その再会は戸惑いを運ぶ Ⅵ
先日のエーリッヒ拘束劇の熱もまだ冷めやらぬ午後。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地に息せき切って飛び込んで来たバルバラの側近であるユーリアの報告に、アクスの治療にあたっているパオラを除くメンバー達は、あまりの衝撃に固まってしまった。
「⋯⋯エーリッヒが壊れた?!」
グリアムもそれだけ口から零し、続く言葉が浮かばない。居間に漂う一瞬の静けさが、その衝撃の大きさを物語っていた。
ユーリアは静かに頷き、【クラウスファミリア】に落ち着きを取り戻させる。
「ルーファスがエーリッヒを訪れた途端にだよ。何か仕掛けたんだろうけど⋯⋯衛兵が身体検査したときは何も出なかった」
ユーリアは事実だけを淡々と並べるが、その裏にある悔しさが透けて見えた。
「間違いなくルーファスの野郎が何か仕組みやがった」
グリアムは悔しさを隠すことなく言い放つと、その場の者達も悔しさを見せていく。
「師匠、エーリッヒがアクスさんと同じ状態になったということは、同じ薬が使われた⋯⋯って、ことですよね」
「そうだ。ただこの一件で、薬の大元はルーファスってことが確定した。分かりきっていたことではあるがな」
エーリッヒの拘束が、全容の解明に繋がるかもしれないと淡い期待をだれもが持っていた。だが、それはものの見事に打ち砕かれ、ルーファスの掌で踊らされているような不快感に覆われていく。
「どちらにせよ、エーリッヒは口を割らなかったんじゃねえか? 薬で、念押しされたってだけだろう」
オッタはエーリッヒが壊れたところで何も変わらないと、冷静な物言いを見せる。
「だとしてもだ。駒の一つをこっちが握っているってのは、少なからずアドバンテージにはなっていたはずだ。そいつがなくなったんだ、エーリッヒがぶっ壊れたおかげでな」
グリアムは悔しさに唇を噛む。
アクスに何が起きたのか。
その詳細も、雲散霧消してしまった。
「で、次はどうするんだよ。そのルーファスって野郎を叩くのか?」
ルカスは居間を見回しながら、ひとり前を向く。他の者達も、ルカスの挑発的にも取れる視線に煽られ、前を向き始めた。
「そうだね、ルカスくんの言う通り、僕らのできることから始めよう」
「よし! やろう!」
ヴィヴィはすぐにイヴァンの言葉に反応するが、案の定具体策はない。ただ、ルカスの言葉を受けて、何ができるか、何をすべきか、この場にいる者達は一斉に考え始めた。だが、少なくない衝撃が思考の邪魔をして、考えはうまくまとまらない。
「【ライアークルーク(賢い嘘つき)】はどう出ますかね?」
サーラに視線が集まる。エーリッヒと関わりのあった【ライアークルーク】、そして快楽薬の供給ルートをルーファスはどうするのか? 思考が動き始める。
「傷持ちの犬人⋯⋯レンは、エーリッヒの名は知らなかった⋯⋯だが、ギルドの人間だということは知っていた。ってことはだ、ヤツらがエーリッヒを洗っていたのは間違いない。詮索するなと釘を刺されていたが、そんなんで止まる輩じゃあるまい」
オッタは先日のレンとエーリッヒの、林の中でのやり取りを思い返していた。
「だな。間違いなく引き続きエーリッヒのことを洗っているはずだ。【ライアークルーク】が、ルーファスまで辿り着いているか⋯⋯それによっては、厄介かもしれんな」
オッタの言葉を受け、グリアムの瞳がギラつき始めた。
「師匠、もし【ライアークルーク】が、ルーファスに辿り着いたら、どうなるのでしょうか?」
「取引を継続するか⋯⋯だよな。ユーリア、ギルドの人間としてどう考える?」
ユーリアは顎に手を置き考え込む。
「う~ん、どうだろう? 私自身は副長って、よく知らないんだよね」
「そうか⋯⋯」
ユーリアは、グリアムの言葉を遮るように続ける。
「ただ、バルバラさんから聞いている感じだと、自分から率先して動く性格ではないかな。かなり慎重な人らしいし。まぁ、副長に限らず、幹部が直接動くことは基本ないよね。だから、【ライアークルーク】と、ルーファスとの直接取引は考えられないし、何か聞かれても『薬のことは知らない』で押し通すんじゃないかな」
「なるほど。直でのやり取りはなさげか」
グリアムはトントンと指でテーブルを叩きながら、ユーリアの言葉に納得を見せる。
ルーファスは、エーリッヒの代わりを立て、取引を継続するのか?
考え込むグリアムに、ルカスが口を開いた。
「もしリオンが、ルーファスに辿り着いたら、アイツの性格からして、精製場と直でのやり取り、売買ルートの乗っ取りを考えるかも知れねえぞ」
昔からリオンを知るルカスは、警鐘にも似た言葉で不穏を告げた。仮に【ライアークルーク】が、ギルドの副長と揉めるとなれば、大事になるのは誰にでも分かる。
「それって、【ライアークルーク】が副長にちょっかいを出すってことだよね? 大パーティーと揉めるってなると、ギルド対潜行者の構図になったりしちゃうのかな? それってマズくない? ギルドがパニックになっちゃうよ」
ユーリアの顔から血の気が失せていき、焦りが見え始める。初めての事態をどう捉えればいいのか、混乱が見え隠れしていた。
「さすがにそれは早計だろ。少なくとも【クラウスファミリア】と【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】が、ギルドと揉めることはねえ。だが、すでにギルド内が割れ始めている。バルバラとルーファス、表立って何かあるとは思えんが、気を付けたほうがいいかも知れねえな」
「知らないところで、薬盛られたりしたらどうしよう⋯⋯」
グリアムの忠告に、ユーリアは怯えをより強くした。
「今すぐに派手な動きを見せることはねえさ。無駄に不安になる必要はねえよ」
「そうですか⋯⋯」
ユーリアが少しだけ安堵する横で、サーラが難しい顔をしていた。
「⋯⋯なぜ⋯⋯アクスさんとエーリッヒのふたりは、殺されなかったのでしょう? 特にエーリッヒの場合、口封じと考えるなら快楽薬ではなく、毒を盛れば良かったのではないでしょうか?」
イヴァンは天井を見つめ、考えるそぶりを見せながらもサーラに答えていく。
「ユーリアさんの反応を見る限り、快楽薬漬けにされてしまう方が、心理的圧力は高いんじゃないかな。それに、殺さないことによって、バルバラさん達の仕事を増やして動きを鈍らせる。だけど、アクスさんは見せしめのために殺そうとした⋯⋯」
「なるほど、一理ありますね。心理的圧力をかけて、こちらの行動を鈍化させる。そう考えると、殺してしまうより効果があるかもしれません。現に今、混乱していますものね」
行動を鈍化させると言ったサーラの言葉に、グリアムはハッとしてしまう。向こうの思うつぼにはまっているような感覚に焦りを覚え、次への行動を躊躇する。
ルーファスが何を考え、【ライアークルーク】がどこまで掴んでいるのか。
だが、突破の糸口を求め思考を巡らせ続けるものの、想像の域を出ない堂々巡りを繰り返すだけだった。
「師匠、【ノーヴァアザリア】はどうされているのでしょう? 連携は不可欠かと思うのですが?」
「アクスの面倒をみてくれていて、パオラがそれを手伝っている」
サーラは、グリアムの答えに一定の納得を見せつつも、どこか納得していない様子だった。
そんな様子のサーラにユーリアが口を開いていく。
「それと、ギルドと連携して、快楽薬の内容物の特定を急いでいるよ。君達が現物を入手してくれたからね。ただ、一粒一粒手分けして、顕微鏡を覗いて確認していくっていう気の遠くなる作業だから、時間はかかるよね」
ユーリアは、とてつもない地道な作業を想像して、溜め息混じりに言葉を付け加える。
「そっちはそっちで進めてもらって、僕達のできること、すべきことを考えようか。まずはアクスさん保護の継続。それと、もうひとつのダンジョンにいる【龍の守り人】達の救出に向けて、準備を始める。考え過ぎて足が止まらないように、できることから進めていこうよ。ルーファスの件は、動きがあり次第そちらに注視する」
イヴァンの言うことはもっともだ。
グリアムは、思考の堂々巡りを止めて、立ち上がっていった。




