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そのダンジョンシェルパは龍をも導く  作者: 坂門
その真実と不穏

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その真実と不穏 Ⅰ

 バルバラは側近らしきふたりを従え、ギルドの上階を歩いていた。そして、その後ろをキョロキョロと物珍しげに視線を動かしながらついていくパオラの姿があった。

 普段とは違う厳かなギルド上階の雰囲気に、落ち着かない様子を見せる。目的地が近づくと、顔を隠すように深々とフードを被り直し、図書室へ滑り込むように入室していった。


「凄い⋯⋯」


 パオラがその蔵書の多さに感嘆の声を静かに上げると、バルバラはすぐに本棚の一角を指差した。


「薬学系はあの辺りよ」

「ありがとうございます」


 パオラはすぐに一冊の図録を引き出して広げる。見たことのない図録の数々を、次々に目を通していく。だが、しばらくして表情が曇り始めた。

 目新しい情報は、見当たらない。

 知識の範囲を超える情報が得られないことに、ページをめくる勢いは削がれていった。


「その顔、見つからない感じ?」

「バルバラ様⋯⋯」


 浮かない表情を覗き込むバルバラに、パオラは少し驚いて見せる。返事の代わりに、不甲斐ないと俯いて見せるパオラに、バルバラも図書に手を伸ばした。


「長方形で半透明の結晶よね。たしかに、そんな結晶は薬の材料で聞いたことないわ」

「ですよね。バルバラ様でも知らないとなると、よほどレアな代物なのでしょうね」

「買いかぶり過ぎよ、私なんてぜんぜん優秀じゃないわ。それこそ、ベアトリの方が優秀だったんじゃない」

「師匠とお知り合いなのですか?」

「まぁ、腐れ縁ってやつね。あの人(ベアトリ)は、自由奔放が服を着て歩いているような人だったでしょう。もしそうじゃなかったら、医療省のトップは彼女だったでしょうね」


 自身の師匠の知らない話に、パオラの表情から強張りが消える。手にしている図録に目を落とし直し、ページをめくり直した。


「おや、珍しいですね⋯⋯薬学ですか? 総長自ら調べものとは」


 入口からの急な声掛けに、バルバラはパタンと手にしている図録を閉じる。聞き覚えのある声に、満面の笑みで振り返った。


「そういうアナタこそ、珍しくなくて? ルーファス」


 バルバラの殺気のこもる笑顔にも、動じることなくルーファスは微笑み返す。


「私に気にせず続けて下さい。それとも、私がいたら何かまずいですかな?」


 挑戦的にも聞こえるルーファスの物言いに、バルバラの口元から笑みが消える。


「何も問題なんてないわよ。アナタこそ気にせず、どうぞ」


 バルバラは図書室の奥を誘うように指し示す。

 ルーファスが軽く一礼して図書室に入室すると、入口の外に見えたのは、立ち並ぶエルフ兵の姿だった。


 側近がいない?


 エーリッヒを失ったものの、ノーラとヴィラという側近のふたりがいるはず。だが、そのどちらの姿も見えない違和感に、バルバラの表情は険しくなる。

 そして、全身黒ずくめの衛兵(ガード)とはまた違う物々しさを纏うエルフ兵の姿に、バルバラはそこはかとない危機感を覚えた。


「随分と物々しいわね。何あれ?」


 バルバラが、ルーファスの背中に声を掛けると、立ち止まりはしたものの振り返らずに答える。


「ああ! あれですか。お気になさらず」

「もしかして寂しがり屋さん?」


 ルーファスは視線だけをバルバラに向ける。口元に笑みを湛えてはいるものの、その目は冷え切っていた。


「⋯⋯まさか。念のためですよ」

「そう⋯⋯」


 念のため? って、どういうこと?


 困惑が表情に出ないように、バルバラは必死に無表情を作る。ルーファスは悠々と奥へ進むと棚の上部を見つめ、何かを確認したのかすぐに入口へと戻っていった。


「薬の素材でもお探しですか?」

「そうね」

「見つかるといいですね。では、失礼いたします」


 ルーファスの姿が入口から消え、人の気配が消えていく。知らぬ間に緊張を強いられていたバルバラは、肩の力を抜き大きく深呼吸をした。


 あいつがルーファス……?


「オッタ、(ツラ)覚えたか?」

「ああ。特徴も覚えた」


 グリアムとオッタは、外套の下で握り締めていたナイフから手を離し、フードの奥から入口を睨んだ。

グリアムがルーファスに感じた違和感も、廊下に整然と並ぶエルフ兵の圧の前に掻き消える。兜の下から鈍く光るエルフ兵の眼光はどこまでも冷たく、容赦のない雰囲気を纒っていた。


「同行しているのがユーリアとルゴールじゃないって、気付いていたかしら?」

「さあな。あの人数で一気に来られたら、ちとまずかったけどな」


 グリアムは入口を睨んだまま、バルバラに答えた。


「グリアム、まさかビビッてたのか?」

「ああ!? ビビるかよ」

「ちょっと静かに。まったく、男って本当に馬鹿よね」


 オッタの挑発的な笑みにグリアムは睨みを利かせ、バルバラは緊張感のないふたりに呆れてしまう。


「⋯⋯あっ!」


 ちょっとした混乱にも、パオラの集中は途切れていなかった。

何かに気が付いたのか、図録から顔を上げ、バルバラを見つめながら固まってしまう。


「パオラ、どうしたの?」

「あの結晶⋯⋯口に入れてはいけない物ではないでしょうか?」


 パオラの言葉を受けて、バルバラも固まってしまう。そしてパオラの言葉の真意を、バルバラはすぐに理解した。


「どうしたんだよ、ふたりとも?! どういうことだ??」


 状況が吞み込めないグリアムは、ふたりの顔を交互に見ながら困惑してしまう。


「探している結晶が、つい『薬の材料』だと決めつけてしまっていたのです。もちろん、違う素材を掛け合わすことで、大きな効能を得ることもあります。ですが、今回の()()は、効能と呼べるものではありません。むしろ毒に近いです。口に含んではいけないもの、口に含むものとは、考えられていないものから探すべきではないかと思ったのです」

「薬の材料じゃねえってことか?」

「断言はできませんが、これだけ探してないとなると、その可能性はあるのかなと」


 パオラは柔らかい口調ながらも、そこには確固たる自信が見て取れた。


「鉱物系はこっちよ」


 バルバラはすぐに棚の一角を指差した。

 パオラはすぐに一冊取り出し図録を開くと、ページをめくる手がすぐに止まる。


「これって⋯⋯!」


 パオラは図録を開いたまま絶句する。その姿にバルバラだけでなく、グリアムやオッタも図録を覗き込んだ。


「おいおい⋯⋯マジか?」


 グリアムはパオラが絶句した理由に、激しい困惑を見せた。


□■


 ガシャン! と、大きな音を立て、【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の居間にある燭台をマノンが倒してしまった。


「ああ~やっちゃった」


 だれもいない居間で自分のしでかしに呆れ、思わず大きな溜め息をついてしまう。

 マノンは仕方ないとしゃがみ込み、燭台の中から割れ落ちてしまった【アイヴァンミストル】を片付けようと床に手を伸ばす。


「マノン姉さん、触っちゃダメ!」


 その声にマノンはビクっと、伸ばしかけていた手を止めた。

 姉のディディアが、入口から切羽詰まった様子で飛び込んで来る。マノンは何にそんな焦っているのかわからず、困惑してしまう。


「ど、どうしたの? 急に?」

「それは、直接触っちゃダメなんだよ。気を付けて」

「え?! だって⋯⋯ただの【アイヴァンミストル】だよ? 気を付けるって⋯⋯?」


 ディディアはマノンの手を引き、割れ落ちている【アイヴァンミストル】から引き離そうと必死だった。マノンは困惑しながらも、あまりに必死なディディアの姿に、素直に引かれていく。ディディアもそれに安心して、引く手を緩めると安堵を見せた。


「これって【白剰石】だよね。割れた【白剰石】は危ないから気を付けないと」

「はくじょう⋯⋯? あ! ディディアちゃん達は【白剰石】って呼んでるんだ。でも、こっちでは危ないって話は聞いたことないよ。大丈夫じゃない?」


 ディディアは何度も首を横に振り、マノンも言葉を強く否定する。


「細かく砕けた【白剰石】は吸ったらダメなんだよ。本当だよ」

「わかった。それじゃあ、吸わないように気を付けながら箒で片付けるわね」


 マノンが言われた通り慎重に片付け始めると、ディディアもようやく安心して見せた。


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