その暗闇での模索 Ⅶ
「いやぁ~すっかり遅くなっちゃったね」
「大丈夫ですよ、何かありましたら私がヴィヴィ様をお守りしますから」
パオラは両手を広げヴィヴィの前に出ると、左右を警戒して見せた。
「うはっ! そこは逆でしょう~私が守るよ」
ヴィヴィとパオラは【ルバラテイム】からの帰り、街外れの暗くなり始めた道を並んで歩いていた。テールが後ろにピタリと寄り添い、そしてふたりは先ほどのフルーラとの会話を思い返していた。
「フルーラ様も、アクス様のこと心配なさってましたね」
「グリアムと同じパーティーだったってことは、アクスとの繋がりは結構あったんだろうしね」
テールの定期健診の流れで、フルーラにアクスの話をした。
グリアムと同じパーティーにいたということは、アクスのことは他人事ではないはずと考えてのことだった。
ただ案の定、フルーラは驚きと心配、そして怒りを爆発させた。今にもルーファスに殴りかからんばかりのフルーラを、ヴィヴィとパオラが必死になだめ、何か動きあれば必ず伝えるということで渋々了承させた。
なだめ疲れたことを思い出し、ふたりは揃って肩を落とす。
『⋯⋯グルゥウウウ』
テールがふいに足を止め、林の奥を睨みながら低い唸りを上げる。あまりにも唐突なテールの唸りに、ふたりも足を止めた。
「どうしたの? テール⋯⋯って、ちょっと!! 待って!!」
その唸りにヴィヴィが振り返ると、テールは全速力で林の奥へと消えて行く。考える間もなく、ヴィヴィとパオラも必死にテールの後を追った。だが、テールとの距離は徐々に離れて行き、月明かりにぼんやりと浮かび上がるテールの白銀毛を頼りに、ふたりは必死に追っていった。
『ガワァアアアア!!』
(うわぁ! なんだこいつ!!)
(やべぇ! 逃げろ!!)
テールの咆哮と共に男の声が小さく聞こえる。ふたりとも尋常ではない気配を感じ、爆発しそうな肺に呼吸を荒げながら、テールのもとへと急いだ。
「だれか倒れている! 急ごう!」
「は、はい⋯⋯」
テールは倒れている人間を見守るように佇んでいる。暗闇で状況ははっきりとは見えず、心拍だけが上がっていった。パオラは息を整えることもせず、倒れている人間の胸に耳を当てる。心音を確認すると、すぐに腕を取り脈を測った。
「生きてます。命に別状はないように見えます。とりあえず道まで運びましょう」
ヴィヴィとパオラは声を合わせテールの背中に乗せた。
急ぎたい気持ちと裏腹に、ふたりの足は思うように動いてくれない。やっとの思いで道に戻ると、月明かりに浮かぶ壮年のエルフの顔が浮かびがった。
ふたりはそのエルフを覗き込むと、焦点の合わない視線に小さく呻きをあげている姿に違和感を覚え、揃って顔を曇らせる。
「酔っ払い?? 林の中に迷い込んだのかな?」
「ですかね⋯⋯でも、何か人の気配もありましたよ。お知り合いが置いて行ってしまったのでしょうか?」
パオラはそう言いながら改めて脈を測ると、表情が険しくなっていく。
「どうしたの?」
「普通、お酒で酔うと脈は速くなるのですが、この方の脈は遅いのです」
「ん? どういうこと」
「何かイヤな感じがします」
パオラはそう言って顔を上げると、すぐに歩き始めた。
「え?! そっち?? 何で?」
困惑するヴィヴィを尻目に、パオラは先を急いだ。
□■□■
「これは一体どういうことでしょう?」
空になった地下牢を指差し、エーリッヒは表情ひとつ変えずに、並んで立っている狼人と男に問い掛ける。ふたりとも俯き、居心地の悪さを見せていた。
「あ、あ、あのおっさんが、逃げちまったんだ」
「逃げた? あなた方が逃がしたということですか?」
エーリッヒの感情の見えない物言いが、小汚い狼人の男を震え上がらせる。
「こ、こっちもすぐに追いかけたんだぜ。もうちょっとってところで邪魔が入って⋯⋯」
狼人の隣で、男の言葉は尻すぼんでしまう。
「邪魔?」
「そ、そうなんだよ。なんかでけぇ犬っころが⋯⋯なぁ」
「ああ、そうだぜ。白くてバカでけぇ犬が飛び込んで来て、逃がしちまったんだよ」
狼人と男は揃って、必死に言い訳をして見せた。
「ふむ。なるほど、白くて大きな犬ですか⋯⋯。それで、背後にだれが隠れていたか⋯⋯は、聞き出せていないのですね」
男の言葉にエーリッヒの中で、ひとつの答えというべき仮説が浮かんだ。
「あの野郎、のらりくらりと躱しやがってよ⋯⋯なぁ!」
「お、おう! どうでもいい話しかしねえんだよ」
「つまり⋯⋯聞き出せていないと。まぁ、そもそもあなた方には、何も期待していなかったので⋯⋯」
「え⋯⋯」
「ちょっと⋯⋯待⋯⋯て」
狼人と男の胸が赤く滲む。ふたりは胸を押さえながら、床にうつ伏せていく。エーリッヒは表情ひとつ変えず、ナイフをひと振りして刃にまとわりついていた血を払い飛ばした。
「これだからイヤだったのですよ、三下と関わるのは。とはいえ、優秀な人間を使ってことが公になるのも困りものですしね。難しいところです。ま、あなたがたの結果は遅かれ早かれこうなっていた。結果が変わる事はありませんので⋯⋯さて、大きな白い犬⋯⋯そしてアクスとの繋がり⋯⋯」
エーリッヒは、床に転がっているふたりに話し掛けるように言葉を零すとポケットから油を取り出し、ふたりに振りかけた。エーリッヒの落とした火種はすぐに引火して、床に転がるふたりから炎が巻き上がる。その熱を背中に感じながら、エーリッヒは悠々とその場をあとにした。
□■□■
頭上で、煌々と輝いている【アイヴァンミストル】が時間の感覚を麻痺させる。人の気配は多いものの、道路の隅で、項垂れ、うめき、人としての営みはまったく感じられない者達が、ただそこに佇んでいた。
「何やってんだ?」
「うわっ!」
急に背後から声が掛かり、イヴァンは飛び上がるほど驚いてしまう。
イヴァンが振り返ると、その驚き方にキョトンと戸惑うルカスの姿があった。
「そんなにビビんなくとも良くね?」
(ルカスくん! シーッ! 静かに)
イヴァンはルカスの口を押さえ、物陰へと押し込んだ。
(何だよ! うるせえのは、おまえだろう⋯⋯あの狼人の女がどうかしたのか?)
イヴァンの視線の先にいる狼人の女をルカスも覗き見る。
(詳しいことはあとで話すけど、あの人は【ライアークルーク(賢い噓つき)】の人で、怪しいので尾けてきたんだよ)
(へぇ~)
興味があるのかないのか、ルカスは平然と答えるだけだった。
(ルカスくんこそ、こんな時間に何やっているのさ?)
(緩衝地帯まで三往復したら疲れちまって、今日はここで休んでから帰ろって思ってたところだ)
(三往復!? あんまり無理しないでよ)
(ほら、動いたぞ)
ルカスは、振り返り渋い顔を見せるイヴァンの背中を押して行く。
狼人の女は、派手な装飾を着飾る店長に目配せすると、辺りを窺いながら店の裏手に回った。イヴァンとルカスは、距離を置きながらも店の裏側が見える場所へと静かに移動する。
裏口から店長が顔を覗かせ、重そうな袋を差し出した。狼人の女が中を確認すると、店長の胸倉をつかみ取り、険しい顔を店長に寄せるのが見える。店長は待て待てとばかり、女の両肩を叩き扉の奥へ消えていった。
(あの袋の中は金か⋯⋯あのジジイちょろまかそうとしたんだな)
ルカスの言葉に納得しながら、イヴァンの視線は狼人に向けられる。
すぐに店長が小さな袋を差し出すと、ひったくるようにその袋を掴み取り、狼人の女も袋を差し出した。
イヴァンとルカスは、同じことを察したのか視線だけを軽く交し合う。
(あの快楽薬、【ライアークルーク】が、バラ撒いているってことか⋯⋯)
(それがさ、もっと闇深いんだよ。大元はギルドかも知れないんだ)
(はぁっ?!)
イヴァンの言葉に、ルカスは思わず絶句してしまう。【ライアークルーク】なら納得できるが、ギルドが裏にいるというのは予想の範疇を超えていた。
(嘘だろ! マジ?!)
(狼人の差し出した袋の中身が確認できれば、はっきりするんだけど)
ルカスは真剣な面持ちで店を睨む。
(ちょっと行ってくる)
(え? どこに? って、ちょっと⋯⋯)
戸惑うイヴァンに答えることなく、ルカスは店へと向かっていた。




