その暗闇での模索 Ⅴ
フードを深く被ったエーリッヒを、同じくフードを深く被るオッタとイヴァンが一定の距離を保ちながら尾行する。
「イヴァン、あまりキョロキョロすんな」
オッタは、辺りを見回す落ち着きのないイヴァンに注意を促しながら、伏し目がちにエーリッヒの背中を睨んでいた。
「人が多いな。これじゃ見失っちゃうよ」
「大丈夫だ。ヤツの歩き方はもう覚えた。早々、見失わねえよ」
オッタの言葉に、イヴァンは素直に驚いてしまう。人の歩く姿なんてどれも似たり寄ったりなのに、この短時間で自信を持って覚えたという言い切るオッタに素直に感心してしまった。
「すごいね」
「べつに⋯⋯曲がった。行くぞ」
人混みから流れるようにエーリッヒが裏道へと逸れて行く。その動きは滑らかで、イヴァンはすでに見失っていた。
裏道に入るとオッタはエーリッヒから距離を置き、尾行を勘づかれないように細心の注意を払っていく。街の中心部から離れ、オッタは覚えのある道を進んでいた。
荒れ始めた道の両端には高い木が並び始め、オッタとイヴァンは木々を縫うようにエーリッヒの尾行を続ける。
この方向は⋯⋯。
建物も人の気配も消えると、オッタは確信を得た。
「ヤツの前に出る。先回りするぞ」
「え? 先回り?」
怪しまれない程度の早歩きで、エーリッヒの背後へ迫る。エーリッヒが、背中からの気配に足を緩めると、ふたりはあっさり前に出た。オッタは、振り返ることなくそのまま前へと急ぎ足で進んで行き、イヴァンもそれに黙ってついて行った。
イヴァンは何が起こっているのか、分からないまま前を行くオッタに、必死についていく。追い抜いてしまったことを疑問に思いながらも、ここでオッタに話し掛けるべきではないのだろうと無心で足を動かし続けた。
エルフから一定の距離が開くと、イヴァンは前を行くオッタに疑問をぶつける。
「抜いちゃったけど、大丈夫?」
オッタは、視線を前に向けたままそれに答えた。
「行く先は分かった」
「え! ホント? って、どこ? 何も見当たらないよ」
「この先に【ライアークルーク(賢い噓つき)】の本拠地がある」
その言葉にイヴァンはすぐに納得を見せる。そしてそれと同時に、バラバラだった点が頭の中で繋がっていった。
「アクスさんもそこに⋯⋯」
「決めつけは良くないが、かなり臭うよな」
オッタはさらに歩く速度を上げ、エーリッヒとの距離を開く。オッタが後ろを覗き、エーリッヒの視界が届いていないことを確認すると、少しだけ足を緩め、周辺を見回し始めた。
しばらくも進まないうちに、イヴァンの目にも大きな門が映る。するとオッタは、イヴァンの腕を引き林へと逸れて行った。
木々の間に身を潜め、【ライアークルーク】の本拠地を睨む。そこに見えるのは、犬人の男と狼人の女が、表門の両脇で怠そうに椅子に座っている姿だった。やる気のない門番の姿に、少しばかりの安堵を覚えながらエーリッヒの到着を待つ。
もう来てもいい頃なんだが⋯⋯。
オッタの頭の中では、エーリッヒがここに到着してもおかしくはないくらいの時間が過ぎていた。
(来ないね)
(ああ⋯⋯)
予想を外してしまったかも知れないと、オッタに一抹の不安が過る。
道中にそれらしいものは、なにもなかった。どこか途中で逸れて、そこに隠し小屋でもあるのか? だとしたら、ぬかったな。
(オッタ⋯⋯あれ)
考え込むオッタに、イヴァンは入口を指して見せた。そこには、表門から出て来る、頬に傷のある犬人の姿があった。
(⋯⋯あいつ、この間、パーティーにいた野郎だ)
イヴァンが飛ばされた直後、【ライアークルーク】とのニアミスした時の光景を思い出す。
あの傷⋯⋯グリアムとやり合った犬か。
オッタは一瞬考え込み、小さくなっていく犬人の背中を睨む。
(あの犬を尾ける)
(えっ? エーリッヒは?)
(何か臭うんだよ⋯⋯)
そう言ってオッタは、木々の隙間を縫いながら犬人の後を追い始めた。犬人は、怠そうな足取りで時折後頭部をガシガシと掻きむしりながら進んで行く。
(彼は【ライアークルーク】の人だよね?)
(ああ。エースパーティーのヤツだ。おまえがいない時にダンジョンでニアミスしている。気性はかなり荒いが、それなりにできるヤツなんだろう。勘づかれるなよ)
(うん)
尾行する者などいないと決めつけているのか、犬人の歩く姿から緊張は感じられない。だが、唐突に立ち止まると周囲を見回す。オッタとイヴァンは反射的に木の陰に身を潜め、獣人の目をやり過ごす。オッタは木の陰から犬人を覗くと、林の奥へと消えて行くのが見えた。
見失ってはならないと、オッタとイヴァンも距離を保ったまま、林の奥へと飛び込んだ。だが、そそり立つ木々に視界が邪魔され、犬人の姿を見失ってしまう。
オッタは被っていたフードを脱ぐと、耳に神経を集中させる。風に葉が擦れる音に混じる自然界では違和感を覚える音を探っていった。
(どうしたの?)
オッタはイヴァンの口に、静かにしろと人差し指を当てる。
風や葉の音とは違う、くぐもった話し声がオッタの長い耳を掠めると、オッタは静かにその方向へ歩みを進めた。
やはりな。
オッタの目に犬人とエーリッヒの姿が映る。オッタは自身の勘が当たったことに喜ぶこともなく、イヴァンに屈めと手で合図を送った。
(⋯⋯いつもの⋯⋯だ)
(へいへい⋯⋯あるんだよな)
(一度でも⋯⋯そちらこそ⋯⋯)
(ああ? ⋯⋯あるかよ)
風と擦れる葉の音に掻き消され、ところどころ上手く聞き取れない。だが、これ以上近づくと勘づかれてしまう。オッタはもどかしさを感じながら、耳に神経を集中させた。
副長と【ライアークルーク】は繋がっていた。
やはり、アクスは【ライアークルーク】の本拠地に⋯⋯。
エーリッヒと犬人が互いに袋を差し出し、手慣れた感じで交換する姿がオッタの目に映る。
何を交換したんだ?
(それじゃ、これで)
(まぁ、そう急くなよ)
犬人が、帰ろうとするエーリッヒの足を止める。
顔が見えん。
風が一瞬収まり、ふたりの声がはっきりと聞こえた。
エーリッヒは、足止めされて苛立っているようにも感じたのだが、木の幹が邪魔をして、その表情を拝むことができない。
(もう終わったでしょう?)
そう言ってエーリッヒは再び、帰ろうと踵を返す。
(ギルドってのは、そんなに忙しいのか?)
犬人のひと言に、エーリッヒは再び足を止めた。エーリッヒの表情は見えないが、犬人の横顔が微笑んでいるのが見える。その微笑みは、なぜか勝ち誇っているかのように見え、犬人からは、自分が優位に立っているのだと言わんばかりの余裕を感じ取れた。
エーリッヒは深い溜め息をひとつつき、犬人に呆れて見せる。それが強がりなのかそうではないのか、オッタには判断がつかない。
(レン・カーロン、未婚。両親はすでに他界。弟と幼い妹の三人兄弟。弟がしっかり者で、妹の面倒を良く見ているそうじゃないか。良い弟を持って幸せ者だな)
(チッ!)
レンから微笑みが消え、表情は一気に険しくなっていた。
なんだこのやり取り?
ふたりから流れるギスギスとした不穏な空気に、オッタは困惑してしまう。そこに仲間意識のようなものを感じ取ることができなかったからだ。
(いらぬ詮索は、互いに面倒ですよ。そう思いませんか? レン・カーロン)
(わかった、わかったよ。この話がご破算になったら、リオンがブチ切れるしな)
レンはそう言って降参とばかりに軽く両手を上げて見せると、エーリッヒは納得したのか、すぐにレンに背中を見せ、帰り道へと戻って行った。そして遠ざかるエーリッヒの背中をレンの冷めた瞳が睨み続けていたが、軽く舌打ちして道へと戻って行く。
ふたりの背中を見送りながら、オッタは今のやり取りを思い出す。
仲間意識は皆無。むしろ、エーリッヒが【ライアークルーク】を駒として使っている。犬人⋯⋯レンと言っていたな、ヤツはそれに反発しているように見えた。しかもエーリッヒの正体を知らない⋯⋯逆にエーリッヒの全てを見透かしているかのようなあの物言い⋯⋯。
「ねえ、行っちゃったけどいいの?」
イヴァンには何が起こっていたのかさっぱりだが、ふたりが立ち去ったことだけは分かった。
「あ、ああ」
イヴァンの急な声掛けにオッタは我に返る。
「どうだったの? アクスさんは、やはりあの本拠地の中?」
「いや⋯⋯どうだろう⋯⋯小袋を交換しただけだ。犬人の野郎はエーリッヒのことを知らないっぽいんだよな⋯⋯」
オッタはまるで自分に問い掛けるかのように言葉を濁した。だが、遠くなっていく二つの背中を交互に睨み、言葉を続けた。
「イヴァンは、あの犬人を追ってくれ。エーリッヒはオレが追う」
「分かった」
「バレるなよ」
イヴァンはレンの背中を睨みながら、すぐに納得を見せた。




