その暗闇での模索 Ⅵ
オッタと二手に分かれると、イヴァンは小さくなっていくレンの背中を急いで追って行った。
本当ならば、獣人を尾行するならオッタの方が向いているはず。だが、きっと本拠地に戻るだけだと踏んでイヴァンに託したのだろう。
案の定、さして後ろを気にする素振りも見せず、レンは【ライアークルーク(賢い噓つき)】の本拠地へと辿り着く。
門の中へ消えて行くレンが、門番をしている狼人の女に乱暴に小袋を突き出すのが微かに見えた。イヴァンは気配を消し、少しずつ門へと近づく。
狼人の女が、何か険しい顔で食って掛かるのが見える。だが、レンはそれを一喝して、本拠地の中へ消えてしまう。会話の内容はまったく聞こえず、ふたりの間でどんなやり取りがあったのか不明だが、女の苛立ちは伝わった。
あの小袋って、きっとエーリッヒと交換したってやつだよね。
不機嫌を隠さない足取りで、街の方へと歩き始めた狼人の女を見つめ、イヴァンは迷う。このまま【ライアークルーク】の本拠地の様子を窺うべきか、苛立っている狼人の女の後を追うべきか⋯⋯。
一瞬の逡巡の後、イヴァンは意を決し狼人の女を追うことにした。
□■□■
「チッ」
エーリッヒがギルドの裏口へと消えて行くのを見届けると、オッタは小さく舌打ちをする。
アクスに繋がる何かを掴みたかった。だが、エーリッヒの足はまっすぐギルドへ向いただけ。しばらく裏口を張ってはみたものの、エーリッヒに動きはまったく見えない。空振りだと諦め、街の中心へ紛れて行った。
ギルドの上階で途絶えたアクスの足取り。街で聞き取りでもしようものなら、すぐにルーファスの耳に届いてしまうだろう。【クラウスファミリア(クラウスの家族)】が動いているのは、さすがにまだ勘づかれていないはずだと、オッタは街の喧騒に埋もれながら考えていた。
だが、勘のいいルーファスのことだ、動いているのがバレるのは時間の問題だろう。そして、その思いはオッタを焦らす。こちらの動きがルーファス陣営に読まれる前に、アクスへ迫りたいのだが、その取っ掛かりすら見えていない。その現実が、さらなる焦りをオッタに呼び込んだ。
クソ。
もどかしい思いは心の中で悪態をつかせ、重い足取りで自分の本拠地へと帰還した。
「リーダーと一緒じゃないのですか?」
オッタの帰還を出迎えたサーラの開口一番に、オッタは浮かない表情で答える。
「ああ。イヴァンには【ライアークルーク】の犬人を尾けさせた。ここにこう⋯⋯傷のあるヤツがいただろう」
そう言ってオッタは、自分の頬を人差し指で撫でて見せた。
「いましたね。なんかイヤな感じの人でした。まぁ、あそこはみんなイヤな感じですけど、飛び切りイヤな感じでした⋯⋯って、ギルドに行ったのに、どうしてリーダーがその犬人について行ったのですか??」
「ま、これから話すさ」
そんな言葉を交わし合いながら、居間の扉を開いた。
居間には【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】の本拠地から、戻ったグリアムがソファにだらしなく体を預けていた。
「ミアはどうだった?」
オッタの顔を見るなり、グリアムはギルドの出方を気にした。
「驚いていたよ。その流れでな⋯⋯」
オッタはミアから、ルーファスの側近を教えて貰い、そのひとりであるエーリッヒをイヴァンと共に尾行したこと。そのエーリッヒがレンと接触し、何かを交換していたこと。そして、エーリッヒと【ライアークルーク】に、信頼関係らしきものは皆無なことを伝えた。
「アクスさん⋯⋯【ライアークルーク】の本拠地に捕らわれているのではないですか!?」
サーラは憤りを隠さず怒りの形相を見せる。グリアムも冷静を装ってはいるものの、今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑え込んでいるのが伝わった。
「まぁ、待て。気持ちはわかるが、ここは一度落ち着こうぜ。直に見聞きした限り、その答えに辿り着かねえ。アクスが【ライアークルーク】に捕らわれていると考えるには、ちと無理がある」
「何がだ?」
ひとり冷静なオッタにグリアムは鋭い眼光を向ける。その瞳の光はすでに臨戦態勢に入っていた。
「エーリッヒとレンのやり取りから、そこに信頼関係は見えない。エーリッヒは【ライアークルーク】を下に見て、レンは対等であろうとしていた。そんなところにアクスを預けたらどうなる? 【ライアークルーク】がそれを餌にして、ルーファス側を揺さぶりにかかるのは目に見えているんじゃないか?」
オッタの言葉に、熱を帯びていたふたりから熱が引いていく。その姿を見て、オッタは言葉を続けた。
「ルーファスは、慎重な野郎なんだろう。関係に綻びが見え隠れしている所へ、アクスを預けるか?」
「ま、預けねえよな」
グリアムは、トン、トンとテーブルでゆっくりリズムを取りながら落ち着きを取り戻していく。
「なぜ、【ライアークルーク】と繋がっているのでしょうか?」
「見た限り何かの取引相手なんだろう。そしてそこは、利害が一致している。ただ、繋がりはそれしかないんじゃねえか」
直接見聞きしたオッタの言葉には説得力がある。サーラは黙って納得を見せ、同時にアクスの行方に思いを馳せた。
「ギルドが【ライアークルーク】とね⋯⋯相当きな臭えな」
「隠れてコソコソと取引する物だ、お行儀のいいもんじゃねえよな」
「だろうな⋯⋯しかし、アクスの野郎をどこに隠しやがった」
グリアムのテーブルを叩くリズムは、焦りとともに速くなっていった。
「そういえば、ヴィヴィさんとパオラさん遅いですね。ルバラさんの所行っているだけですよね」
「ああ」
グリアムの気のない返事に、オッタがやれやれと腰を上げる。
「ちと、迎えに行ってくるか」
「あ、私も行きます」
ふたりが居間を出て行くとひとり残ったグリアムは、またテーブルを指で叩きながら、アクスの行方に頭を悩ませた。
□■□■
「ど、どうすんだよこれ⋯⋯」
袋で顔を隠す二人組が、薄暗い地下牢で激しく狼狽していた。
「どうするっておまえ⋯⋯」
二人の前には、首を垂れ、床にへたり込んでいるアクスの姿があった。
二人組のひとりが、アクスの顔を乱暴に掴み上げ表情を確認する。目はうつろで焦点はあっておらず、だらしなく開いた口元から、よだれが垂れている。そして、言葉にならない静かな呻きを上げ続ける姿は、人と言うよりも獣に近く、普段のアクスから想像できない姿だった。
「おまえが量を間違えたからだろう! ひと袋でいいんだぞ! 何でふた袋めを突っ込んだ!」
「効いてねえと思ったんだよ⋯⋯」
「こいつはな! すぐに効くもんじゃねえんだ! 少しばかり時間が掛かるんだよ!」
「し、知らねえよ! だいたい面倒だから、こいつを使おうって言ったのおまえじゃねえか!」
原因を擦り付け合う醜い二人組の争いは、しばらく続いた。だが、それが不毛であることはふたりにも明らかで、床に落ちている二枚の薬包紙を見つめ、ふたりは口を閉じる。
「そ、そもそもこのおっさんが、さっさと口を割ればよ⋯⋯! いらねえことばかりベラベラしゃべって、ごまかしやがるから⋯⋯」
その声色から苛立ちだけが伝わる。へたり込んでいるアクスを前にして、途方にくれていたふたり組だが、ひとりが指をパチンと鳴らした。
「そうだ! このおっさんが逃げたことにしちまえばいいんじゃねえか?」
「おお! そうか!」
「そんで、適当に殺しちまえば⋯⋯」
「あのエルフに怒られはするが、使い物にならなくなったことはバレねえ」
「ああ。また捕まえろってなるに違いない。そうなりゃあ、適当に探すフリして、のらりくらりとすりゃあいい。森の中でバラしちまえば、森の獣が喰ってくれる。そのうち、エルフも諦めるだろう」
ふたりは袋越しに、下卑た笑みを浮かべ合う。
「さっさと取り掛かるぞ」
「おう」
へたり込んでいるアクスの体を抱えると、力の入らないアクスの体を引きずるように、夜の始まる森を目指した。
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狼人の女は、脇目も振らずにダンジョンへと入って行く。人気のない夜のダンジョンを前にして、イヴァンは一瞬の躊躇を見せるが、すぐに女の後を追っていった。
こんな時間にダンジョンに行くなんて⋯⋯いったいどこに向かう気なのかな?
上層を一気に駆け抜け、下層へ向かう。襲い掛かるモンスターをものともせず女は下を目指した。
そして下層も終わる14階に差し掛かると、イヴァンの中でひとつの考えが浮かび上がる。いくら鈍いイヴァンでも、その絵図は描けてしまう。
緩衝地帯を目指している⋯⋯あの袋の中⋯⋯いや⋯⋯まさか⋯⋯ギルドが絡んでいるとかないよね? でも、【ライアークルーク】が絡んでいるのはおかしくはない⋯⋯。
もし、本当にギルドが快楽薬をバラ撒いているとしたら!?
⋯⋯て、本当にそうならマズくない?
でもまだ、そうと決まったわけじゃない。
イヴァンは女の背中をあらためて睨み、再び後を尾けて行った。




