その暗闇での模索 Ⅳ
「さあな⋯⋯って、おまえ。そのダンジョンの片割れを力ずくで通れってことか?」
シンもまた、グリアムの言葉に戸惑いを見せる。アザリアと同様に、グリアムの答えは想像していたものとは違っていた。
「まぁ、話は最後まで聞け。守り人は一枚岩じゃねえ。若い連中は地上に行くことを願い、年寄は現状を維持しようと若いやつらを縛り付けている。もうひとつのダンジョンを使う代わりと言っちゃあ何だが、若い連中を上にあげて、もうひとつのダンジョンを空っぽに近い状況にしちまえばいい」
「そ、そんなことって、可能なのですか??」
パオラが、あまりにも大きな話に戸惑いすら見せる。
「ああ、できる」
「できるのです⋯⋯か⋯⋯」
グリアムの言い切る姿にアザリア達の困惑は消えず、ざわつきが止まらない。パオラも口をポカーンと開けたまま呆気に取られてしまう。
「私が籠っている間に、こんなことになっていたなんて⋯⋯」
「ずっと自宅で籠ってたもんね~」
「私、イヴァン様が帰って来たとしか聞いていませんでした」
「ああ⋯⋯使いがルカスだったか。もしかして、守り人の姉弟が本拠地にいるのも聞いてない?」
「ふえええっ?! 何ですかそれ?!」
「アハハハハハ、やっぱり聞いてなかった」
目を見開いて驚くパオラを面白がるヴィヴィに、ラウラも驚いていた。
「え?! どういうこと?? 【龍の守り人】の姉弟??」
「イヴァンが、助けてくれたガキ共を、上に戻るついでに拾ってきたんだ。もうひとつのダンジョンの情報も、ヴィヴィとそのガキ共からの情報だ」
そこからグリアムは、単調なダンジョンでの暮らし、そして供物として捧げられていたヴィヴィの話を忌憚のない言葉で話していく。その衝撃は後頭部を殴られたかのように強烈で、アザリア達のダンジョンの常識が音を立てて崩れていった。
「ヴィヴィちゃん、大変だったんだね」
「いやぁ~でもこの間までそのこと忘れてたし、今、みんなと楽しく暮らしているから⋯⋯うん! 私はラッキーだったよ」
「そっか」
シシシ、とラウラのように笑って見せるヴィヴィに、ラウラも表情を崩した。
「それと龍。黒龍の話だが⋯⋯聞くか? 聞いたら最後、面倒事に巻き込まれるぞ」
グリアムの言葉が【ノーヴァアザリア(新星のアザリア)】のメンバー達に緊張を走らす。ピンと空気は張り詰め、集中がひとつ上がったのが分かった。
「ここにいる人間が、聞かないという選択肢はありませんよ」
「そうそう。グリアムさんだって、分かって言ってるんでしょう? 巻き込みたいって言ってたじゃん」
アザリアやラウラだけでなく、シンやハウルーズ、後ろで黙って耳を傾けているアリーチェもグリアムを見つめる。その姿を確認すると、グリアムは口を開いていった。
「ギルドの幹部、バルバラの話だと黒龍の存在を隠しているのは、ギルド総長であるヒンネの一存らしい。医療省総長の立場であるバルバラは、危険な存在である黒龍を広く喧伝して注意を促したい。だが、議題にあげることすらできねえって話だ。ギルマスの爺さんが、その話題を押さえこんじまうんだと」
「ギルド総長が、ですか? ど、どういうことですか? なぜですか?」
アザリアだけでなく、ギルドのトップが黒龍を隠すという事実に、【ノーヴァアザリア】のメンバー達は混乱してしまう。
「分からん。ただ、ギルドの上のヤツらが怪しいと言っていたアクスが、黒龍と副長のルーファスに探りを入れようとした途端、消えた」
「うん? 何で副長が?」
さらに困惑を見せるラウラに、今度はバルバラの話を伝える。バルバラの頼みに応えたことによって、アクスが消え、ルーファスに捕らえられている可能性が高いこと。ギルドに不可解な金の流れがあること。その中心にルーファスがいるとバルバラは考えていること⋯⋯。
当たり前のように一枚岩だと思っていたギルドの存在が揺れる。
グリアムの言葉は、ことごとく、それまでの常識を揺さぶる。それに【ノーヴァアザリア】のメンバー達は、混乱と困惑を深めるだけだった。
「【クラウスファミリア】はもう動いているんだろう? どう動いているんだ?」
シンの鋭い眼光は、すでに前へと向いていた。
グリアムはその言葉に、巻き込まれることを受け入れたのだと理解する。
「とりあえず、現段階で信用できるギルドの職員は、バルバラとその側近のふたり、ルゴールとユーリア、そして【クラウスファミリア(クラウスの家族)】担当のミアだけだ。とりあえず、ミアにもうひとつのダンジョンの話をして、ギルドに話すべきか判断を仰ぐ。それと同時にルーファスの側近を洗う。アクスに繋がる何かを掴みたいからな。ただ、今はすべてが手探り過ぎる」
眉間に皺を寄せ渋い表情を見せるグリアムに、【ノーヴァアザリア】のメンバー達もどう動くべきか考えあぐねてしまう。みんなが押し黙ってしまう中、アザリアが口を開いた。
「ウチの担当のロインも信用できると思います。一応、次の幹部候補とも言われているので、ギルドの中でも影響力はそれなりにあるかと思います」
「【ノーヴァアザリア】の担当となれば、まぁ、そうだろうな。ただ、申し訳ないが、一度ミアの判断を仰ぐ。問題なければそいつも巻き込んじまおう」
すべきことが見えてくると、前を向く空気が部屋を覆い始める。
「ギルドの中ですら、一度整理が必要なのか⋯⋯」
口数の少ないハウルーズの発した言葉に、事の難しさが表れていた。
□■□■
普段は冷静な姿しか見せないミアが、イヴァンの語ったもうひとつのダンジョンの話に驚きを隠せないでいる。
イヴァンとオッタがギルドに出向き、いつもの小部屋でミアと向かい合っていた。
「ギルドで信用できるやつをピックアップしてくれ。バルバラ、側近のユーリア、ルゴール。それ以外にだれがいるか、あんたの目利きに任す。特にもうひとつのダンジョンの話は、あんたでさえ知らないってことは、だれがこのことを知っているのか、かなり慎重に動いた方がいい。幹部ですら、知らない可能性が高い」
オッタが追い討ちを掛けるように忌憚のない言葉を話すと、ミアの表情は驚いたまま固まってしまう。ベテランとはいえ、ギルドのいち職員が抱えるには大きすぎる話に、頭を抱えたくなるのを必死に堪えていた。
「それとミアさん、ルーファスの側近を教えて貰えませんか? アクスさんの行方のカギを握っているのは、やはりルーファス陣営ではないかと思うので」
イヴァンの言葉に、ミアはハッと顔を上げる。その表情から苦悶に近いものすら感じられた。信用していたギルドの存在が、信用できないものへと変わってしまった価値観の崩壊に、冷静を装うのすら難しくなっていた。
「そ、そうね⋯⋯副長の側近⋯⋯。エーリッヒという男性エルフと、ノーラという女性エルフ、それともうひとりいたはずですが、詳しいことは⋯⋯。ノーラは常に副長と行動を共にしているイメージですが、エーリッヒが副長と一緒にいる感じはあまりないかも知れません」
ミアの言葉にイヴァンとオッタは視線を合わせ無言で納得を見せ合う。アクスの救出に向けて、前に一歩進んだと感じられた。
「ふたりの容姿を教えてくれ」
「ええ⋯⋯。ノーラは小柄で、銀髪をいつもふたつに結んでいるのでわかりやすいと思います。エーリッヒはこれといった特徴のないエルフかも知れません。緑髪の長い髪、背も高くもなく低いこともなく⋯⋯」
「緑髪の長髪エルフなんて、どこにでもいるぞ」
「ごめんなさい」
「ミアさんが謝ることではないですよ」
イヴァンのフォローにミアは苦笑いを返す。
「長い時間、引き止めちゃってごめんなさい。ではまた、何かあったら相談するので、今日はここまでにしましょう」
三人は、静かな小部屋から、人でごった返すギルドの受付へと戻って行く。あまり力になれなかったと肩を落としているミアが、慌てた様子でオッタの耳元に口を寄せた。
(オッタさん、あれ! エーリッヒ⋯⋯)
ミアはオッタに囁きながら、視線をひとりのエルフに向ける。フードを深く被る男が、人混みの中をすり抜けるように進んでいた。そしてそのフードからは、長い緑髪が少しばかりはみ出している。オッタはニヤリと口元に笑みを見せると、ミアの肩をポンポンと軽く叩いた。
(イヴァン、獲物だ。行こうぜ)
オッタはイヴァンの肩をがっしりと抱き、耳元で口端を上げた。




