その暗闇での模索 Ⅷ
店先で上機嫌な店主が、鼻歌混じりに袋を覗き込んでいた。ルカスは店先から、そっとその様子を覗き込み、その袋が先ほどの、あの袋であることを確認した。
「随分と上機嫌じゃねえか」
「何だよ、いつもはウチに寄り付かねえクセに」
ルカスの顔を見るなり、店主はあからさまに不機嫌な顔を見せる。そこから羽振りのいい博戯走者を、抱えられなかったひがみが透けて見えた。
「ハッハァ~、知ってるぜ。オマエ最近、随分と羽振りがいいらしいじゃねえか」
「ケッ! ほっとけ。おめぇには関係ねえ」
「そう邪険に扱うなよ。それだろう? あんたが上機嫌な理由は」
ルカスはそう言って、覗き込んでいた袋を指差して見せた。ルカスの含みのある笑顔に、店主の表情から警戒心が窺える。
「あ? 何言ってんだ?」
とぼけて見せる店主にルカスは笑みを深め、意味深な表情を耳元に寄せて行った。
(【ライアークルーク(賢い噓つき)】を通さないで、取引したらいいんじゃねえのか?)
「なっ⋯⋯! おま⋯⋯」
ルカスの囁きに動揺する店主。ルカスは周りを警戒する素振りを見せながらまた囁く。
(そいつを【ライアークルーク】が作ってると思うか? ヤツら潜行者だぜ、薬屋じゃねえんだぞ)
ルカスの囁きに店主は驚愕の表情を浮かべた。言われてみれば、ルカスの言う通りで、一介の潜行者が、こんな強力な薬を精製できるとは思えない。にわかに信じられなかったルカスの囁きが、店長の中で自分の欲望と共に真実味を帯びて行く。
「じ、じゃあ、だれが作ってるっていうんだよ」
釣れた。
ルカスから笑みは消え、真剣な表情を見せる。
「そう、焦るなよ。あたりはついてるんだ⋯⋯」
「だから、だれだよ!」
もったいぶるルカスに、店主は口角泡を飛ばし、顔を真っ赤にしながら迫った。
「だから、焦るなって言ってんだよ。確認のためにそいつをひとつ寄越せ、答え合わせにブツが必要だ。いいだろうひとつくらい? 【ライアークルーク】を通さず取引できたら、ボロ儲けだぜ」
「無料で渡せってのかよ!?」
ルカスは袋を指差す。店主は袋とルカスを交互に見やり、欲望のままに悩む姿を見せる。そのひと袋の稼ぎが消えてもいいのかと、悩む店主にルカスは呆れて見せた。
「んだよ、もういいや。せっかく儲け話を教えてやったのに、人の優しさを無下にするなら、この話はなしだ。今まで通り【ライアークルーク】を通して、セコセコやってろ」
ルカスは早々に立ち去ろうと歩き始めた。そこに未練はまったく感じ取れず、店主の欲は煽られる。
「ちょ、ちょっと待て、待てって。わかった、わかった⋯⋯ほら」
店主が渋々と差し出す薬包紙を、ルカスは黙ってひったくる。
「おまえ、本当の本当にあたりついてんだよな?」
念を押す店主にルカスは再度ニッコリと笑って見せる。
「ああ、あたりはついている。とんでもなくデケェぞ。大丈夫か?」
「あ、ああ⋯⋯。大丈夫に決まってんだろ」
欲のためならなんでもしそうな勢いの店主の肩を、ルカスは軽く叩いてその場を後にしようと背を向ける。
「てめぇ! 話が違うじゃねえか、さっさと教えろや」
「焦んなよ。確認してからだ。ヒントはやったじゃねえか? とんでもなくデケェって」
「なっ⋯⋯おい! てめぇ! 逃げんな! おい!」
店長の怒号を気にも留めず、ルカスはゆっくりと店をあとにした。
□■□■
【クラウスファミリア(クラウスの家族)】の本拠地に突然現れた、エルフの三人組。それを前にしてグリアムが玄関前で睨みを利かせている。ギルドを名乗るその三人組に、グリアムは疑惑の眼差しを向け、一歩も譲らない姿勢を見せていた。
「あんたらが、ギルドの人間だって証拠は?」
グリアムは玄関を背に、三人組を再び睨む。玄関扉の裏では、マノンが不安げにそのやり取りに聞き耳を立てていた。
「証拠と言われましても⋯⋯先ほどギルド証をお見せしたではありませんか?」
エーリッヒを名乗るこのエルフに、グリアムは最大限の警戒を見せていた。
こいつがエーリッヒだとすると、後ろに控えている銀髪の小さい女エルフが、オッタの話にあったノーラってヤツか?
しかし何だってこんな時間に来やがって。
夜の始まる時間。タイミングが悪いことに、帰りの遅いヴィヴィとパオラを迎えに行くとサーラとオッタは街へ向かった直後だった。そこに、入れ替わるように現れたエーリッヒを名乗るエルフ達に、グリアムは最大の警戒を見せる。
表情の変わらないエーリッヒと、剣呑な雰囲気を纏う女エルフ、そして退屈そうにしている大柄なエルフ。
緊張感を漂わすグリアムに、エーリッヒは何度も嘆息して見せる。どこか上からの物言いは、自分達の方が格上だと暗に伝え、自分達が本気になればどうにでもなると言っているように感じた。
「仮におまえらが本物の職員だとして⋯⋯」
「仮ではなく本物ですよ」
エーリッヒが、グリアムの話の腰を折ると、グリアムは呆れ顔で言葉を続ける。
「本物だとしてだ⋯⋯何で本拠地を見せなきゃならん? しかもこんな時間に。ギルドにそんな権限はねえだろう。まぁ、ギルドに見られたところで問題は無え。だが、信用できねえヤツを中に入れるってのは、また話が別だ」
「はぁ~問題ないのなら、見せて頂いて構わないのでは?」
エーリッヒはわざとらしく嘆息して、無表情のままイラ立ちを露わにした。
潜行者の本拠地にひとりではなく少人数で乗り込んで来た。いざとなったら強引にでもって感じなのか? 荒事を想定しての人数⋯⋯だとしたら、少なくないか? 仮にもウチはA級のパーティーだぞ、揉め事になっても押さえる自信があるってのか? てことは、こいつらもかなりの手練れってところか⋯⋯。サーラでも、オッタでもいい、早く戻って来い。
「ここに来た理由はなんだよ?」
「ですから、大きな白い犬が人を襲ったという連絡が入りまして、その調査を行っているのです。こちらにとても大きな犬がいますよね?」
「いるが、今はいねえし、犬違いだ。ウチの犬が人を襲うことはない調教済で登録もしている、調べてみるといい。ってことで、お帰り願おうか。だいたい、建物の何を調べんだよ」
一歩も引かないグリアムに、エーリッヒは初めて怪訝な表情をして見せた。
「非協力的だと怪しく感じますよ。違うというのであれば、協力していただきたいものです」
何でこうもしつこい? エーリッヒってことは裏にルーファスがいる。アクスの件だよな、いったい何が起こっている⋯⋯。何で本拠地を見せろなどとぬかす?
平行線を辿るやり取りに、辟易しているとグリアムの目にひとりの人物が門をくぐるのが映る。グリアムはその顔を見つめると、わざとらしく声を上げた。
「エーリッヒさんよぉ⋯⋯わかった、わかった(マノン、ファビオとディディアを頼む)」
グリアムがドアの隙間からマノンに声をかけると、マノンはすぐにふたりに元へ向かった。
「どうしたの? 何かあった?」
ラウラが素っ頓狂な声を上げると、エーリッヒ達は一斉に振り返った。
「ギルドが本拠地の中を見せろとさ」
「こんな時間に? なんで?」
「さあな」
不機嫌を隠さないグリアムの物言いに、ラウラは少しばかり困惑の表情を浮かべながら、エーリッヒ達の横をすり抜けて行く。
(ラウラ・ビキ⋯⋯)
エーリッヒはだれにも聞こえない声で、その名を口から零すと、悠々とすり抜けて行くラウラの背中を上目で睨んだ。
「んで、何で見たいの? ギルドってそこまでの権限ないじゃん」
「先ほどから何度も申し上げているのですが、大きいな白い犬が人を襲ったという通報がありまして、念のため【クラウスファミリア】を調べさせて頂きたいとお願いしていたのです」
「なにそれ?」
ラウラはあからさまに表情を険しくさせて、困惑して見せた。
「だろ? コイツら訳分かんねえんだよ。けどもう面倒だから、勝手に見ろよって感じ。どうせ何もねえしな」
「ふぅ~ん」
口では納得して見せたものの、ラウラの表情からは納得してないことがありありと見えていた。
「失礼しますよ」
エーリッヒはラウラをチラリと覗き、本拠地の扉を開いて行った。




