その再会は戸惑いを運ぶ Ⅴ
「【守衛省】のヤツらが来るかも知れねえんだぞ!」
リオンのあまりの緊張感のなさに、レンは声を荒げる。
「でも、要らないものは、レンが片付けてくれているのでしょう?」
「そいつはもう片付けた。薬に繋がるものは何もねえ。けどよ⋯⋯」
「じゃあ、あとは黙ってればいいだけじゃないか」
まったくと言っていいほど焦りを見せないリオンに、レンは半ば諦めたかのように肩を落とす。
「⋯⋯まったく。エーリッヒの野郎が、どこまで話すかだな」
「ま、なるようになるでしょう。地上で商いをしていたわけでなし、緩衝地帯のことなんて、ギルドは気にもしないさ」
「少しは焦れよ」
「ハハ、焦ったところで仕方ないよ。しかし、レンはなぜ彼の名を知っていたんだい?」
「ちょうど野郎を洗っているところだった。ルーファスとかいう、ギルドの副長の腹心らしい」
「へぇ⋯⋯副長の⋯⋯」
ギルドの副長という言葉に、リオンの表情が変わった。それまでヘラヘラと緊張感のなかったリオンの急な表情の変化に、レンはついていけない。
「何だよ急に。今度は険しい顔して」
「エーリッヒ個人に、強い権限とかってあったと思う?」
「権限? そんなにはねえんじゃねえのか? 副長の腹心ってだけだろう。副長の駒として動いて⋯⋯あ!」
レンがリオンの真意に気が付いた。
「元締めは、エーリッヒじゃなくて、ルーファスさんじゃない? だとしたら、救うか⋯⋯本人ごと消して揉み消すか⋯⋯どうすると思う?」
「どうするにせよ、エーリッヒの口は割らせないか⋯⋯リオン、特別報酬払えよ」
「分かっているって。その代わり、しっかりとギルドの動向をチェックしてよね」
レンは軽くうなずき、執務室をあとにする。
レンが出て行くとリオンはゆっくりと背もたれに体を預け、好機の匂いに相好を崩した。
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エーリッヒは、椅子に浅く腰を下ろし、縛られた手を簡素なテーブルの上に置いている。
落ち着き払っているエーリッヒを前にして、ファブは、前髪を撫で付けながら頬杖をつき、呆れ顔をして見せた。
「なぁ、エーリッヒ。さすがに同胞を痛めつけるのは、忍びないんだよ。いい加減本当のことを話したらどうだ? うん?」
穏やかな語り口の裏に、少しばかりの凄みを忍ばせながら、ファブは視線だけをエーリッヒに向ける。そしてエーリッヒは、その視線を静かに受け止めるだけだった。
微動だにしないエーリッヒの表情に、ファブは辟易しながら尋問を続ける。
「私が自分の懐を肥やすためにやった」
「ハァ~。貴様の家を調べたが、金や宝飾品の類は一切出てこない。隠しているというなら、莫大な量の金を一体どこに隠したというんだ、しかもひとりで」
「わざわざ貯めた金の在り処を話すわけあるまい」
「それでは話を変えよう。この薬はどうやって調達していた?」
ファブはテーブルの上に、中身は抜いてあるが、綺麗に折りたたみ直している薬包紙を差し出す。
「忘れてしまった⋯⋯あ、見知らぬ猫人から、受け取った。どうやって作っていたかは知らぬのだよ」
「さきほどは、犬人と言っていたよな?」
「そうでしたか? 犬人だったかも知れませんね」
二転三転するエーリッヒの物言いに、ファブはわざとらしく頭を抱えて見せた。
「私はねえ、暴力は好かんのだよ。しかも、貴様の背中のひどい傷痕⋯⋯あれは鞭打ちの傷だ。傷を付けたのはルーファスか? まぁ、だれでも良い。そんじょそこらの痛みや暴力などには屈しそうもない⋯⋯慣れっこなのだろう? だが、暴力だけが話すきっかけとは限らんぞ」
困り顔のファブだが、いくらでも手はあるとその表情の裏から見て取れた。それでもエーリッヒの表情はピクリとも動かない。背筋を伸ばしたまま、落ち着きを保つ姿はどこか不気味にさえ映っていた。
「食事は与えるな。水を少しだけ与えておけ」
「ハッ!」
ファブは取り調べの部屋を出る際に、帯同していた衛兵に命じる。衛兵の敬礼を確認しながら、ファブは取り調べ室を出て行った。
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「上着はここで脱いで下さい。武器の持ち込みも禁止です。不審物の持ち込みがないか、検査いたします」
「もちろん、問題ないよ。あなた達の仕事ですからね、しっかりとお願いしますよ」
エーリッヒが捕らえられている牢にルーファスが現れた。
長い廊下にいくつかの牢屋が並んでいる。だが、牢に入っているのはエーリッヒただ一人。あまり使われることのないギルド牢の廊下に、今は明かりが灯っていた。
ギルド牢の入口には、衛兵がふたり常に立ち、廊下につながる入口にもしっかりと錠が掛けられ、外からの進入を拒絶している。
ルーファスは外套を衛兵に脱いで渡し、両手を軽く上げ、衛兵の入念な身体検査に素直に応じた。
「そうそう。本の差し入れをしたいのだが、構わないだろうか? 道を違えたとはいえ、ずっと傍にいてくれた者ですから、それなりの情というのはあるものですよ。もちろん、入念に検査していただいて、それからです」
ルーファスはそう言って一冊の本を衛兵に手渡した。
何の変哲もないその本を訝し気な表情で手に取ると、おかしなものが挟まっていないか、入念に検査していく。
生き方についての指南書。
捕まっているエーリッヒに贈るには、いささか皮肉めいている。
衛兵のふたりは、ページをパラパラとめくり、本を下に向けてバサバサと勢い良く振っていく。おかしなものが挟まっていないか入念に確認していった。
「おかしなものはないです。こちらです」
衛兵が鍵を開け、ひとりは入口に残り、もうひとりがルーファスを従えエーリッヒのもとに向かう。ルーファスは、薄暗い廊下を衛兵のあとに黙ってついて行った。
「しかし、参りましたな。まさか、あのエーリッヒが悪行に手を染めるなんて」
衛兵がチラリと、後ろのルーファスを覗き見ると、口元に苦笑いを浮かべ、首の後ろに参ったとばかりに手をまわしていた。衛兵が何事もなかったかのように前に向き直ると、ルーファスの口元から笑みは消え、襟の中に隠していた紙片を本の間に静かに挟み込んだ。
「私がこれを持っているのは、芳しくないですよね。あなたから渡して頂いて宜しいですかな?」
ルーファスは立ち止まり、衛兵に本を差し出した。衛兵は一瞬の躊躇を見せるが、ルーファスの意見はもっともだと納得し、本を受け取る。
「エーリッヒ、副長からの差し入れだ」
衛兵の声掛けに顔を上げると、その後ろに立つルーファスの姿が目に入る。エーリッヒの目に映るルーファスの姿は、今まで見たことのないほど冷たく感じ、震えそうになる体を必死に押さえ込んだ。格子の隙間から差し出された本を、震える手で掴み胸の前で抱きかかえる。
「ル、ルーファス様、ありがとうございます」
エーリッヒは床に付きそうなほど頭を下げ、上げることができない。
ルーファスは大きな溜め息をつきながら、衛兵の前でしゃがみこんだ。
「エーリッヒ、何をやっているのですか?」
「申し訳ございません」
「私に謝っても事は改善しません。その本をよく読んで、心を入れ替えて、迷惑をかけないようにするのですよ」
「⋯⋯はい」
力なく返事を返すエーリッヒに、ルーファスは返事をすることもなく背中を向ける。
「もういいのですか?」
「⋯⋯ええ。もういいのです」
ルーファスはそれだけ言い残し、牢をあとにした。




