潜行者を憂う悲痛な視線と、グリアムの憤りを孕む視線が交錯する。この話題になると、どうしてもアクスの姿がフラッシュバックしてしまい、グリアムは苛立ちを抑えられなかった。
「使い物にならなくなったエーリッヒの代わりは、ノーラで間違いない。具体的なやり取りはなかったが、近いうちにまた接触するだろう」
シンは、【銀鈴亭】で見たままを冷静に伝える。
「オレ達が見たときは【ライアークルーク】の本拠地に近い奥まった林の中だった。毎回会合場所を変えている可能性もあるな」
オッタはシンの言葉を受けて、ルーファスと【ライアークルーク】の行動について思案を巡らす。そしてシンも同様に、次の動きについて考えていた。
「ああ。それに【ライアークルーク】は、ルーファス側の全容を理解できていない。ノーラを足掛かりにして、ルーファスを洗う可能性は極めて高い」
「間違いなくするだろう」
「どっちに張り付くかだな……」
「ノーラの方が与しやすいんじゃねえか」
「かもな」
オッタとシン、曲者同士が同じ意見で落ち着いた。
「リオンのヤツは薬の販路の乗っ取りを考えているぜ」
「ルカスくん、それってどういうこと?」
アザリアが、困惑の表情を浮かべる。
「【ライアークルーク】は、ルーファスを必死に洗っているんだろう? 乗っ取る気だぜ」
「あんたは本当に言葉足らずだね。まぁ、リオンの性格上、精製場所を突き止めて乗っ取る気だよ。アイツの性格は、よく知っているからね。まぁ、ルーファスも、それを分かったうえで手を組んでいるのかも。素性を頑なに隠したいのは、リオンのことを警戒しているってのもあるかもね」
言葉を付け加えたラウラに、『ケッ!』と、ルカスはそっぽを向いてしまう。
グリアムはその言葉を受けて、自身の懸念を口にする。
「精製場所は確かに気になる。それに、地上でまったく出回ってねえってのが、気持ち悪い」
グリアムの言葉にバルバラとユーリアは顔を見合わせた。同じところが気になったのであろう、ユーリアはそのまま疑問を投げかける。
「グリアムさん、それってどういうこと? 何で出回らないのが気持ち悪いの?」
「多かれ少なかれ、金になるものだぜ。精製場所で働いているヤツらも、どうせロクなもんじゃねえってのが常だ。作っている最中にちょいとくすねて、小遣いの足しにするくらい訳ねえはずだし、それが普通だ。だが、地上にはビタイチ出回ってねえ」
「厳しく管理しているんじゃないの?」
「そんなもん悪知恵働かせてどうにでもなる」
ユーリアは軽く唸り、納得したのかしていないのか、天井を見つめたまま固まってしまった。
「確かにあんたの言う通り、出回っていないのは気持ち悪いな。それに怪しい建物の話も一切耳にしない」
シンはユーリアと違い、グリアムの言葉に納得を見せる。
人の出入りのある、怪し気な工場、突然できた掘っ立て小屋など、それらしい場所を耳にすることもない。噂にすらなっていない現状も不気味さを感じてしまう。
「それに繋がる話でパオラさん、薬の解析が進んだのよね」
アザリアからいきなり声がかかり、パオラは焦りから勢いよく立ち上がった。
「は、はい! たぶんこれだと思われる材料にたどり着きました。ただ、これを公に発表すると混乱してしまうので、公表を控えているところです⋯⋯」
「公表を控える?」
今まで黙っていたハウルーズが、初めて表情を曇らせた。
だが、パオラと一緒に書庫にいた者達は、静かに言葉を受け流す。そして、サーラとラウラは同じことを思ったのか、自然に視線が合った。
「新型の快楽薬たる所以となる材料は、【アイヴァンミストル】だと考えられます」
きっぱりと言い切るパオラの姿にハウルーズを筆頭に、【ノーヴァアザリア】のメンバー達は驚愕の表情を浮かべる。そんな中、バルバラ達や、ラウラ、そして【クラウスファミリア】の面々は、対照的に冷静だった。
「おいおい、【アイヴァンミストル】で頭がイカレちまうってことか?!」
今まで退屈そうにしていたゴアが、突然ドワーフらしいストレートな物言いで、驚愕を伝える。後ろに控えていたアリーチェを筆頭に、セカンドパーティーのメンバー達も驚きからざわつきが止まらない。
「潜行自体が危険ということか?」
「今まで採取してきたが大丈夫なのか?」
「ここにある【アイヴァンミストル】の燭台は大丈夫なの?」
口から出る不安は止まらず、広間は混乱していく。
「はいはい! 静かに! 今からサーラちゃんがそれについて説明するから! し・ず・か・にー!」
「わ、私ですか!?」
無茶ぶりとも言えるラウラのフリに、サーラは驚きを隠せない。だが、その場にいる者の視線は一気にサーラに注がれていった。




