その真実と不穏 Ⅱ
中央都市セラタが誇る、都市一番の大きさを誇る飲み屋【銀鈴亭】。大声で笑い合う者達や、上機嫌で酩酊している者達で埋め尽くされていた。
その二階の隅から酩酊している者達を冷ややかに見つめる小柄な女エルフと、左目に傷を持つ犬人が向かい合うように座っている。その視線は絡むことなく、エルフはただただ面倒そうに頬づえをつきながら階下の喧騒を眺めていた。
「今度のヤツは、こんなうるせえ所で待ち合わせか。前任とは随分と趣が変わったもんだ」
「そうか⋯⋯? どこでも構わんだろ⋯⋯」
レンの皮肉たっぷりな言葉も、興味ないことが伝わる返答が返って来るだけだった。
「そういやぁ、エーリッヒが捕まったんだってな。ヘタ打ったのか?」
エーリッヒの名が出たことに違和感を覚えたのか、エルフは初めてレンに視線を向ける。飄々と笑みを浮かべて見せるレンに、エルフの表情は対照的に険しくなっていく。その表情は、エーリッヒの名が出たことは予想外だったと言っており、その表情を見たレンは、さらに笑みを深めて見せた。
「オマエに関係のない話だ。深入りするなと言っているはずだ」
「へいへい、分かっておりますとも。でもよ、他人の口なんざぁ、そうそう塞げねえもんだろう? 自然と耳に入ってきちまったんだよ、よくある話さ」
エルフの表情は険しさを増し、エルフの怒りの限界点を探るかのように煽るレンの表情はいきいきとしていた。
「調子に乗るな。オマエ等の代わりなどいくらでもいるのだぞ」
「そいつは困るな。取引がなくなったら、ウチの親分がブチ切れちまう。今まで問題なくやってんだ、引き続き仲良くしようや」
「フン!」
エルフは、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。遊び過ぎたとレンは、真剣な表情を見せる。
「で、今日は呼び出しておいてなんだよ? ブツがあるのか? 言われてねえから、金は持って来てねえぞ」
エルフはようやく話す態勢になったと感じ、視線だけをレンに向けた。
「しばらく待て。再開できる体制が整い次第また連絡する」
「それだけか? いつまで待つんだ?」
「黙って待っていろ」
「⋯⋯まったく。次から、アンタが対応するのか?」
「追って連絡する」
そう言い残し、エルフは席を立ってしまう。見えなくなるエルフの背中を睨みながら、レンはエールを一気に飲み干した。
あの野郎がルーファスの側近のノーラってヤツで間違いない。黒幕はルーファスで決定だ。
早駆けではなく、わざわざ直接出向いたってことは、ヤツが今後の窓口。今日は、その為の顔見せってところか。
ノーラの消えた背中に、レンは不敵な笑みをこぼす。
だが、このやり取りを少し離れた所から、伏し目がちに見つめていた狼人の存在にレンは気が付いていなかった。
エーリッヒの代わりはノーラか⋯⋯何話していやがったんだ?
レンの様子だと、【ライアークルーク(賢い嘘つき)】はノーラを洗うか? とりあえず、一度持ち帰ってアザリア達と相談だ。
レンが店を出るのを確認すると、シンも用心しながら店をあとにした。三人の思惑は夜の喧騒に紛れ込み、互いに知る術を持たない。そしてシンは、自分達の思惑通りに事が進まないであろうと、レンとノーラの短いやり取りから感じていた。
□■□■
「こんちわー! 勝手に入っちゃったよ⋯⋯あららら、マノンちゃん、やっちゃった?」
「⋯⋯はい。って、ラウラさん?!」
居間に突然現れたラウラの姿に、口元をしっかり覆いながら床を掃いているマノンは目を丸くして見せた。マノンの驚いた声に、サーラとヴィヴィも居間に顔を出す。
「マノンさん、どうかしました? 大きな声出し⋯⋯ええー!? ラウラさん?!」
「サーラの方が声大きいよ」
「すいません、びっくりしちゃって。あぁ⋯⋯【アイヴァンミストル】が割れちゃいましたか、手伝いますよ」
「ダメダメ、割れた【アイヴァンミストル】を素手で触っちゃダメだよ」
ディディアと同じように、ヴィヴィも真剣な表情でサーラを止める。止められたサーラとそれを見ていたラウラも困惑の表情を浮かべ合う。
たかが【アイヴァンミストル】だと、サーラとラウラはヴィヴィの反応に戸惑いを見せた。
「え? ただの【アイヴァンミストル】⋯⋯ですよ?」
「そうそう」
「さっき、私もディディアに本気で止められて、フル装備でお掃除しているのです」
サーラとラウラの困惑を理解するマノンは、苦笑いを見せる。
「マノン姉ちゃん! 私も手伝う!」
そこに、ほっかむりにマスク、顔の大きさに似つかわしくない大きなゴーグルに、両手にしっかり手袋をつけた完全装備のディディアが飛び込んで来た。
「プッ⋯⋯ディディアちゃん、随分としっかりした格好だね」
その大仰にも見えるディディアの姿にラウラは思わず噴き出してしまう。だが、ディディアはいたって真剣だった。
「【白剰石】は塊の時は大丈夫。でも、粉になったのを吸っちゃいけないんだ。とっても良くないんだよ」
「そうそう。ラウラ知らないの? 常識だよ」
ディディアの言葉に、何故かヴィヴィは上から目線でうなずいて見せると、ラウラやサーラはさらに戸惑ってしまう。
「どういうことですか? 潜行者達は【アイヴァンミストル】を普通に削り取ってますよ?」
「表面はいいの。だから、塊は危なくないの。真ん中が危ないんだよ。割れると真ん中が出ちゃうでしょう?」
「たしかにそうですね⋯⋯」
ディディアの言葉を受けて、サーラは床に散らばっている【アイヴァンミストル】に目を向けた。
「ああ! もう! なんでこう【クラウスファミリア(クラウスの家族)】は、次から次へと常識を覆してくるかなぁ~。【アイヴァンミストル】の中心部に毒があるってこと?」
ラウラは、頭をわしわしと掻きむしりながら戸惑いを隠せない。
「毒っていうか⋯⋯ヴィヴィ姉ちゃん、なんて言えばいい?」
「う~ん⋯⋯粉々になった中心部を吸い込むと、怖くなくなるんだって」
「え~!? どういうこと??」
腕を組んで考え込みながら答えたヴィヴィに、今度は頭を抱えて困惑を見せる。
「【失恐粉】って言って、儀式の時に渡されるんだ。儀式に挑む者はそれを飲んで、指定された場所でじっとその時が来るのを待つんだ。私はそれをモンスターに追いかけられて、落としちゃった。だから、助かったんだけどね⋯⋯へへ」
暗い話はイヤだと、ヴィヴィは最後にむりやり笑みを作る。やり切れないと溜息をこぼすラウラに対し、サーラはひとり何か考え込んでいた。
「どうしたの? サーラちゃん」
「ラウラさん、何か引っ掛かりませんか? 儀式に挑まれる方は、その⋯⋯犠牲になる方です。粉を吸い込むと、恐怖を忘れ、その場から動かない。言葉を変えれば、その場から動けないようにする⋯⋯どうすればいいと思います?」
「そうだね⋯⋯眠らせる? とか? あ、でも、恐怖を無くすんだっけ。そうなると、眠るのは違う感じするよね。あとは、感情を麻痺させる? とか⋯⋯」
ふたりの視線が絡み合う。サーラの言った引っ掛かりの意味を、ラウラも感じ取った。
「いや⋯⋯でも⋯⋯そんな単純な話? たしかにタイミングいいけどさ~」
「そうなんです⋯⋯しかも、地上の常識にはない話で、【龍の守り人】の皆さんの中では常識の話です。どこかでだれかが、このことを知って悪用を考えた⋯⋯辻褄は合いますよね?」
「だけどさ~」
「ねえねえ、なになに? ふたりしてどうしたの??」
眉間に皺を寄せ渋い表情のふたりに、今度はヴィヴィが戸惑いを見せる。少し困った表情を見せながら、サーラがヴィヴィに答えた。
「もしかしてではありますが、アクスさんに、【アイヴァンミストル】⋯⋯その【失恐粉】が使われたのではないかと⋯⋯ちょっと考えたのです」




