そのダンジョンでは絡まれます Ⅳ
「それで、どうだった?」
にっこりと微笑む優男がゆっくりと椅子の背もたれに体を預ける。【ライアークルーク(賢い嘘つき)】のリーダーであるリオン・カークスは、三下の潜行者達を前にして、穏やかな表情を見せていた。
小汚い三下潜行者達には全く似つかわしくない、小綺麗なカフェのオープンテラス。午後のひとときを満喫している人の中、このテーブルだけが明らかに異質な雰囲気を醸していた。
リオンはそんな事など構う素振りを見せず、隣に座る細身の猫人の女と共に静かにカップに口をつける。目の前に座る居心地を悪そうにしている粗暴を絵にしたような男達は、周囲の視線を気にしながら、優男の前に身を乗り出した。
「聞いていた話と違うじゃねえか。アザリアのところと馴染みなんて話は聞いてねえぞ」
「アザリア? アザリア・マルテが一緒にいたのか?」
「いや、一緒じゃねえが、ヤツらの大群とすれ違った。すれ違いざまに声を掛けていたぜ」
「なんて?」
「さあな。デカイところに睨まれるのはゴメンだ。どさくさに紛れて消えさせて貰ったよ」
「ふむ⋯⋯」
聞きたかった事が聞けず、リオンは背もたれに体を預け直すと目頭を揉みながら不機嫌を露わにした。
「アザリアの息が掛かっているところに、喧嘩売るなんて出来るかよ」
「分かった、分かった。で、荷物持ちは、どうだった?」
「ハハ、荷物持ちなら、ずーっとビビッて、小僧を止めるのに必死だったよ。所詮、荷物持ちだな。あんたがどうして気にするのか、分かんねえな」
「余計な詮索はするな。⋯⋯まぁ、こんなものかな。イヤル!」
声を掛けられた猫の女はリオンを一瞥だけして、無表情のまま、金の入った小袋をテーブルの上に静かに置いた。
「ヘヘ、また何かあったら声を掛けてくれよ」
三下潜行者は、小袋をひったくるとそそくさと席を立った。よっぽど居心地が悪かったのだろう。
「リオン、こういうのを無駄遣いって言うんだ」
「うん? ああ⋯⋯そうか? いや、収穫はあったさ。アザリアはあの初心者パーティーを何故か気に掛けている⋯⋯。イヤルは何でだと思う?」
「さあ。【クラウスファミリア】、イヴァン・クラウスC級、ヴィヴィ・ローデンN級。それと【忌み子】のシェルパ。どこをどう見ても、ただの駆け出しパーティーでしかない」
「だよな⋯⋯」
「何がそんなに気になる? 気にしなくて良くないか?」
「だよな。オレも自分が何に引っ掛かっているのか分かんないんだよ」
苦笑いを返すリオンに、イヤルは盛大に顔をしかめた。
「私はもう行くよ。そんなにヒマじゃない」
「分かったって」
「本当に分かっている? アゼリアが本気を出してきたんだ。大群でダンジョン乗り込んだって事はそう言う事、のんびりこんな事にかまけている場合じゃなくない?」
「だから、分かったって。ちゃんと考えているさ」
諦めとも怒りとも取れる瞳を向けるイヤルに、リオンは渋々と腰を上げた。
□■□■
「アザリア。何であのシェルパを気に掛ける? もう良いんじゃねえのか? 見ただろ、下層をウロチョロしているレベルだ、気に掛けるレベルじゃねえ」
狼人は、回廊を下りながら前を行くアザリアに不満気に声を上げた。
「そうだよ、シンの言う通りだって。もう放っておきなよ」
快活そうな盗賊の女、ラウラも、呆れた表情で狼に同意する。
ラウラは【クラウスファミリア】を再三つけ回し、質素な生活ぶりを目の当たりにしていた。
その姿から、グリアムがS級である可能性は、全く感じる事が出来なかった。万が一、グリアムがS級だとしたら、既に一生遊んで暮らせる金を手に入れ、悠々自適なはず。少なくとも、あんなどこにでもある狭い家での暮らしは、常識的にありえなかった。
「分かった、分かったって。でもさ、何かを感じるんだよね」
「だから、そいつを止めろって言ってんだよ。やつには何もねえ。アザリア、お前の勘違いだ」
「そうそう」
「ああ、もう、ふたりとも分かったって! ほら、緩衝地帯に到着だよ」
燦々と輝く【アイヴァンミストル】が頭上を照らす、緩衝地帯。開けた場所をアゼリアが指差すと、大型のテントが次々に建てられていった。
【ノーヴァアザリア】のメンバー達は忙しなく動き回り、明日以降の準備に余念が無い。これから始まると言う緊張が、準備と共に徐々に漂い始めていた。
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「ああっー! 分かったー!」
「なんじゃあ? いきなり大声出すな! ラウラ」
ラウラは、いきなり立ち上がり大声を上げた。隣で作業をしていたドワーフは思わずひっくり返りそうになる。そんな事に構う事無く、ラウラは不敵な笑みをドワーフに向けた。
「フッフフ。ゴア、私、分かっちゃった」
「何がじゃ? おわっ! 今度はなんじゃ!?」
ゴアは溜め息混じりに作業を仕切り直そうと顔を上げる。そこに、ラウラの顔がぬっと現れた。
「知りたい?」
「ああ⋯⋯はいはい、知りたい、知りたい」
「ふっふん~」
こうなると面倒臭いのはいつもの事で、ラウラの気が済むまで付き合わなくてはならない。仕方ないと作業の手を止め、自慢の顎髭を撫でて見せた。
こういう時、シンとかうまく逃げるんよな。あの狼の逃げ足の速さは一級品じゃ。
「で、なんじゃ。サッサと言え」
「どうしようかなぁ~」
くはぁ~面倒くせぇ。
ゴアは、ラウラに見えぬようにそっぽを向いて、盛大に顔をしかめた。
「早く言えや」
「そっか、そんなに気になるか。うんうん、では、発表します。アゼリアがなぜ、あのシェルパに御執心なのか! それは⋯⋯」
「それは?」
「恋」
「くだらん」
「または愛」
「はぁ~ヌシに掛けた時間を返して欲しいわい」
「ええ~なんでさ! あんなに気に掛けてさ、目の前にしたら、しどろもどろなってさ、乙女じゃん」
「知るか。くだらん事言ってねえで、仕事しろ」
「ちぇ~」
ゴアに心底呆れられ、ラウラは不貞腐れながら仕事に戻って行った。




