その再会は戸惑いを運ぶ Ⅶ
今日の潜行が上手くいったのか、潜行者の二人組が緩衝地帯の中心から少し外れた場所で、見るからにいい感じで酩酊していた。
緩衝地帯特有の草に覆われた草むらに腰を下ろし、一本の酒瓶を交互にあおっていく。胃に染み渡るアルコールが、潜行の達成感と相まって気分をさらに上げていった。
取り留めのない話で笑い声を上げていると、犬人の男が、目をこすりながら前方に目を細める。
「うん? 子供??」
「何バカ言ってんだ! ここがどこだか分かっているのか? ダンジョンだぞ、ダンジョン! ガキがいるわけ⋯⋯あるかぁー!」
いい具合に酩酊している狼人は、バカを言うなと呂律の回りきらない口で、酒瓶をあおった。
「ぶわっはは! だよな⋯⋯でもよ、ありゃ何だ?」
犬人は、前方の違和感を指差して見せる。
「「う~ん?」」
ふたりは揃って目をこすりながら、一点を見つめる。その視線の先には、ひょこひょこと歩く小人の姿があった。ふたりは顔を見合わせると、回らぬ頭でそれが何であるか必死に考える。
「オレの目にはゴブリンに見える」
「イエ~奇遇だな。オレの目にもだ」
「「ぐわっはははは!!」」
ふたりはなぜか上機嫌のままハイタッチして、バカ笑いする。
「でも、ここって、緩衝地帯だよな?」
「どっかで間違って、下ったっけ?」
ふたりは回らない頭のまま、また顔を見合わせた。
「ぶわっはは! 緩衝地帯にモンスターだってよ! ぶははは!」
「ぐわっははは! 無え、無えって。緩衝地帯だぜ、ぐはははは!」
「「はぁ~」」
笑い疲れたふたり組は、大きく深呼吸してゴブリンに視線を戻す。ふたり組に気付いていないゴブリンが無防備な姿を晒していると、ナイフがゴブリンに突き立てられた。
地面に転がるゴブリンを見下ろし、何が起こったのか理解できないまま、また酒瓶をあおっていった。
□■□■
【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地の一角に医療班が集う。そして、陽光を取り込む部屋の窓際には、ズラリと顕微鏡が並べられていた。
【ノーヴァアザリア】の治療師達とギルドから手伝いに来ているユーリア、そしてパオラの十名ほどが、真剣な表情で顕微鏡を覗き込んでいた。
「これって、アンドレイクの実かな⋯⋯? 誰か! アンドレイクの実、見つけている?」
【ノーヴァアザリア】のエルフが顕微鏡から顔を上げて声を掛けると、パオラがエルフの元へ駆け寄った。
「⋯⋯アンドレイクの実は初めてですね。ちょっといいですか⋯⋯確かにこのひし形の粒はアンドレイクの特徴ですね。イルケ様、ありがとうございます」
パオラが顕微鏡を覗き、成分表にアンドレイクの実を書き足していく。
ここに集う【ノーヴァアザリア】の治療師達は、誰もが優秀だ。だが、そんな治療師達が舌を巻いてしまうほど、パオラの知識は群を抜いていた。その知識の豊富さに一目置かれ、自然にこの場を取りまとめる役になっていた。
これまで見つかった物は、通常の快楽系の薬と成分はほとんど同じ。
何か、脳に大きく作用する成分があるはずです⋯⋯。
パオラだけではなく、この場にいる者達はだれもが顕微鏡を覗きながら焦りを感じていた。地道にひとつひとつ小さな粒を確認していく作業はもどかしく、疲労を蓄積させた。一度顔を上げて目の付け根を揉んでは、また顕微鏡に向かう。そんな仕草が時間を追うごとに増えていった。
「パオラさん、ちょっとこれ見てもらえます?」
「ルイーゼ様、何かありましたか?」
「私が知らないだけかもですが⋯⋯」
小柄なルイーゼは自信のなさからか、おずおずとパオラに顕微鏡を開けた。覗き込むパオラにルイーゼは言葉を続ける。
「その左上に見える結晶に見覚えがなくて⋯⋯」
覗き込むパオラはルイーゼに言われた左上へと、視線を向けた。小さな長方形の結晶が、パオラの目に映る。半透明の結晶が光を取り込みキラキラと輝く様は、他の粒とは一線を画していた。
パオラは頭の中の引き出しを必死に引っ張り出し、目に映る半透明の結晶を照合していく。体内に取り込むことのできる結晶はとても少なく、光を美しく反射しているこの結晶に該当する物質はその引き出しの中にはなかった。
「どなたか、この結晶が何かご存知の方はいらっしゃいませんか?」
パオラの呼び掛けで次々と顕微鏡を覗き込むが、誰もが首を横に振り、結晶の正体にたどり着かない。だが逆にそれは、この結晶がこの薬の肝であると告げているように、だれもが感じていた。
「私の持っている書庫には、これに該当するものはありません。形状から推測するに、植物由来ではないように感じます」
「だよね。あ! パオラ、ギルドの書庫で調べてみる? バルバラさんに頼めば上階の書庫も⋯⋯今は厳しいかな⋯⋯」
腕を組んで考え込むルゴールに、パオラは即答する。
「ユーリア様、よろしくお願いします! この結晶の正体が分かれば、解析は一気に進むと思います」
パオラは興奮のあまり、ユーリアの肩を激しく揺さぶった。
「わ、わかったって、バルバラさんに頼んでみるよ。無下にはしないと思うけど、絶対見せてもらえるわけじゃないからね」
普段見せないパオラの様子に気圧され、ルゴールは揺れる体で首を縦に振る。
「ありがとうございます、よろしくお願いいたします。みなさん、とりあえずこの結晶を取り出していきましょう」
パオラの言葉で互いにうなずき合うと、顕微鏡へ再び視線を落としていく。結晶の発見により前へ進んだ感覚を得て、部屋の空気は一気に前向きなものへと変化していった。
□■□■
小さな燭台しかない暗く狭い部屋を、【ライアークルーク(賢い噓つき)】リーダーであるリオンが、物珍しそうに見回していた。眼前に座るエルフの顔は暗がりが全容を隠し、ハッキリとは見えない。だが、後ろに立つ二名の従者の存在は、それなりの地位にいると告げていた。
「初めまして⋯⋯かな? 何とお呼びすればいいですか? Xさん」
「さすが大パーティーのリーダー様だ。このような得体の知れぬ状況にも、努めて冷静ですな」
静かで落ち着き払った声色に、対面するエルフからも緊張はまったく見えない。互いに腹の探り合いが始まりそうな雰囲気に、リオンはわざとらしく嘆息して見せる。
「ギルドに呼び出されたと思ったら、こんな暗くて狭い部屋に案内されて、どうしろと言うんですか?」
案内されるがままに辿り着いた、牢が並ぶ廊下の一室。ギルドの上階にこのような空間が存在しているのは、意外に感じていた。何かなければ来ることはないであろうこの場所に、言葉では不安を見せてはいるが、その表情に焦りは一切見えなかった。
「いやいや、そんな構えんでくれ。取って食おうってわけじゃないのだから」
ぼんやりと浮かび上がるエルフの口元に笑みが浮かぶ。
「そう言われてもね⋯⋯怖いものじゃないですか」
値踏みされていると感じる不快感から、リオンは警戒心を隠さず視線を部屋の隅々へ動かしていた。
「あなたとは、ただ話したいと思っただけです。このような場所に呼んで申し訳ないとは思っているのですよ。本来なら、こんな暗がりの部屋ではなく、豪奢な部屋にお招きすべきなのでしょうが⋯⋯」
世辞には聞こえないエルフの物言いに、微笑みを絶やさなかったリオンの顔色が一瞬曇る。その表情を逃さぬようエルフは言葉を続けた。
「ま、あなたと内緒の話をしたかったのですよ。だれにも見られず、だれにも聞こえない場所でね」
そう言ってエルフは前髪を撫でつけた。




