その再会は戸惑いを運ぶ Ⅳ
「薬はどこで精製している? 受け渡しはどうしている? 言え」
グリアムは静かに怒りを湧かせながら、エーリッヒに迫る。エーリッヒは、ふいに口元に笑みを見せた。
「フッ⋯⋯仮にだ、知っていたとしても、【忌み子】なんぞに話すわけあるまい」
「そうかい。普通ならここでぶん殴るとこかも知れんが、残念ながらそんな言葉はクソほど聞いてきているんだ。まぁ、いい。今、言わんでもオマエの同僚⋯⋯イヤ、元同僚になるのか。ギルドの人間がオマエを締め上げるだけだ」
「ねえ、さっきのあなたの言葉、儲けが云々って言ってたわよね。こういうことに疎くて申し訳ないのだけど、これって相当儲かるわけ?」
バルバラがベッドの上に転がっている薬包紙を唐突に指差して見せた。
「儲かる。直接売っている店も、【ライアークルーク(賢い噓つき)】も、コイツらもな。相当な額を稼いでいるのは間違いない」
グリアムがハッキリ言い切ると、バルバラはまた深く考えこんだ。何か引っ掛かりを覚えたのか、普段の余裕のある笑顔とは遠い、険しい表情を浮かべている。見慣れぬ表情を浮かべるバルバラに、側近のルゴールは少しばかり訝しんだ。
「総長、どうしたのですか? らしくない顔して」
「⋯⋯この儲けって、要はルーファスの儲けってことよね。儲けたお金ってどうしていると思う⋯⋯?」
バルバラは、まるで自問するかのようにルゴールに答える。そして、バルバラ、側近のふたりルゴールとユーリアは顔を見合わせ、同じ答えにたどり着く。その答えは憤りに満ちており、三人は揃って表情を厳しくさせた。
「ねえ、グリアムさん。儲けってどのくらい? 想像でもいいんで教えてくれない?」
ユーリアの言葉に、エーリッヒを警戒しながらグリアムは逡巡する。
「想像もできねえくらい儲けてるんじゃねえか? コイツらが、どのくらいバラ撒いていたのか分からん。だが、緩衝地帯にいる中毒者共の数を考えたら、相当稼いでいるのは間違いない」
黙って聞いていたバルバラだが、ベッドサイドにしゃがみ込むと、押さえつけられているエーリッヒを見つめる。視線を外すエーリッヒに、バルバラは厳しい表情を寄せていった。
「緩衝地帯にいるということは、その中毒者って、潜行者ってことよね? ねえ、それで稼いだお金って、【アイヴァンミストル】の買い取りの補填に使っているんじゃなくて? 不思議だったのよね、あれだけ盛大に買い取り額を上げておいて、【金商省】を通さずお金を工面しているなんて」
「待て待て。どういうことだ?」
困惑しているグリアムの姿に、バルバラは立ち上がる。
「言ったでしょう。買い取り額を上げておいて、それを担保するお金の出所が不明だったって」
その言葉でグリアムはようやく理解した。
バルバラが、アクスに嗅ぎ回させた件か。それを知られて、アクスが邪魔になった? 真実に近づいたから⋯⋯って事か。
アクス本人が真実に辿り着いたかどうかは、確認できるわけもなく、ルーファスの描いた絵が見えてきたところで気分が晴れることはない。
「んじゃ、バカな潜行者達の、【アイヴァンミストル】で儲けた金を快楽薬で回収して、それをまた【アイヴァンミストル】の買い取り額に充てていた⋯⋯」
「そう。胸糞悪い、盛大なマッチポンプよ。廃人を何人⋯⋯いえ、何百人と平気で作るなんてギルド云々ではなく、人としてクズね」
怒りに震えるバルバラの頭の中には、廃人と化してしまったアクスの姿があった。
「そういや、バカねきが言っていた【ライアークルーク】の早過ぎる最深層への潜行も、その金があったからか?」
「そうか⋯⋯そうだろうな。辻褄は合うしな。しかし、クズ同士で組むとは、類友ってやつか?」
ルカスの言葉に納得を見せるグリアムを、エーリッヒはジロリと睨む。まるで、【ライアークルーク】と一緒にするなと言わんばかりの圧を、その視線は含んでいた。
「んだよ、文句あるんか?」
「コイツらに仲間意識なんてないから、あんたの物言いが気に入らないのさ。コイツは【ライアークルーク】をどこまでも下に見ているんだ」
「どっちもどっちじゃねえか」
呆れて見せるグリアムに、何もできないエーリッヒは悔しさを滲ませる。
「とりあえず、【守衛省】に声を掛けてあるんで、もう来るんじゃないかしら」
「信用できるのか?」
「まぁ、とりあえず守衛省総長のファブは、ルーファスのこと嫌いなんで、失脚させられるネタなら喜んでクビを突っ込んで来るんじゃない」
「ギルドの方は、あんたらに任す。ただ、気を付けろ。なりふり構わず来る可能性もなきにしもあらずだ」
「ほほう⋯⋯本当にエーリッヒが取り押さえられとるぞ」
黒髪がエルフらしさを少しばかり薄めているが、特徴的な尖った耳からエルフだと分かる。ファブは、短髪の前髪を撫でつけながらベッドを覗き込む。エーリッヒの無様な姿に、驚くことはなく、嬉々とした姿を見せていた。
こいつが【守衛省】の頭か。バルバラの言っていた通り、ルーファスのことを煙たがっているのは本当っぽいな。
ファブの嬉々とする姿に、グリアムは一定の許容を見せるが、そこはかとなく流れる曲者感に、全幅の信頼を寄せるまではいかない。その微妙な表情のグリアムの耳元に、バルバラは口を寄せた。
(彼ね、ルーファスを潰す為なら全力で当たるわよ。なんと言っても、次のギルド長の座を狙っているんだもの。あんな面倒なものに何でなりたいのかしらね)
バルバラの囁きに合点がいった。次期ギルド長の座を狙っているなら、副長のルーファスは目の上のこぶだ。大手を振って潰せる大義名分に、嬉しさを隠せないのだろう。
エーリッヒは、上機嫌で見下ろしているファブを睨みつける。その姿にファブはさらに、嬉々とした姿を見せた。
「いやはや、ルーファスも側近のお痛とは、教育がなっていないのではありませんか? で、罪状は?」
「殺人未遂。アクスがここにいると聞いて、ナイフを思い切り突き立てた。それとその薬包紙、緩衝地帯で流行っている快楽薬ですって。それを裏で仕切っているのが、どうやらルーファスみたい」
「なんと! それはいけませんね。殺人に快楽薬の密売、重罪ですぞ。しかもそれにギルドの幹部が関わっているとは⋯⋯同じギルドの人間として、なんと嘆かわしい」
バルバラの説明を受け、ファブは芝居じみた大仰な物言いをして見せる。エーリッヒの視線はさらに鋭いものになっていくが、ファブは意に介さない。
「私の単独だ。ルーファス様は関係ない!」
エーリッヒは必死に否定するが、ファブの笑みは深まるだけだった。
「私に経験上、罪人の言葉など嘘ばかりですからな。バルバラ、あとは引き受けよう。おい、おまえたち!」
廊下に控えていたファブの部下達が病室になだれ込み、エーリッヒをあっという間に拘束していく。グリアムは、目の前で連行されていくエーリッヒと一瞬だけ視線が交わった。
しかし、まさかエーリッヒ自ら来るとはな。
本拠地の時といい、尋常じゃないほどの焦りを感じる。ルーファスも焦っているのか? だが、とてつもなく慎重なヤツだと言っていた。そんな野郎が焦ってポカするとは思えねえよな。それにヤツが取り調べで、すぐに話すことはねえだろう。取り調べがまごつけば、ルーファスに時間の猶予を与えてしまう。何か仕掛けて来るか?
両脇を押さえられ、去って行くエーリッヒの後ろ姿を見つめながら、グリアムの胸のざわつきは止まらなかった。
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「リオン! エーリッヒがヘタ打ったぞ」
「エーリッヒ? だれだい、それ?」
【ライアークルーク】の執務室に飛び込んで来たレンに、リオンは困惑の表情を向ける。焦りの伝わらないリオンに対し、レンは盛大に舌打ちして見せた。
「チッ!! 薬の元締めだ」
「ああ! 彼ね。何でまた?」
「知るか! 【守衛省】が動いたらしい。何をやらかしたのかまでは、分からん」
「それは、まいったね。いい金づるだったのに」
レンとは違い、リオンはまったく焦りを見せていない。ただ、逮捕された事実が、面白くないのは間違いなかった。




